30 『頭部を失った組織の再起方法について』
これは私の偏見が多分に含まれているが、アングラな世界――つまり裏社会というのは、舐められたらその時点で終わりだ。
その共同体に所属している過半数に『自分より弱い』と明確に思われたのなら、その時点で人としての尊厳は喪われ、ただの〝食糧〟として人々の食い物にされてしまう。
では何故、見下された人は食糧に、延いては食い物にされてしまうのか。
それは恐らく、裏社会という場所、環境が関係していると考える。
例えば普通の社会では、『人を殺す』のも『他人の所有物を強奪する』のも、『誰かに対して暴力を振るう』のだって当然罪とされ、適切な法律の元で罰せられる。
共同体に属する人々の安全、或いは安寧を守る為にそれらの規則という物は制定され、人々は共同体から得られる〝安全、或いは安寧〟という対価を得る為に『制定された規則』に従う。
もし、人を殺すことが〝罪〟ではなかった場合は。
人は……人々は、自分が殺される可能性に怯え、まともに外に出られなくなるだろう。持ち家の部屋に閉じ籠もり・引き籠もり、玄関の重い扉が開かれる回数は確実に減少する。
例え、ドアチャイムが鳴り響こうと。
そうなってしまったのなら経済は上手く回らず、淀み、いつしか停滞し、そのまま道理の通りに腐り落ちるだろう。
或いは、殺される可能性に怯えないような人……。例えば、何らかの自衛手段を有している人が、市場を使いやすくする為に市場の不健全化を推進したりもするだろう。
そこからは、まるで疫病が伝染していくように治安は悪化していき――そうなってしまったのなら〝健全な社会〟という共同体は瓦解し、そして最終的にはやはり腐り落ちてしまうだろう。
長々しく語ったが、簡潔に言ってしまえば表の社会というのは『理性的な規則』によって護衛されている、という事だ。
ならば、共同体を運営するのに欠かせない『理性的な規則』というのが緩み、または効力を発揮しない裏社会という場所・環境では、誰がその社会を護衛するのだろうか。
表裏はともあれ、〝社会〟であることには変わらない。
故に、理性的な規則に意味が消失したのなら、それとはまた異なる規則が根幹として策定されるのだろう。例えば、より本能的な規則――『弱肉強食』などがそれに当たるのだと思う。
強いものが全てを有し、弱いものは全てを喪い、そして奪われる。
そういった原初的な掟が、表の社会で言うところの『理性的な規則』の代わりになり、裏社会という暴力的な共同体を守ってくれる筈だ。
それが横行し通用するが故に、裏社会に所属している大多数に『自分より弱い』と明確に思われたのなら、その時点で人としての尊厳はなく、ただの〝食糧〟として人々に食い物にされる。
だからこそ、アングラな世界――裏社会というのは、舐められたらその時点で終わりだ。
……というのが、私の解釈。
では、一人の小娘に一つの事務所を壊滅させられた組織は、一体どう動くのだろうか。
それは酷く、予想が容易な物でしかなかった。
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「おー、いいじゃん」
朝食を食べた後、宿の二人部屋。
金を使うより私の魔力を使った方がいいと判断して、且つフィアが私に膝を折ったから言い含めておけば《情動戎器》の事も言い触らしたりはしないだろうと思って、服を作ってあげようとしたんだけど。
服自体に関する知識は多少あるけれど、服と服をどう合わせたらいいのかというファッションに関しては、『色を三色以内に揃える』ぐらいしか知らないから、もうフィアに希望とか要望とか全部吐かせた。
そして作って着せた。
下から一つ一つ言えば、お願いされた白のニーハイソックス。
スカートは私と同じ黒色だけれど、私のように二重構造でもなく、膝の上下でしっかりした素材と透ける素材で丈が異なる訳でもなく、フロントに生地と同色のボタンの付いたハイウエスト。
その裾は膝上丈程度の物。
トップスは単純にグレーのブラウスで、両腰よりも少しだけ上の辺りに咲いた細いリボンと、襟を締めるように通って鎖骨の辺りで結ばれた太めのリボンがアクセントを加えていたりする。
首元には本来【拘隷の刺呪】が黒く刻まれている筈だけれど、まあ、この関係を積極的に周知させる必要も無いから、傷跡を隠す私のよりも少し太めのチョーカーを巻かせている。
どうにも彼女は、それを首輪だと思ってるみたいだけど。
「どう、ですか? 似合ってますか……?」
「可愛いよ、清楚な感じがして」
モデルとかやれるんじゃないだろうか。私も誘われた事あるけど、傷跡見せたら帰っちゃったしね。その点彼女は目立つ物も目立たぬ物も傷一つ無いのだし、肌が異様なほど真っ白な事を除けば出来ると思う。
自分はそれなりに客観視出来るから、これはほぼ『事実』として言えるけれど――、
「正反対だよね、私達」
