32 『情動が如何にして戎器と成り得たか』
多分私は、やらかしていた。
キマイラの事を鑑定さえしなければ、多分あのまま観察を続けられていただろうな、と未練がましくも思う。
《鑑定感知》、それが気配を隠していた私に気付けたメカニズムの代表であり、元凶であると定めた。
だからなんだ、という話ではあるけど、『そういうスキル』が存在するという事実を得られたのは地味に大きかったりする。少なくとも無作為に鑑定を仕掛けるのは自重しようと思えたから。
ただ、感知系スキルと対になる遮断系スキルが手に入って、且つ内部的な熟練度が上がれば自重の必要は無くなるのかもしれない、などという思考を回している。フィアの頭をぐりぐりと撫でながら。
多分だけど、私が少し傷を負ってしまったのが怖かったのだと思う。
宿屋に戻ってから早々、ベッドに腰掛けて考え事をしていた私に抱き着いてきては、きゅうきゅうと泣いて震えている。
で、それに頓着せずルーカスから鹵獲した回転式拳銃を弄っているのが私。
どうやら、私の共感性とは野垂れ死んでいるらしい。
多分、母親の子宮の中とかで。
胎盤とかに張り付いてたんじゃないかな。
残念だね。
「り、りぃなさ……っ」
「大丈夫だって。背中はちゃんと、君が治してくれたでしょう?」
片手間に頭をよしよししておく。それで少し収まるのだから依存の度合いが窺えるね。どろどろとした依存の塊である彼女を抱き上げて膝の上に乗せてから、考えたい事を考え始めた。
「……」
――《情動戎器》。
このスキルは、保有者が〝武器〟として認識している物を魔力を代償に具現化する。
説明文曰く、プロセスとしては私の記憶を参照し、中でも最大値の感情を再現した魔力で物体を構成するらしいが、それは武器の特性に漠然とした影響を与えるのみでしかなく、直接的な攻撃力に寄与しない。
そして――彩色、形状、大小、硬度、密度――の、計五つの項目は、私の魔力総量という制限から逸脱しない程度であれば、思うように設定可能。
やろうと思えば馬鹿げた魔力でブラックホールでも生み出せるんじゃないかな。そんな魔力量は現実的に有り得ない、なんてのはロマンが無い話なので無視する。
はい、次。
《情動戎器》の効果によって、武器が何らかの物質内に生成された場合、物質的密度が低く、且つ一番の近場から弾き出される……。
という振る舞いを利用したのが、靴に仕込んだ鉄板に対して繋がった状態で剣を生成し、それによって密度と比例し起こり得る反発力を生かした歩法? 加速? 走行?
まあ『戎器歩法』とでも名前を付けておこう。いつかフィアに共有する際、プロセスや方法を事細かに説明するよりかは、『そういう事が出来る』として結果のみを伝えれば済むから。
で、そんな感じで結構な応用性のある《情動戎器》というスキルの本質――『武器の具現化』は自分を中心とした半径五メートル内のみで行われる。この範囲外に生成しようとしても魔力自体が動いてくれない。
あと他に気付いた事があるとすれば、生成した武器に触れてさえいれば彩色、形状、大小、硬度、密度の五つ全てが変更可能という事。
これは武器越しでも判定的には可能だと思われる。
例えば手に持っている剣の先で、地面に落ちているハンマーをつついても、その形や色とかを自由自在に変えられる……という感じ、だと思う。ちょっとケースが少なくて断言出来ない。
ナビから引き出した発言と照らし合わせた結果、その仕様本来の用途は生成した武器に装飾を付けたりとか、ちょっと手直ししたりだとか、その程度の物なのだと思う。
当の説明文には、『表現であり、鍛冶である。或いは、鍛冶こそが表現であったのだろうか』とか書いてあったし。多分だけど、戦闘というよりは後方、それも製作向きの能力なんだろうなあと。
手直し機能で武器を伸ばしたり質量や厚みを変化させたり、形状そのものを別の武器に変えたりはおかしいのかもしれない。まあ出来るんだから仕方ないよね。
多分だけど、ラトボニルとかが悪い。
ちなみに、変化させてる途中で武器から手を離した場合、一番近い結果に向かって過程は帰属する。『結果』というのは変化後か、変化前かの二択のみ。割合によって変わるんじゃないかな。
素粒子レベルで厳密に、半分半分な状態に留め置いたらどうなるんだろう、とは気になるけどそこまで精密な操作が出来ないから断念した。知的好奇心を叶える為の努力とは、必ずしも報われる訳ではないので。
で、本題は《情動戎器》ではない。
私は一度、あの森で歩いている時に、実験の一環で〝銃器〟を作ろうとしたが失敗に終わった。成功ケースとの違いは一つ、その構造の複雑さと――それ以前に、構造についての知識が皆無という事。
では、ルーカスから拳銃を鹵獲した今は?
