25 『伸るか反るか、それだけか』
やはり、外装は地味な物だった。
多少の大きさはあったから、相応の不気味さと威圧感はあったけどね。
じゃあ、まあ。
行こっか。
「お邪魔しまーす」
平然さを伴う軽やかな声と共に。薄汚れた扉を押し開き、視界内の情報を整理する。
この扉近くに門番か何かのように立っているのが一人。
室内を占める二つの円卓にはそれぞれ五人ずつが酒を呑んだくれながら座っていて、その先の奥まった場所に備わった扉にも一人が立っている。
合計十二人。
鑑定結果から推測するにら額面上の戦闘能力は私より多少劣る程度、と。
あー、まあ……なんとかなるか。
一人当たり二つ。計二十四の視線を受けながら、思考を纏める為の息を吐く。
「……おい、嬢ちゃん。ここはアンタみたいなのが来る場所じゃ――」
「ねえ、上に取り次いでくれない?」
真横にいる髭の整っていない人物が私に話し掛けてくるが、強引に遮って手続きの要求を告げる。苛立ちの混じった怪訝な表情で睨まれるが、それは私の服装を見た瞬間に懸念が混ざった。
当然だろう。
今私の着ている服は《情動戎器》で〝防具〟という体で生成した服……厳密に言うのならば、アラミド繊維が一部使用されたジャケットにシャツにスーツベストの三点セット。
その下には繊維のみでは貫通してくる衝撃の吸収剤として厚手のゴムを内側に引いた、とても材料費の掛かった一張羅。
手間も暇も掛けたこの服は、この世界の住人にはさぞかし『高そう』に見えるだろうね。
その筈だ。
ほら、日本製品はとても高品質……ってよく言うでしょう?
「……ね? 取り次いで、くれない?」
両手を後ろで組み、上目遣いだけれど傲然さが滲む声色で言うと。
私が視線を向けている先の喉仏が、ひくりと揺らめき――、
「――あ! てめぇはあの銀髪とずっと一緒にいた女じゃねぇか!!」
円状のテーブルから上がった一声。
それに、失敗を予感した。
瞬間、素早く眼前の肉体の背後に回る。
無駄に太い首に、スカートを掻き分けて抜き放った短剣を。
皮膚に触れるか触れないかの距離で添え当てた。
「あーもう、私の完璧な計画が崩れちゃったじゃん」
人質の肩越しに軽いノリで愚痴を吐き捨てつつ、肉体での拘束を施し、言動に対する各々の反応を見定めていく。
奥まった箇所の扉近くにいる男は、切迫詰まったような顔をしながら剣を抜こうとしていて。酒を飲んでいた十人の内、六人がこの状況を生み出した私に対して、酷く警戒の滲んだ目を向けていた。
後の残りは現状を把握しきれていないのか、呆けた面を晒している。
そうなるのも無理はないと思うが。
「この、クソアマが……ッ」
人質が立場を弁えずに騒ぎ立て、腕や足を動かしてどうにか拘束から逃れようと試行してくる……ので、間接部を可動域限界の位置で固定して、動かした瞬間に痛みが走るよう調整しつつ拘束を強める。
そこまでやっても、どうにも、室内の人達に甘く見られてる気がする。
まあ、私みたいな小娘に対する態度としては当然ではあるけれど……場を支配するには、もう一押しが必要らしい。
「欲しがりだねえ」
ならば。
〝小娘〟が原因で人々に舐められてしまうのならば、そもそも〝小娘〟だと相手に認識させなければいい。例えば……例えば、そう、『小娘に擬態した怪物』だとでも。
幸いこの世界は〝ファンタジー〟を地で行っているし、それを実地にて実感している。
擬態能力を有した怪物くらい、一種や二種程度いるだろう。
「――ね。食べられたくなかったら、抵抗しないで?」
《欲望の口腔》の効果によって、〝口〟を生成する。
その位置は、額から顎までの正中線。
つまり顔、しかも横でなく縦。
