27 『悪魔の踊り方』
残りは、十一人。
入口で門番紛いの事をしていた人物は遠く。
二つの内から左の円卓を選んで私が飛び出している時点で、右の卓にいる五人は放置せざるを得ない。
生成による反発力に乗じていた身体からは、先んじて右足が降りた。
次いで、右よりも深く奥に床を捉えた左の靴。
その動きは、剣を振る際の踏み込みのようで――、
「un」
浮足立った一人の首に、逆手に握った短剣が直角に突き立つ。
食後故に魔力には余裕がある。
ので、血にぬらついた短剣とはここでお別れ。消去。
位置関係的には、各敵対象を点として繋いだ際の五角形。その天辺を殺したから、次は両翼部分が来る筈。
背凭れの無い椅子を机の下に蹴り込みつつ、比較的足の速かった左方向へと標的を定めた。
まるで逢瀬の際の対面の如く、こちらからも嬉々として駆け寄り。その最中に右脚を大きく上げて机上に乗せた。
左脚もその動作に追い縋らせて、しっかりと敵の視線が卓上の私に向いたのを確認してから。
掬い上げた後、振り下ろすように右手を動かしつつ――、
「deux」
――掌中に、手斧を生成した。
円卓から飛び降りつつ体重も掛けたが、やはり頭蓋骨まで断つのは難しい。
至極当然に崩れたバランス。それは死体となった身体を押し出す事で生まれた反作用で、強引に重心を起こす事で対処する。
起こし過ぎた身体は仰向きに反れて、あらん限りに胸を張った所為で上下が逆転した視界の中で。〝右側〟が徒手空拳のまま走り寄ってきている。
体に通っている体幹という名の軸を意識しながら、まるで表裏を裏返すようにぐりんと回って、視界と身体を正面に向け。
)の形を軌跡で描く為に、手斧を捨てつつ膨らんだ線を疾駆で描き出す。
何も無い、仮に在るとすれば右に下がった鞘などから刀剣を抜き放とうとする動きの左手に、空気を握らせ解き放つ。
筋肉の力により、曲がっていた肘が見る間に伸びていき、おまけとばかりに生じた加速度。
生成。
と脳裏で囁けば、魔力が手の内で〝鉈〟としての形を結んだ。
「trois」
まるで目元を隠す黒塗りの太線に似た凶器により、彼のプライバシーは守られた。
命と引き換えに。
情報社会から目を逸らすように左を向けば、五角形の内、底辺にあたる残りの二人は……表情から察するに萎縮している。
私が始めに事に当たった所為で武器を用意する暇は無く、右の円卓が準備を整えている事を願うばかりの無防備な獲物。
引き攣ろうとする頬と口端を抑え、机の上に乗り出してから彼我の距離を踏み潰していく。
乗っていた料理や酒瓶が幾つか落ちるが、まだ残っている。円卓の端から端に至る直前、身を屈めつつ右手で酒瓶の一本を拾い上げ。
交互に足を出す走行、それを右脚の番で急ブレーキを掛け――残る慣性で、バットのように振りかぶった。
「quatre」
色味の深いガラスが砕け散り、暖色系の光を反射し、黄金色の安酒が飛沫となる。
酒精を浴びて傾ぐ体躯を一顧だにせず正面を向き、中空に生成した金槌を左手で掴み取った。
一歩。
二歩。
三歩。
で、付いた勢いを急制動で左腕に流し込み、顎を砕き、打ち上げた。
「cinq」
そこでようやく、このテーブルの上から降りる。
……『ここまで』は良い。
問題は『これから』だ。
真後ろを振り向けば、敵意を募らせた瞳を持つ完全武装の五人。
きっと見た目だけでなく、内心もしっかりと装備を着込んでいるのだろう。
「……」
木製の円形。私とあちらの敵とでそれを挟むような位置に摺り足で移動してから、円卓の端を蹴り上げて盾とする。
ルーカスの銃――を使うのは最終手段かな。折角鹵獲した武器なのだから、幾つ残っているのかも分からない弾丸は大切に取っておきたい。であれば、使うとするのなら……『剣、短剣、手斧、槍、鉈』の何れか。
やるようはあると思って、横転している円卓から身体を乗り出すと――、
「リーナさん!!」
彼女の声が、
「【氷、球】――っ!!」
ぱちゅ。
頭が、弾けた。
向こうの円卓を囲う五つの内、その一つが。
「――――」
視線はこちらに、向かっていない。
だからこれは、チャンスで。
「――six」
靴裏に剣を造り、飛び出した。
▼△▼△▼△▼
私から見た五角形の底辺、その右が欠けている。
更に具体的には、その頭部が大惨事になっている。