分解し、撃鉄を起こす必要性と、発砲までのプロセスを理解した今は? 或いは、改造案すら浮かんでいる今ならば。
「やるしかないよねえ」
膝の上に乗っては私の頭頂部に顔を埋めていた彼女が、何故だかびくりと震える。
「……何をする気で?」
「武器を作るだけ。君の服を作った時とおんなじ」
ちゃんと説明してあげると、ほっとしたように身体が脱力した。
その事実を頭の隅の方で捉えながら、思考の主力部分で執拗なほど精密に回転式拳銃の構造を思い浮かべ書き出し、或いは脳溝のパターンすらも絵図の一つとして捉える。
銃身、撃鉄、銃体、用心金、回転弾倉、蹴出器に薬室。
曖昧模糊とした知識に実情的な価値を付加し、経験という名の高解像度な知識にて、構想の現実性を固めていく。
そうしてぱちりと、思考が固定された。
「生成」
突如、手に収まる重み。
冷たさ、偏った重心。
目を開ければ。
「……おー」
人を殺す道具が、出来ていた。
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『熟練度の閾値超過を検出。《武器知識》を取得しました』
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わざわざルーカスから《初級銃術・V》を奪った理由と知的好奇心の一部が達成出来た所で、そろそろやらなければならない事について考える。
銃を興味深そうに弄ってるフィアを宥めつつ。
「ほら、銃返して」
「やです」
別に【命令】を使えばいいだけなんだけど、使い方が分からないし使う気も無いし。
だってほら、明らかに構ってアピールなんだもん。
「なんでそんな、それに執着するの?」
「だって、綺麗ですし」
彩色を指定していなかったから、デフォルトだと思われる黒色。日に透かせば赤く染まるやつ。色の濃い柘榴石のような例の物。
「リーナさんの魔力色が分かりやすいですし、落ち着く音が聞こえるんです」
「……音?」
いや、魔力色についても聞きたいけど、多分聞いた所でそれほど知識は得られない。
「聞こえるんです、〝これ〟から」
「じゃあ、私の心臓の音と〝それ〟、どっち聞きたい?」
二本伸ばした指で選択肢を提示すると、銃をおずおずと私に返してこの薄っぺらい胸に頭を預けてくる。まあ彼女を幼い私とした場合、身体的接触に飢えているだろうから、扱いは簡単と言えば簡単。
適当に耳元で囁いただけでころっと堕ちたし。
こんな簡単に道具を得られていいのかと、ちょっと困惑したぐらい。
籠絡する為だけでしかない甘ったるい言葉を耳元で色々と囁きながら、保持権限の行使――《行使鑑定》をフィアの[ステータス]に対して使う。
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・《身勝手》 [任意稼働技能]【節制系統】
神託に歯向かい、剣すら向けた聖女に贈られるスキル。
回避や逃避、攻撃経験の増幅と閲覧を可能とする。
相応の自由には、相応の責任が伴う。
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・《混濁》 [任意稼働技能]【節制系統】
混ぜ合わせる事に特化したスキル。
生身の概念である故に、その応用性は過不足無く。
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・《塞がれた耳》 [任意稼働技能]【節制系統】
唯一の才たる感覚を捨て、現実ではない現実に逃避する。
仮想の界に堕つ。
存在核の擬似的な知覚を可能とするスキル。
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・《無欲の天秤》 [任意稼働技能]【節制系統】
存在核の審判により、穢れた物の支配権をその手に授けるスキル。
右は穢れ、左は神聖である。
その定義とは、何を由来とし飛来したのだろうか。
死者の剪定とは、人の理性には過ぎているのか。
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んー、ポエムが多い。
全体的に効果も漠然としているし……というか、【契約】の解説されてる時から思ってたけど〝存在核〟ってなんなのだろうか。あれか、価値観的な……それか魂とか精神体みたいな話か。
生憎、私はスピリチュアルに興味は無い。
ただまあ、《混濁》《身勝手》の二種類は相当使えそう。《塞がれた耳》と《無欲の天秤》については知らない。
では次。
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・《節制》 [常時稼働技能]【節制系統】
胃袋無しに、《暴食》と同じく格納空間を生成するスキル。
神聖を失い、正たる心根はそこにはない。
受け入れ、消化することはない。
心根は、無いのだから。
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・《拒否》 [常時稼働技能]【節制系統】
魔法の行使に於ける『拡大解釈』に補正が入るスキル。
あくまで現実性の否定であり、現象の懐疑者である。
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・《節度の消失》 [常時稼働技能]【節制系統】
周囲の死体から熟練度を奪い、己が物とするスキル。
死体からは、全ての熟練度を奪う。これらは、《暴食》の権能と干渉する事はない。
節度の無い節制とは、なんと皮肉なことか。
口は開かず、劫掠するだけの愚者。
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・《順応》 [常時稼働技能]【節制系統】
敵対関係たる《暴食》の影響に適応するスキル。
《暴食》保有者との行動で得られる熟練度に常時補正が入る。
ああ、愚者よ。
己の性質すら忘れ、その身を委ねるのか。
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……なんかすっごいフィアが貶されてない?
