26 『聖女の暗黙的価値について』
さて、じゃあ彼女を助けにいく――、
「前に、まずは」
思考に、ハンバーガーで言う所の一言を挟んでから、本棚の扉に向かって逆戻りする。銀色の鍵以外の全てを格納空間に仕舞い込みながら。
ただ一つ残された鍵はジャケットの胸ポケットに仕舞っておいた。
前提として、『彼女の見た目』はとても美しい。
それは認める。
だから、治安の悪いここでは誘拐される危険性はある。あるが……今回の誘拐は突発的な物ではなく、彼女との初対面時の〝原因〟から一貫して、計画的な物と考えていた。
建物に入った際に円卓の席から上がった『あの銀髪とずっと一緒にいた女』……という発言は、普段の私達を見ていなければそうそう出ない言葉である筈だ。
決行日のみ観察していたのだとしても、数時間を『ずっと』と表すのは少し違和感がある。単純な時間間隔の違いかもしれないが、そうではないとしたら――、
つまり、私達を日常的に監視していたという事。
ただ彼女に目を付けていただけかもしれないが、ルーカスがあれ程に固執していた〝利益〟だ。何かしらの理由があると考えるのが自然であるのは道理、だと思う。
「単なる考えすぎか、自意識過剰だったら恥ずいけど」
通路を抜けて、テーブルの上に置かれていた酒瓶を取り上げた。取り敢えず部屋の奥側に備えられている、なんか偉そうな社長とかが座っていそうな机の棚を上から順に開けていく。
なんとはなしに、取り上げた酒瓶を煽りながら。
……やっぱりこれ、昼間に飲む物ではないなあ。
コルクも閉めずに酒瓶を〝口〟の中の異空間に入れ、一番上の鍵の掛かっている棚に、銀色の鍵を差し込んでみる。これで開かなければ破壊行為で開ける手段を考慮の一番上に起きながら。
手首を回すと、解錠音が鳴った。
重ねられた書類を束単位で取り出し、ぱらぱらーと内容を確かめてみる。ぱっと見の内容は、この組織の下部に位置すると思われる団体の売上や、この組織自体の構成員に関する様々な情報。
それと――、
「……盗賊ギルド?」
桜の花弁の如く落ちた黒の手紙を拾い上げて表と裏をひっくり返して見てみると、裏側の右下にはそう書いてあった。
黒い紙には酷く目立つ、白い字で。
ああ、なるほど。
この組織は地域密着型の物で、国境近くという立地を利用した経済手段を用いて成長し、小さな組織を取り込みながらこの都市を広域的に支配していると思っていたけれど――。
どうやら、上には上がいるらしい。
取り敢えず今は邪魔な書類達を格納空間に送り込む。自由になった両手で既に開けられている封を解き、封筒の中に収められている手紙の内容を読んでみる。
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依頼だ。
お前らが抑えている都市にいる銀髪碧眼の女を、片っ端から誘拐しろ。
理由も依頼主も聞くな、探るな。
本部に、誘拐した奴らを送れ。
報酬は銀髪碧眼一人につき、盤金貨五枚だ。
誘拐する理由も、依頼主も聞くな。
そして、絶対に失敗するな。
管轄組織を潰され、死にたくなければ。
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「五枚……五枚? 金貨が?」
銀髪碧眼という容姿にそれだけの価値があるとは思えない。確かにこの都市ではあまり見掛けない髪色ではあるが……それに金貨を五枚も払う程の価値は、流石に――いや、金貨がどのくらいの価値かは不明なんだけど。
だけれど、多分相当に高い。
銀髪碧眼に推定以上の価値があるとは信じれない。であれば、『銀髪碧眼』という身体的特徴に価値を見出している訳ではないという事かな。そんな感じだと思う。
例えば……例えば――そう。〝依頼主〟が指定する人物の、特徴であったり。
資金力があり、多分だけど盗賊ギルドに依頼出来る程の人脈や組織的な大きさがあり、その上で『銀髪碧眼』の人物を探し求めている、と。
そしてあの森で会ったハイドは、明らかにこの街から離れた場所から来ていた。所持していた物資量から考えて。
「……」
これは、推測の範疇を越えている。
分類するとしたら想像や妄想とされるべき思考だ。
だけれど、だけれど……それが全て正解だとしたら。
ああ、この情報は使えそうじゃないか――、
「……ふ、くくっ」
――《聖女》というスキルを持つ、『銀髪碧眼』のあの子に対しては。
笑声を押し殺しながら手紙を書類達と同じ空間に仕舞い、震えた肩のまま立ち上がって伸びをする。木製のデスクを通り過ぎ、ソファーと机を通り過ぎ、本棚の扉を通り過ぎていく。
どうにも、軽やかな足取りで。
「待っててね。私の、私だけのお姫様……!」
興奮を隠さない呼吸の間隔のまま隠された通路に入り、死体から流れる血肉の匂いを飛び越して、目的の鉄扉の前に立つ。