それを、がぱりと割り開く。
生え揃った白い歯と歯同士を激突させ合い、鍛冶にも似た音を響かせていく。歯が奏でるそんな不気味な音を背景に、〝口〟から伸ばした舌を太い首に絡ませていった。
ぴちゃりと、湿った音を立てながら。
「私、乱暴な事はしたくないんだけどなあ」
舌に、力を込める。
「……分、かった。分かった、から」
「なら、早く取り次いでよ。じゃないと、ねえ?」
頸動脈をやさぁしく愛撫していると、首元を私の唾液で汚された人質から怒号にも近しい命令が上がり、奥まった扉に付いていた人が木製のドアを開いた。
そして、向こう側の光景の中に消えていった。
門番の声の震えと周囲から向けられている視線から推測するに、多分試みは身を結んだのだろう。
そもそも、円卓にいる銀髪ちゃん誘拐の実行者と思われる人物さえ声を上げなければ、人質を取る必要もなかったんだけど。
そのまま手持ち無沙汰……いや、この場合舌持ち無沙汰とでも呼ぶべきなのだろうか。
まあとにかく、まろびでた舌で太めの頸動脈の辺りを競走馬に対するようにべちべちと叩き、水気交じりの肉音を立てて暇を潰す。人質は律動一つに対し、律儀に反応を返してくれた。
ちょっと楽しい。
「お前は……なん、なんだ?」
「んー……『お前』ってさぁ、」
にじゅる。
「言葉遣いがなってないんじゃないかなあ。ねえ、君はどう思う?」
脅迫紛いの言葉と共に舌を強く回して首を絞めると、人質は借りてきた猫か何かのように大人しくなってくれる。疑念を質問として解消させる事も、嫌悪感に身を捩る事とも、抵抗する事もしない。
人質らしくなったようで何よりだね。
そのまま数分程度人質を弄ぶ事で残りの十人を牽制していると、閉まっていた奥の扉が開いて、お上に掛け合っていた者も戻って来た。
鈍い開閉音に反応したように〝口〟から伸びた舌先を向けると、戻ってきたばかりの伝令役は目を逸らす。シャイなのかな。
「で、どうだって?」
「その、『上で待っている』……と」
なるほど? どうやら自分の対処能力に、余程の自信があるらしい。人質を盾にしながら今いる十二人を殺して、死体を全て捕食して戦闘能力を上げてから、そこで漸く事に当たる予定だったのだけれど。
まあ、どちらにせよ。
私のやる事は変わらない。
「熱いお誘いな事で」
軽口を叩き、顔の〝口〟を閉じながら、人質を解放する。
さゃり。
と、手足を自由にしてあげた男が素早く鞘から剣を抜き、私に切り掛かってきたけれど。先んじて肘鉄から開いた〝口〟が、真剣を白歯で取って噛んだ。
残念だけれど、今は刃を噛み砕ける程の咬合力は無い。
剣に籠もった拮抗の力を拍子抜けさせる為、肘を引きながら〝口〟を再度ぱかりと開き。体勢の崩れた身体の、その手首を踵で蹴り上げる事で、握っていた剣を取り落とさせる。
ぎんと音を立てて落ちた直剣を見る事もせず、前を見据えた。
「全く、行儀がなってないんだから。躾はちゃんと受けた? 義務教育とかさ」
男は倒れ込んだ身体を助け起こそうと、壁に手を付く。
それを理解しながらも堂々と背を向け、手の甲を見せつけるように手を振り言葉を残した。
二つの円卓と向けられる数多くの視線の間を潜り抜け、薄汚れた部屋の奥の扉に向かって歩を進めていく。
奥まった扉の側に佇んでいる人間にも複雑な視線を向けられるが、一概だにせずさっさとドアノブを掴んで捻って押し開き、向こう側に気負いの無い一歩を踏み出した。
「……」
さて、この先に待ち受ける物は、果たして私にとって吉と出るのか、凶と出るのか。
それとも、鬼が出るか、蛇が出るか。
伸るか反るか、それだけか。