枕がある側を上とした場合のベッドに於ける底辺の端に腰掛けて、服を着て立っている彼女を見ながらそう言うと、理解不能を示すように首がこてんと傾げられる。
すごい、あざといのにあざとくない。
「でも、『君と私はおんなじ』だって、そう言ったじゃないですか」
「内面はね」
それでも傾げられた首が元に戻らないから、少し左下を見ながら言葉を纏めた。
「君は白に近い銀髪で、私は黒髪。態度だって君は真面目な物で、私は適当で軽薄な物」
「軽薄だって自覚はあるんですね」
「まあね」
けらけらと笑ってから革手袋に包まれた右手の内、人差し指と中指の二本を右目に当て、対光反射を確かめる時のように瞼と涙袋とそれぞれ持ち上げては、持ち下げる。
「目の色だって違うじゃない? 君のは曇り空みたいな碧眼だけれど、私は充血したみたいに汚い赤だし」
「リーナさんの目は綺麗ですよ。まるで柘榴石みたいで」
「そう? 認識の相違だね」
本質的に、私と彼女は同一で同義で同様な存在ではあるが、根本的な〝核〟と呼ぶべき部分が同じなだけで、表面的な部分は正反対と言っていいほどに似つかわしくない。
隣り合っている事が不自然に映る程度に。
人生観死生観価値観世界観が似通っているだけで、私達は大分対称的ではある。
「光と闇みたいな感じじゃん?」
「私にとっては、貴女だけが光です」
「認識の相違だね」
賛辞というか崇拝というか、そういうのを尽く踏み躙ると流石に悲しいのか、不機嫌とも映る程に不満そうな顔を向けてくる。
そうされても、私は彼女の言葉を信じはしないが。
言葉というのは他者との関係を円滑に回す潤滑油であるが、それと同時に人を容易に殺してしまう劇薬でもあるが故に。
その死に至るような毒薬を飲み干さない為に、私は『言葉』という物に対して常に疑念を抱かなければならない。
銀製のグラスに、ワインをゆっくりと注いでいくように。
人とは、そういう生き物だ。
友好を謳ったその背中に、鋭い刃物を虎視眈々と隠し持っている。
だから私は、人を疑い続ける。人を欺き続ける。
奴隷だろうが、その例外には属さない。
「さて、フィア」
ぱちん、と柏手を打ち、病んだ思考と無作為に飛ぶ意識の軌道を修正する。
「『これからの事』、ですね」
「そ」
多分だけど、ルーカスはここらのボスだ。
だって盗賊ギルド直々の、物々しい依頼書とかあったし。
スラム街の住人……というか組織に所属している人達が『落とし前』とかいうやつを私達に付けさせようとするのならまだいい。
その前提はフィアにも共有している。
「ねえ、フィア。今の組織のトップに座る為に、必要な物ってなんだと思う?」
「……カリスマ、とかですか?」
「それも必要だけど、それは必要じゃない」
矛盾を述べると、フィアの端正な顔が困惑に歪む。
その様子を見ながら、脚を組み替えた。
「簡単な話だよ。手柄。それさえあればいい」
一時的に頭の失った組織が統制を取り返すには、誰もが納得し正当性を認められるような手柄が必要だ。
それさえあれば生命活動を真っ当に行え、だからこそカリスマよりも手柄が必要とされている。
多分だけどね。
「じゃ、フィアに問題」
「なんですか?」
「今、一番説得力のある手柄ってなーんだ」
手をちょいちょいして、今まで立ちっぱなしだったフィアを自分の隣に誘導して座らせてから、自分は身体を投げ出してベッドに倒れ込む。
考え込んでいる彼女の横顔を視界に入れつつ、身体の力を抜いてだらだらとした。ぼーっと捉えようのない視界の中で、フィアが未だに悩んでいるのを見かねて助け舟を出してあげたりもする。
「あの組織のボスと+αはさあ、一人の不届き者にやられた訳なんだよねぇ」
そう言ってもまだ、彼女の当惑は晴れない。
「つまり、組織の全員を納得させられるだけの説得力があり、尚且つ〝手柄〟として成立する程の難度と価値を持った物が必要な訳」
「……まさか」
「うん、せいかーい」
へらへらと笑いながら、革手袋に包まれたままの両手で。
己の首を締めて、べーっと舌を出す。
「あの事務所を壊滅させた『私の首』には、説得力は勿論、その難度も加味して……正しく価値があると思うんだよねえ」
ぱっと首から手を離して、腹筋の力で起き上がる。
発掘したばかりの憂慮が籠められた青瞳を見つめ返し、真っ白な頬へと右手を持っていく。
「君は誘拐されただけだから、多分今では私のおまけ程度に扱われてるんじゃないかな。いや、標的ではあるだろうけど、優先度は最悪でも私と五十歩百歩だと思うよ」
いまいち組織全体の規模は分からないけど、まあ小さくはないと思う。
「そんな訳で、明日からちょーっと計画を進めようと思うんだけど」
と、言葉を切って、横髪を耳輪に掛けてあげて。
「手伝ってね、私の奴隷ちゃん?」
にこやかに笑って、臆面も無しに言い切った。
まあ、即座に涙目で『名前で呼んでほしいです……』とか宣い出したフィアのご機嫌取りにちょっと時間取られたけど。
これじゃどっちが主人なんだか。