飛んだ骨片、飛沫の上がる赤、頬に張り付いた肉に、砕けた氷の冷たさ。きっとそれらに混乱している〝左〟の心臓を槍で投げるように貫いた。
「sept」
先端に刺さったのは死体となった。
そのまま、要領としては棒高跳びのそれを応用し、天井に頭をぶつけてしまいそうな高度に達する。
高度を上げたら用済みになった槍を投げ捨てると、耐久不足か柄が中途でべきりと折れてしまった。無視し、ともかく中空へと身を投げ出していく。
次いで、円形に星形を当て嵌めた際の左上。
こちらへと切先の差し出されている刃を、空にいるまま身を捩って避けようとするが。
流石に片腕が掠れてしまう。
けれど重力は私を引き摺り回し、勢いに乗じて傷を付けやがった彼の首辺りへと着地する。
ここまでくれば後は簡単で、顎と頭頂部に、片方は折れた槍の柄を握ったまま、もう片方は何も握っていない手を宛てがう。
そして、ぐぎりと。
重力と腕力で、フクロウよろしく首を捻じ曲げさせた。
「huit」
一息付けば、ついさっきの私を真似るように五角の右上に当たる彼が、円卓の上で駆け寄ってきていた。
そいつが携えているのは槍。
私を突こうが突かまいが邪魔となるように、首を少々寝違えている死体の首根っこを片手で引っ掴んで、トロフィーみたく高らかに持ち上げる。
だからか、少し目を見開き、瞳孔の割合が増えている灰の瞳に問いかけようと首を傾げて。
仄かに笑い掛けてみれば――槍が、突き出された。
「……」
死骸を貫く聖なる槍。
皮膚がはち切れ血が飛び出し、血肉骨肉の抵抗を受けながらも穂先のその先は、私の心臓を射ようとした。
中央という正確な位置からはズレているが、血の通わぬ人体で抵抗を受けず運動量を維持出来ていたら、きっと私は死んでいたと確信できる程。
しかし眼前の体は左胸が突かれており、見下ろせば鋭い切先は私の胸に触れている程度止まり。
ぐらり。
重心の維持も何もかも身体から投げ出して、革手袋を過信しながら死体を手放し、貫通している鏃に似た槍の先端部を鷲掴む。
後方に向かって倒れ込む私に合わせて亡骸も、そして卓上という不安定な位置にいる〝右上〟も倒れていく。
目の前の遺骸が冗長な槍の柄を飲み込んでいくように再度斃れ、後を追う生者と生者でその身体を挟み、区切られている。
折り重なった三つの身体。
「っ」
息を吐き、不揃いな重なり合い故に相対する灰の目を、細まった視界の中で捉えて。
まるで彼を抱き締めるように、受け入れるように、救ってあげるように、自害するように腕を回す。
その中途で、『変化』により今の今まで握っていた折れた柄に〝刃〟が後付けされた。
「neuf」
頚椎と頚椎の間、椎間板。
極薄の付け焼き刃がうなじの側から喰い破り、彼の喉仏にまで肉薄した。
「――――」
頸部をしかと貫通した武器の回収を諦めて柄を手放し、右の側に首を傾げれば――とすっ、と剣先が。
上を仰げば、ただ憎悪。
蚊を振り払うように手早く死体を退かして、その際地面に投げ出された自身の右腕を巻き取っていくように転がり。そうして追撃を避けた後に、なんとか両足だけを地面に着けた。
その次に腹筋のトレーニングをしようと背骨を曲げつつ半ばまで起き上がり、突如として顔をぷいっと上に背けて、また倒れ込む。
反転した視界の目の前には剣の腹。横薙ぎにされたそれ。
鼻の頭辺りが削がれている錯覚を覚えながら、頭を守ろうと両方の掌を木製の地面に着けて、腹をぐっと曲げて曲げて――伸ばす。
撓んだ筋肉を伸ばしに伸ばし、即ち跳ね起きた。
それをしたのは、相手が剣を横薙ぎにした後の事。
つまり今は隙であり、体勢を維持する事もしないで、彼に向かって倒れていく。
どすん。
と、音が響けば倒れ込んだのだと理解した。身を起こしてみれぼ一応馬乗りにはなっているが、見下ろす形でも、見合わせる形でもなく、私は下敷きにしている人物に対してそっぽを向いている。
「。」
ぐっと顎を上げ、背骨を裏に反り、正面を向いたままの身体には後方を仰がせて。
腕も全身の曲線に準じさせ、全身にて三日月を描き。
突如握った短剣で、向かい合う事なく。
「――dix」
十人目を、片付けた。
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喉に刺さった短剣を離しながら、背骨のポテンシャルのままに反らしていた身体を元に戻す。と、少しの頭痛が襲い掛かり、重力に引かれて床を目指して落ちていた前髪が瞳に刺さった。