「……ふ、ふふっ。待っててね、私のお姫様?」
▼△▼△▼△▼
扉の先に佇んでいた十段余りの階段を登り切ると、妙に長ったらしい通路が視界に入る。その奥の奥の方には少し大きく、飾りにもならない程度の装飾が入った扉が見えた。
きっと、私をお呼びなのはあそこだろう。
「んー……」
奥に至るまでの通路にも、二箇所程度ドアがあるけれど……これは多分、客室とか私室とかだろう。違和感を感じる程度には部屋数が少ない気がするけれど、それは一旦置いておく。
折角呼ばれたのだし、待たせるのは忍びない。
私にも良識って物がある。
多分ね。
肩を竦めながら奥に歩いていって、扉の前に立つ。ジャケットのポケットに入っている物を確かめてから、肩を回したり首を回したり足首を回したり……とにかく関節という関節を回して調子を確かめる。
よし。
「ふー」
小さく息を吐くと同時に、扉を押し開く。
木枠を一歩、踏み越える。
「――よぉ、待ってたぜ」
低く男性的な、酒に掠れたような声がテーブル越しに掛けられた。
『酒に掠れたような』というよりは、事実として酒焼けしているのだろう。何故ならこの部屋には、嗅ぎ慣れたようで少し違う、酒精の匂いが充満しているのだから。
「……まだ昼なんだけど?」
「ああ、そうだな」
吐き捨てるように、というよりは朗々と吟じるように言ってのけた男は、酒瓶片手にくつくつと押し殺したように笑う。
その後、結構高そうな酒を運動後のスポーツドリンクと等しい気軽さで呑み下した。
そんな一気に飲んで急性アルコール中毒にならないか心配になったけれど、寧ろ私としては酔っぱらってそのままくたばってくれた方が有り難い。
ので、その行動には口を挟まず傍観する。
「お前も呑むか?」
「……あー、うん。そうだね、少し貰ってもいい?」
「いいぞ、浴びるくらい呑め」
それなりに酒が回っているらしかった。男は口数多く笑みを混ぜながらそう言い、少し古びたソファから立ち上がり、本棚近くの棚に仕舞われていた透明なグラスを一つ取り出す。
彼は床の軋む音を立ててからソファに座り直し、飾りの一つも無い質素な硝子容器を、テーブルに叩きつける勢いで置いた。
「ほら、座れよ」
乱暴に扱われたグラスを慰めるつもりか、琥珀色の液体が八分目まで注がれ、机の上で滑りながら私に差し出される。
「私、少しって言ったんだけど?」
「少しだろ?」
「これが?」
「そうだ」
存在しない頭痛を覚えつつ、取り敢えず革張りのソファに腰掛ける。下半身に伝わる座り心地はごわごわしているとも、ふかふかしているとも言えない微妙な物。
強いて言えば、革の色落ち具合から察するに長い年月使い込まれているのが理解でき、それを考えれば座り心地の微妙さは多少軽減される、かもしれない。
いや、やっぱり微妙だ。
「まぁほら、呑めよ」
掛けられた誘いに肩の竦めで応じる事を示して、妙に小綺麗なグラスを片手で掴んで口元に持っていく。毒が入っていないか心配になったけれど、妙な濁りや混ざりは無さそうなので、ぐいっと盃を傾ける。
この酒に毒が入っていた場合……形だけを見て経緯を無視すれば、私はソクラテスと同種の死に方になるのだろう、という思考が掠めた。
が、その瞬間に琥珀の酒精が咽頭を焼いて、死因を考えている所ではない。
「……ごほ……っ、ごほっ……これ、強すぎ、ない?」
「そうか?」
「なんで、そんな平然と飲ん、でんの?」
「慣れじゃねぇかなぁ」
私にはどうしようもない事実を伝えた後に、またしても男は瓶に入った酒を嚥下する。運動後のスポーツドリンクどころか、海水の中のプランクトンを補食するジンベイザメとすら見紛う速度で。