「……」
これ絶対、フィアと『奴隷契約』結んだ所為だよね。
説明文を鵜呑みするなら、節制と暴食は敵対に近い関係にあり、そんな対象に膝を折って下ったのだから、分からなくもない。
まあ、契約後にスキルが増えているのだから、なんか影響を起こしたのだろう。というか、多分【契約】した所為で元あったスキルの効果すら変わってるから、本来の効果が気になる所。
実利でなく、知的好奇心的に。
「リーナさん?」
口の端を上げていれば、フィアは私の方を見上げてくる。
この娘の持っているスキルは、その半分が私の影響を受けている。その事実が少し、ほんの少しだけ――、
愉悦、だった。
▼△▼△▼△▼
「ん、これ仕舞っといて」
《節制》の効果によりフィアが私と同じく『格納空間』を持っていると分かったので、服とか下着とかニーソとか結構な数を作って彼女にあげた。
「……どこにですか?」
「……」
気付いてない? ここで『知らないフリ』をするメリットも思い付かないし……ああいや、下手に出て私を持ち上げるなりしたいのなら意味は分かるけれど、困惑しきっている彼女の反応は本物だと思う。
というか、私の言っている事が分からないだけで『捨てられるのではないか』という憂慮を顔に浮かべて焦り出すのは、流石に依存心が強過ぎではないだろうか。
「【カード】。更新してみたら?」
助言すると、彼女はそそくさとベッド脇の床に置いてある荷物を寝台の上から覗き込み、両手を下ろして袋の中身をがさごそ漁っている。
――見えない筈なのに、私はその『袋の中身』でさえ把握出来ていた。
考えられるのは《把握》《振動感知》とかのスキルだけど、[常時稼働技能]に当たるそれらを獲得した際にはこのような感覚は無く、該当する[任意稼働技能]は現状ONにしていない。
推定、半径五メートル。
そこが感覚の〝圏内〟。
彼女の驚く声が聞こえたから半ば思考を放棄しつつ、意識を現実に向けていく。
「り、リーナさん、これ……」
「うん」
「え。な、んで……?」
なんか予想よりも戸惑っている気がするが、取り敢えず今の今まで抱えていた服と下着+αを彼女に手渡す。
「じゃあこれ、仕舞っといてね」
▼△▼△▼△▼
組織……多分マフィアとかそんな感じのが現地でフィアを狙っていて、それよりも上の存在がフィアの身柄を狙っている。
で、拐った筈のそれを奪還し、且つ〝頭〟をぐちゃぐちゃにした私もついでに狙われている筈。何故なら、私の首があれば正当性のおまけ付きで組織の長になれるだろうから。
ただ、内部状況は分からないけれど他の手柄もあったりするかもしれない。
だから、予防として――、
「煽り散らかしてやろうかなって」
期待と希望に満ちた盲信の碧眼。
わあ、崇拝されてるー。
まぁそうなるように誘導した節はあるけどさ。
瞳には、ちょっとの心配も混ざっているが。
「じゃあフィア、なんで私がそんな危険な事をするか、分かる?」
「えっと……」
誘導しすぎたかも。
首を傾げて、水平から外れた視界で彼女を見詰めると、口元に当てていた右手が離れた。
「……手柄としての価値を上げるのと同時に、『リーナさんの首』という名の手柄だけに固執させる為、でしょうか」
良かった。思考停止している訳ではないらしい。放棄はともかく停止はクソだからね。彼女の答えを脳内で咀嚼していると、成否を伝えられないのが不安なのか落ち着きが無くなっていく。
メンタルが弱いね。
もっと自信を持ってほしい物だ。私という反面教師もいる訳だし。
「ん、正解。ついでに言えば、事前に戦力を削る為でもあるね。削り過ぎても駄目なんだけど」
そう言いながら外套を作って、袖を通して羽織りながら、ベッドから降りてタイツ越しに冷たい床を歩き、自分の格好を見せ付ける。
「どう? 身元隠せてる?」
「かっこいいです」
噛み合わないね。
まあ顔面をもろに出しているから、身元もクソも無いんだけど。紙袋を被るなり顔で〝口〟を開いたり仮面を被ったりなんなりすればいいだけなのは分かってる。
んー、身元が割れず、且つ怪しげで強烈な印象を抱かせるような仮面――、
「これとか?」
安価な魔力を代価に払って生成すれば、手に握られるのは嘴の付いた目元の目立つ仮面。
つまり、ペストマスク。
これなら、私の考えた基準と条件に当て嵌まるのではないだろうか。苦戦しながらもそれを被り、外套のフードも被ってから再度両手を広げて彼女に見せ付ける。
「どう? 似合ってる?」
「かっこいいです」
ならよし。
彼女の頭を適当に撫でてから、『ちょっとここで待っててね』と言い含めてから、窓枠に足を掛けた。
「じゃ、行ってくるね。いい子にしてるんだよ」
「はい。行ってらっしゃい、リーナさん」
振られる手に振り返して、自由落下に身を任せた。
やはり私は昼の中よりも、夜闇に包まれている方が似合っていると思えた。
うーん、些か厨二病的過ぎるか?