殆どブリッジするような体制だったから腰が辛い。
けれど、それらに頓着する事なく辺りを見回せば、次に戦うのかなーと思っていた玄関の番人がどこかに消えている。
「……ここから離れた方がいいかな」
存外疲れの溜まっている身体を動かしながら四人目と五人目――酒瓶でぶん殴った人と、金槌で顎をぶち壊した人にトドメを刺していく。
意識が無いと殺すのが簡単でいいね。
それから、奥まった扉からこちらの様子を窺っている彼女に向けて足を進めて、特に遠慮する事なくドアを開けた。
「あ」
すると、多少にでも扉を支えにしていたのか彼女が倒れて、受け身を取る事なくべちんと転ぶ。
「あー……大丈夫?」
「だ、大丈夫……です。これしきの、こと」
くぐもった声で強がっている彼女の動作は酷く鈍かったから、両脇に手を差し入れて力尽くで立たせる。
「ねえ。これ、治せる?」
槍で棒高跳びみたいに飛び上がって、着地点の頚椎を前後反転させる直前、剣に掠れた左腕を無造作に差し出す。
そうすると、彼女はここ二週間で慣れたのか何なのか、動揺する動作を挟む事なく【魔法】による治療を始めた。
彼女の視線が私の前腕に向いている隙に、右足の爪先で床をとんとんと叩く。靴の生地を無視して土踏まずに開いた〝口〟から、『消化液』とやらを忍ばせながらも出していった。
ついでに彼女の様子も確認するけれど、特に普段と変わりは無い。
そう、変わりは無い。
人を殺したというのに。
「ねえ、銀髪ちゃん」
「なんですか?」
「〝これ〟が完治しなくてもいいからさぁ、ちょーっと早めにここを離れた方がいいかもしれない」
患部を治療されている左腕ではなく右腕をぷらぷらと揺らし、時偶に視線を入り口に向けながらそう告げる。
「……理由は?」
「一人逃がしちゃった」
「なるほど」
理解力の良さに機嫌を良くしながら、次の動きについて二の句を継ごうとすると――突如左腕を照らす灰光の輝きが増し、今の今まで掴まれていた手首が離される。
治された場所は、異常に熱を持っていた。
「じゃあ、行きましょうか」
「……ああ、うん」
下を見れば、そこには傷跡一つなく、一部が破けたワイシャツだけが不自然に存在している。《情動戎器》を通した魔力を適当に注いで損傷部分を直しつつ、ざっと感覚を漁ってこの部屋に『消化液』が行き渡っているか確かめた。
先に歩いていた彼女の後ろに付いていき、開かれたドアをくぐり抜ける直前に。
「――《捕食》」
口の中に留まる声量で、一つ呟いた。
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『《振動感知》を取得しました』
『《軽鎧術・序》を取得しました』
『《初級大剣術・I》を取得しました』
『《威圧》を取得しました』
『《突進》を取得しました』
『《水泳》を取得しました』
『《解錠術・序》を取得しました』
『《初級弓術・III》を取得しました』
『《隠匿》を取得しました』
『《照準》を取得しました』
『《毒耐性》を取得しました』
『《初級斧術・II》を取得しました』
『《埋立》を取得しました』
『《不眠》を取得しました』
『《初級大斧術・I》を取得しました』
『《初級棒術・III》を取得しました』
『《巧緻性強化・I》を取得しました』
『《把握》を取得しました』
『《初級体術・II》を取得しました』
『《綱渡り》を取得しました』
『《初級暗器術・I》を取得しました』
『《罠感知》を取得しました』
『《罠遮断》を取得しました』
『《罠解除》を取得しました』
『《罠設置》を取得しました』
『《剛力》を取得しました』
『《気管強化・I》を取得しました』
『《皮膚強化・II》を取得しました』
『《採掘術・序》を取得しました』
『各種スキルに対し、熟練度の振り分けを行いました』
『《視覚強化・III》が《視覚強化・V》に変化しました』
『《握力強化・II》が《握力強化・III》に変化しました』
『《腕力強化・II》が《腕力強化・IV》に変化しました』
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