その光景を呆れた目で見ながら、伏し目流し目盗み目で男に鑑定を使った。
========================================
[名前]:〔ルーカス〕
[種族]:人間
[年齢]:38
[状態]:酩酊
[任意稼働技能]
《風魔法》
《気配感知》《危機感知》
《視線遮断》《罠遮断》《危機遮断》《敵意遮断》《悪意遮断》
《暗視》《直感》《恫喝》《崖登り》《風纏い》《罠設置》
《心眼》
[常時稼働技能]
《初級剣術・VIII》《初級短剣術・X》《初級手斧術・VIII》
《初級体術・IX》《初級銃術・V》
《三半規管強化・III》《平衡感覚強化・III》《瞬発力強化・II》《巧緻性強化・IV》《握力強化・II》《腕力強化・II》
《身体制御》《体型維持》
《俊足》《器用》
《物理耐性》《毒耐性》《苦痛耐性》《疫病耐性》
《登攀術・序》《匍匐術・序》《回避術・破》《受身術・破》
《踏破術・序》《軽業術・序》
《斥候》
[称号]
〈親殺し〉〈人殺し〉〈斥候〉
========================================
酒を少量ずつ飲みながら、鑑定結果を整理する。
名前は……ルーカス。ルーカスね、覚えた。
んー、なんて言えばいいのかな。風魔法を利用したスピードアタッカーで、常時稼働技能の中で一番下にあるスキルの通り、斥候系のスキル構成と断定していいだろう。
力は程々、技術はそれなり。
あと目に付くものとしては、《初級銃術・V》というのが気になる。
ここに来る前に銃それ自体は見掛けていたけれど、それを扱う為だけの《スキル》がある事は、〝剣と魔法のファンタジー〟にどっぷり浸かっているこの世界観には……少し、反している気がする。
「で、何の用があってここに来た?」
グラスを傾けながら思考を回している……と、酒に酔った声ではあるが確かな芯を感じさせる声音で、本題への移行を告げられた。
このまま呑み続けていたって私がべろんべろんに酔っ払って千鳥足の醜態を晒すだけだし、好都合なタイミングと言える。
ので。
口を開く。
「んー、銀髪のとっても愛らしい女の子。今、ここにいるでしょう?」
「ああ、いるな」
息を吸う。
「アレ、返して欲しいなって」
どぐ。
と、酒瓶の底が机を叩く音がして、ルーカスは急降下したらしい機嫌のままに私を睨みつけてくる。
どうやら感情表現がお上手らしい、私の父親みたいに。
既視感のある気分の不安定さ……つまり酩酊具合から見るに、私が入室する前から相当に酔っていたようだ。わざわざ酒精が多く含まれている酒を開けた理由には、囚われの彼女が関わっているのだろう。
俗に言う、祝い酒というやつか。
「やだなあ。そんな怒らなくてもいいじゃん。そもそも、私が来た時点で『何を要求するか』はそっちも分かってた事でしょう?」
「それはそうだが、無理は物は無理だ」
「どうしても?」
「どうしても」
強情だ。
そう簡単に彼女を私に返してくれる訳が無いのは理解してたけども。
態々得た利益を手放す程、ルーカスは馬鹿ではないだろうし。
やはり彼女には『狙われる理由』も、『保持する価値』もあるらしい。虚偽が含まれているかもしれないが、少なくとも『返せ』と言われて彼が機嫌を損ねたのなら、それは生存を示唆する物になる。
「アレはさあ、私の物なんだよね。分かる?」
「ハッ……そんなに大事なペットなら、首輪でも付けとけや。放し飼いなんて今時珍しいぜ?」
「室内飼いも結構面倒臭いんだよねえ。衛生管理とか、壁紙で爪研ぎされたりとかさ」
それなりに慣れてきたか、或いは酔った所為で正常な思考が出来なくなっているのかは知らないが。取り敢えず妙に渇く喉を辛口の液体で湿らして、灼ける喉のまま口を開く。