胸ポケットから銀色の鍵を取り出し、持ち手部分に空いた穴に指を差し込んでくるくると回す。
「ふ、ふふ……っ」
ああ、本当に愉しみだ。扉の先にいる銀髪ちゃんの反応が、私の思う通りなのか、そうではないのか。一体どんな顔色をして、どんな感情を込めた目で私を見るのかが。
とっても、愉しみだ。
ああ、いや。
でも、私は冷静な救出者を演じなければならない。こんな興奮混じりの湿った熱い吐息では、彼女の反応に影響を与えてしまう。お姫様を助ける騎士は、あくまでも格好良くなければ。
理性的思考のままに冷静さを取り繕い、呼吸の間隔が通常時と等しく落ち着くまで深呼吸を繰り返してから。漸く、銀色の鍵を掌の中で握り直す。期待のままに走る鼓動を放置したまま。
鍵穴に鍵を挿して、捻る。
響く解錠音に従い、扉を開く。
▼△▼△▼△▼
錆びた蝶番が立てる音の先。
そこに見えたのは、鎖で縛られた彼女だった。
「……ねえ、大丈夫?」
俯いた顔に従って、垂れ落ちる銀髪。
色味は違えど、枯れ尾花にさえ思える長さ。
私の声に気付いたのか、上げられた視線は――、
「……」
――酷く、虚ろな物だった。
「リーナ、さん……?」
なんと例えるべきだろうか、彼女の声を。
深く、色鮮やかな黒に彩られたような。或いは底の見えない穴に小石を投げ込んだ時のような。はたまた人の首を絞めた際に出るか細い呼吸のような。まるで、古びた墓から干からびた腕が這い上がるような――、
「……来て、くれたんですね」
彼女が呼び掛けてくる。
どこか浮ついた思考を引き戻して、今にも上擦りそうな声を抑えて口を開く。
「うん。遅れてごめんね」
縛られて動けないのをいい事に、一歩だけ詰め寄る。近付く度に浮き上がる細部が、髪の一本一本が、呼吸に上下する体が、少し汚れた服の皺が、その一つ一つが――どうにも、目に眩しい。
でも、今はまだ早いから。
取り出した鍵束から幾つか適当に選んで手錠や足枷、果てには首輪を外してやり、重力に従順な体を支える。
「ホントに大丈夫?」
「大丈夫、です。特に乱暴とかは、されてないので」
「そっか」
手を引いて立ち上がらせて、そのまま通路を通って執務室まで戻っていく。その間ずっと手は繋いだままだけれど、足が痺れているのか、あまりにも歩き方が不安定だったからね。
これぐらいの気遣いは必要だろう。
騎士役は喜んでやるけど世話役はやりたくない、という本音は押し殺す。
「それにしても、よく来れましたね……?」
「まあ、なんとかしたからね。いやまあ、なんとかしている途中なんだけど」
「……途中?」
病み上がりというか縛られ上がりなのに、いつも通りのテンションで困惑に満ちた表情を浮かべている銀髪ちゃんの姿勢を確認する。そして手を離してから、下をだらりと指差した。
「まだいるんだよね、十二人」
「何がです」
「敵が」
ずっと無表情だった顔が引き攣っていく様を見るのは、正直な話とても愉快。なんと言えばいいのだろうか、白いキャンバスに無計画なまま筆を滑らせた時のような……そういう開放感がある。
「こういう事はあまり言いたくないんですが……その、馬鹿なんですか?」
「いや?」
「じゃあ、無鉄砲とかなんですか?」
「鉄砲なら持ってるよ。さっき拾った」
問いに対し答えを素早く返すと、彼女はその綺麗な髪を鷲掴むようにして頭を抱えて、しゃがみこんでしまう。
「銃器の有無を尋ねているのではなく……!!」
このまま銀髪ちゃんを弄んでいるとそろそろ発狂でもしてしまいそうな雰囲気なので、自分の身嗜みをそれらしく確認しながら大きめに一つ伸びをする。
「まあ、なんとかするよ」
「なんとか……って」
「なんとかはなんとか。ただ、一つだけ言える事があるとすれば――」
後ろを振り向く。
「少なくとも私は、火に飛び込むような夏の虫ではないよ」
▼△▼△▼△▼
「本当に、やるんですか?」
「やらなきゃいけないでしょう?」
「それは、そうですが……」
階段を降りつつ、会話を進める。
「大丈夫。私が全部どうにかするから。君は階段の近くで隠れてて」
「いいんですか?」
「いいの。任せてよ」
彼女を端に追いやってから、二回ぐらい深呼吸する。
数歩歩いてからドアの前に立ち、準備を進めていく。
ドアノブに《情動戎器》で生成したての鋼糸を括り付けて、それを階段の手すり部分にある変な突起に引っ掛ける。
そしてドアの蝶番近くに移動して、紐をぐいっと引っ張ると――、
「……あ?」
と、声を上げながら開いた扉に近付いてきた男が彼女の姿を見留めた辺りで。抱き着くみたいにして、首に腕を回し、直ぐ様事前に生成していた短剣で頸動脈を掻き切った。
力の抜けた身体を適当に床の上に転がしつつ、二つの円卓からの視線を受け止め。
靴の裏から剣を造り、飛び出した。