「ねえ、ダメ?」
「ダメだ」
このままいっても、話は平行線。
だから。
「じゃあさ――アレに釣り合う物を、対価に差し出したら?」
私の発言に対し、手を組み換えて姿勢を直したルーカスの反応を見て取って。興味関心を焦らす為に視線を左上に向けて、ワザとらしく『んー……』と唸ってみせる。
少し煤けた天井を視界に入れながら、今後どう展開するかを色々と脳内で試行錯誤して、この建物に入る前に立てた計画を多少修正して流用する事を決めてから。
口を開いた。
「あー、そうだ。そうだった」
ルーカスが苛立ちを表明するみたく膝を小刻みに揺らした辺りで、『たった今思い出した』という演技をしながら視線を向ける。
「……なんだ」
「煙草。一本、吸ってもいい?」
「チッ、好きにしろ」
ぶっきらぼうな許可を取ってから、私は着ているベストの懐に手を潜らせて、握り――、
手を抜き出し、銃口を向けた。
「わお、奇遇だね?」
「……そうかもな」
場の空気が張り詰めていくのが、ありありと理解出来た。酒精に内側から熱された肌が、冬場の外気で乾燥した時のようにぴりりと刺激されていく。
交感神経が、今は酷い優位を取っていた。
「……」
まあ、なんて事はない。
奴も私が懐を漁っている間に銃を取り出し、そして私と同時に殺意と、その体現をこちらに向けていただけの話だ。
回転式のそれを。
勿論、撃鉄は双方共に上がっている。
「本当に撃つ気? 私の方が早いと思うけど」
「やってみなきゃ分からねぇだろ?」
「そうかな? そうかも」
お互いに片手で、対象を殺すの為だけの道具を向け合い、引き金に指を掛け合いながら……私は肩を竦めて、ルーカスは挑発気味に微笑みながら、表面上の言葉を交わしていく。
一体どう言い表そうか、これを。
抑止力としての核を持った国家間の対話にも似た印象を受ける。どちらの首にも死神の鎌は掛かっている筈で、まるで柑橘の皮のように湾曲した刃を上滑りするような、そんな言葉を交わしているとも例えられた。
それは恐ろしく、ある筈の無い身の毛がよだつほど心胆から人を寒からしめ、何れは死体の冷たさに成り変わるまで続いていく。
「そういえば、さっきの話の続きだけどさ……これなら、釣り合うと思わない?」
からりと、言葉を投げた。
銃を片手で握り締めたまま、懐から〝細長い袋〟を慎重に取り出す。
「なんだ、それ」
「開けていいよ。さぷらーいず」
妙に重く感じる拳銃を両手と共に軽々しく上げながら、顎先の動きで机の上の草臥れた五つの袋を指し示す。
机に置かれた時の音から察して、中に何が入っているかは分かっているだろうけど、人間の知覚の割合は八割が視覚だとも言うし、〝耳〟で聴くよりは〝目〟で見る方が理解しやすい筈。
「……お前、正気か?」
「相対的だよね、そういうのって」
注目を机の上に向けた後、銃を握ったまま袋の中を覗いたルーカスは、正気を疑う声と視線を向けてきた。
まあ、そんな態度を取るのも当然ではあるだろう。袋に入っているのは、煌めく金貨なのだから。それも大量の。
「アレはさ、〝私の物〟なんだよ」
「……」
「自分の物を取り返す為なら――私は、どんな対価だって払うよ?」
あくまでも軽薄に、嫌になるくらい軽忽に。
笑みを貼り付けた上で目を細めながらルーカスの反応を観察していると、一つ大きな溜め息を吐かれた後に舌打ちが鳴る。それから、五つばかりの小袋が奪うように取られ、相手の懐に収められた。
「うん。じゃあ、銀髪ちゃんの所まで案内してくれない?」
「……あぁ、いいぞ」
拳銃を内ポケットに戻してから酒を一気に飲み干して、少しふらつく身体のまま強引に立ち上がる。目の前の男もテーブルに酒瓶を置いた後に似たような工程を経てから、私に背を向けて歩き出した。
そうして行き着いた先は、部屋に備えられた本棚。
ルーカスは上から三段目の棚に収まった、右から四番目の地味な表紙の本に手を掛けて、
がこん。
と、重々しい音と共に本棚が分裂するように割れて、その情景はまるでモーセが仰々しくも海を割ったに酷似している。そうすれば、割れた本棚先にある光の少ない隠し通路と、その奥の鉄扉が視界に入った。
まあ、予想はしてたけど、うん。
心が頭に追いつかない時ってあるよね。
「この先にいるの?」
「あぁ」
ルーカスは開いたばかりの狭い空間に、腕を広げて私を迎え入れる。その妙に整った片手には、腰に付いていた鍵束から外された銀色の鍵が一つ、握られている。
どうやら、レディーファーストの精神は〝ここ〟にも根付いているらしい。などと益体の無い感想を浮かべつつ、光の差さない通路に一歩を踏み出していく。
二歩目、三歩目の辺りでルーカスも通路に入ってきたのを《気配感知》で把握しながら、内ポケットに入っていた拳銃を握ったまま、外ポケットに向かって入れ込んだ。
固い布地に挟まれているからか、より確かで、冷たい質量を、左手でしかと握り締めた。
「……あのさあ、早漏じゃないんだから――」
反時計の回し蹴り、を。
「――もっと、我慢したら?」
発砲の為か突き出されていた、彼の右腕に放つ。
銃を握るその手を、蹴りを放った右足の裏で石壁に押し付けて。
それとは反対側の壁に右手を付きながら、力の限りルーカスの掌を踏み締める。
「っ」
壁にぐいと腕を抑えつけていた右足。
その為に曲げていた膝を一気に伸ばし、壁から離す。
ポケット内の〝銃〟を〝短剣〟に『変化』させ、膝を伸ばした事で生じさせた時計回りの勢いのまま、左手で振るった。
「、」
靴裏から開放されたばかりにも関わらず。直ぐ様私の方へと向けられていた右腕を斬り付け、そこでようやっと片足を下ろした。
「やるじゃねえか」
右腕の傷口と滴下を抑える事もせず、銃の代わりに腰から抜いた短剣を左手で構えたルーカス、の側頭部。
壁の中に生成した直剣が応力の開放により弾き出され、物質間の反発を利用した遠隔の突きが、急所目掛けて放たれた。
が、それは低く踏み込む姿勢で回避されていく。
狭く暗い通路内、剣身の短さがあろうと〝横〟は難度が高い。だって二メートルあるかどうか怪しいし。
その推測通り、縦方向の剣閃が、暗い通路の中で肉薄してくる。
「は」
右上へと剣先を向け、こちらに細い腹を向けた黒の短剣。右手で剣の面部分を支えながら、どうにかこうにか一つの剣閃を受け、
――がぎん。
黒が割れ、頬に赤が走った。
「チッ」
彼の、私の傷が浅い事への舌打ちは無視。
「、は」
両脇の壁、天井と床。
上下左右から飛び出てくるよう槌やら斧やら剣やら槍やらを大量に生成して攻撃に転用し、逃げ場を無くす。
その試みは《危機感知》の効力か何なのか、逸早く一歩後ろに飛び退いて上下左右、全てが避けられた。
「ぁ、はっ」
それは酷く、予定通りに。
斥候らしい速度で飛び退いている途中のルーカスに向かって生成を交えて踏み込み、リーチのまるで足りない短小なモノを突き出す。
突き出し――直剣に変える。
「ッが――」
剣先を喉元に突き刺さったのを視認した瞬間、剣の軋む音を無視し。筋力でベクトルを強制的に捻じ曲げ、壁に剣先と喉元を押し付けて。
柄が手に絡み付いている事以外は形状を短剣に戻した凶器で、首に突き刺さったままの刃先と、それに伴う頭蓋を何度も壁に叩き付けていく。
何度も、何度も。
後頭骨が罅割れるまで。
脳が脳漿に交じりゆくまで。
人間の形をした肉で壁を叩く度に、酒臭い口から吐き出された血が身体を汚し、塗り付けられた不愉快さを切り捨てるように剣をひっこ抜く。
壁をキャンバスにして血の芸術を描く身体が、見開いた目で虚空に向かって筆代わりの血濡れた右手を伸ばした瞬間に。短剣から幾分か刀身の伸びた直剣で、手を切り落とし、心臓を一つ突いて。
画竜点睛は欠かぬように。
微かな鼓動さえ踏み躙るよう、一刺ししたばかりの心臓に『変化』で伸ばした剣先を包み込むように這わせてから、深く収縮させる事で締め付け、拍動の臓器を容易く潰した。
「……っ、は」
背後の壁に寄り掛かりながら、背中を大根おろし器に掛けるが如く座り込む。
激しく脈打つ心臓を上から抑え、肺の深層にまで酸素が行き渡るくらいに深い呼吸を繰り返す。
『熟練度の閾値超過を検出。《初級短剣術・I》を習得しました』
「あー……。ほんっとに、疲れた……」
本、当に。
▼△▼△▼△▼
私は、相も変わらず銃なんて複雑な物は生成出来ないし、多分だけど生涯賃金程度にある金貨を持っている訳でもない。
ルーカスとのやり取りは全部全部、一から十までハッタリだ。
銃は限りなく精巧な贋造……〝鈍器〟として生成した偽物でしかないし、金貨の入った袋は〝ブラック・ジャック〟として生成した物。
『鈍器としての銃』が偽物かどうかバレないかヒヤヒヤしたし、〝ブラック・ジャック〟に入った『金貨のような重り』の受け渡しが契約違反と判定されないかどうかも心配だった。
だから『契約』とは言わぬよう、それを示唆せぬよう気を払いに払ったし。
他にもルーカスが、私に襲い掛かってくれるかも不安だった。
さっさと次の話に移ったから鈍器だとはバレなかったし、そもそもルーカスを殺す予定だったからか〝契約〟だという判定には引っ掛からなかったから、どれもこれも大丈夫だったけれど。
「計算通りでありがたいよ、全く」
それに、彼は酷く酔っ払っていたし〝利益〟ばかりに執着していたから、銀髪ちゃんと金貨の袋と……そのついでとばかりに『容姿の整っている私』を手籠めにしようとするとは思っていた。
というかそもそも私を手籠めにしようとしていなくとも、私のような十代の小娘にやり込められるなんて。裏社会の住人としては到底許容できる訳が無いのだから、どっちみち襲ってきただろう。
「あー、帰ったら寝る。絶対寝る。八時間睡眠する。久々に」
出来るのならと、自分でも嘲笑いそうになるそれ。
そのような戯言を吐きながら、どこも捉えていなかった――捉えていたとしたら眼窩の奥辺りであろう視線を前に向け、二重構造の黒いスカートから赤い血を滴らせながら立ち上がる。
ルーカスの死体をまさぐって、〝ブラック・ジャック〟と、偽造ではない真正の銃と、重要そうな銀色の鍵を拝借してから。
掌に生成した〝口〟で肉体を消化液らしき黒い物で覆う。
……んー、どれにしようかなあ。
「迷うね」
決められないかも。
▼△▼△▼△▼
『《風魔法》を取得しました』
『《初級銃術・V》を取得しました』
『《体型維持》を取得しました』
『《器用》を取得しました』
『《斥候》を取得しました』
『各種スキルに対し、熟練度の振り分けを行いました』
『《初級剣術・III》が《初級剣術・VI》に変化しました』
『《視覚強化・III》が《視覚強化・V》に変化しました』
『《味覚強化・I》が《味覚強化・III》に変化しました』
『《触覚強化・I》が《触覚強化・IV》に変化しました』
『《筋力強化・I》が《筋力強化・IV》に変化しました』
▼△▼△▼△▼




