24 『「二兎追うものは一兎も得ず」とは、想像力の欠如であって』
「んー……」
眩しい。とにかく眩しい。
今日に限っては快晴であるのは良い事なんだけど、頂点に差し掛かった太陽から発せられる光が、些か鋭すぎやしないだろうか。日光から目を守る為の〝防具〟だとしてサングラスでも生成したい気分になる。
いや、本当にしてしまおうか。
けれど、サングラスがこの世界で普及しているか否かを考えると、中々手を出し辛い。盲人だという誤解を解く手間が生じてしまう。
だったら我慢するしかないか、と横を見た。
そこには当然、彼女がいる。
何故だかいつもより整えられている銀髪を風に揺らめかせながら、楚々とした佇まいで私の隣に侍っているフィアが。
「眩しそうですね」
「まーね」
実際として眩しいんだから。
こんな事なら朝から予定でも立てておけば良かった。二人で話し合って今日は休もうと決めて、特に何をするでもなくだらだらとしてたらドアをノックしてきたフィアに、有無を言わさず連れ出されただけなのだから。
いやまあ、《スキル》の鑑定結果を眺めてるだけで暇だったから、特に断る理由も無かったんだけど。
もう昼間も昼間で、流石に目が痛い。わざわざ太陽を見上げずとも、街全体が明るいのだから仕方が無い。
「で、どこ行くの?」
「今はこの街を拠点としていますが、街中を見て回った事は一度も無いな、と思いまして」
「なるほどね」
つまりちょっとした散歩、という訳か。
というか、色々と暇潰し手段のある私と違って、今まで彼女は宿の一人部屋で何をして過ごしていたのだろう。気になる事は多々あれど、聞き出せる関係性には未だ遠く。
せめて、その足がかりになればいいと。
「……これは?」
「手だけど」
彼女に向かって、自分の右手を差し出した。
「えーと……」
「私と繋ぎたくないっていうんなら、別にいいんだけどさ」
なんとなく、確信があった。
それは昨夜の、パスタを食べている時にやたらめったら手を触られた事も関係しているし、そういう理由も無くただの直感でもあった。彼女は私と手を繋いでくれるだろう……という、そんな馬鹿げた確信が。
「なら、繋がせてもらいますね」
何故だか私に微笑みかけながら、異なる掌と掌とが隙間なく接触する。その、あまり経験した事のない感触と、街全体に浴びせ掛けられている日光から逃れるように瞬きを繰り返して。
一つ、大きく息を吐いてから。
「……じゃ、行こっか」
街へと、遅い足取りで繰り出した。
▼△▼△▼△▼
と、言っても、そう簡単に話が進む訳ではない。
魔法やらの検証の為に一度夜中に抜け出した事がある以外は、私はこの街の構造について……まあ昼間に遊べるような所は知らないし、フィアについては言わずもがな。
賑わっている所にでも行きたかったんだけど、中々上手くいかない。
どうにも湿っぽい路地裏に入ってしまう事もあるし、そこから抜け出したとて、行き着く先もよく分からない場所。
そんな調子で一時間ぐらい彷徨って、漸く通りらしい通りに出れた。
まあ、私としてはこれはこれで面白かったからいいんだけど。
彼女の方も……つまらなさそうにしている感じではなさそう。
小さな路地から伺えるストリート部分の様子は、中々に繁盛しているといった風情。昼間真っ只中である事を考えると、大体昼食の時間とかだから人通りの多さには納得できる。
今からここの中に入っていくのか、を考えると少し憂鬱だが。
虎穴にはいらずんば虎子を得ず、とかなんとか。そんな精神で、彼女の手を引っ張るようにして人流れの中へと身を投じた。
結構人がいる、というだけで別にぎゅうぎゅう詰めになっている訳ではないからあまり心配は要らないんだけど、念の為に手は離さないように注意を払っておく。
さて、どうやら見たところ、ここは露天商が多い場所らしい。そういう区画なのだろうと納得して目を回していくが、特に目を引くものは無い。何らかの日用品だとか、使い道の分からないガラクタだとか。
あまり金銭に余裕が無い現状、特に買う必要も無いかなといったものが並んでいる。
それについて、あーでもないこーでもないと言葉を交わして駄弁りながら、人の流れに従って道を歩いていく。
ぶらぶらと繋ぎ合う手を揺らして特に考えも狙いも無く道を進んでいけば、商いは商いでも飲食を取り扱った屋台の方へと向かっていたらしい。相当な時間歩き回っていたし、昼ご飯食べてないしで丁度いいと言える。
繋がっている方の片手を持ち上げ、彼女に視線を向ければ、その青い目は特に非難の意図もなく……というか寧ろ積極的ですらある。
出店は広場らしき場所で開かれているし、そろそろ休憩にしてもいいだろう。ほぼ唯一空いてるベンチまで行って腰掛けて、何を買おうかなと首を巡らせる。
「んー……」
こういう選択で変にエネルギーを使いたくない。多種多用な食物が並んではいるが、まあオーソドックスな肉の串でいいだろう。人気だからなのか並んでいる列こそ長いけれど、それほど美味しいという事にしておく。
フィアは……席取りも兼ねてここで待ってもらおう。
と、くどくどと考えた事をまず伝えないといけない。
「私が並んでくるからさ、銀髪ちゃんはここで座って待っててよ」
「お金は大丈夫ですか?」
あー、依頼料とかは預けてたんだっけ。
「まあ、試験依頼の報酬で足りる……と思うよ」
あの【カード】とやらに振り込まれたらしい金額で。
じゃあそういう事で、と彼女に別れを告げて列に並んだ。たまにはこういう日があってもいいかな、と思いながら。
▼△▼△▼△▼
「……あれ?」
漸く列が捌けていって、二本を買ってきて戻ってきた所。ベンチで待っている筈の銀髪の彼女はいなくなっていた。一時的に席を離れたのだろうか、と数分待ってみても帰ってこない。
「んん〜……」
そういえば、割れ兎の討伐依頼を初めて受けた時に、レニーが『治安が悪くなっているから気を付けて』みたいな事を言っていたような気がする。
とりあえず肉串を食べる人がどっかに行ってしまったから、口で咀嚼するのも面倒だし……木の棒ごと〝口〟に食べさせようか。
さて、どうしよう。
逃げられたにしても攫われたにしても、どこに行ったのか分からない。可能性がどちらに傾こうとも、流石に目撃者はどこかしらにいる筈だから聞き込みして――ああ、いや。
面倒だな、どうしよう。
「……ん?」
往来を兵士が見回りしてる。
なんか一人だけガタイいいけど、隊長とかなのかな。
これ幸いにと、話を聞こうと近づ、
「うげ」
見てみれば、腰には如何にもといった風な、何がしかの銃が下がっていた。
回転式か、自動式か。それは問わないが、どうやらここまで〝知識〟は浸透していたらしい。まあどうでもいいといえば、どうでもいい。
別に、彼女の行き先には関係ないのだし。
「じゃ、聞き込み開始と行きましょーか」
▼△▼△▼△▼
『聞き込み調査』には一定の効果が望めるらしい。
いやまあ、方角の最終的な決め手は彼女の頭髪なんだけども。
「そこに至るまではね、まあね」
私達がこの街に初めて入ってきた時に使ったのは、北側の入口。
人の出入りが多いのは主に北と、西側の門。
そして南の方向には領主の館がある。
フィアが逃げたとすれば、それは北の方角の可能性が高い。
だってあの日、この都市に向かって街道を歩いた私達は、左側から落ちかけの陽射しを受けたのだから。
燃えるような、橙色のそれを。
彼女が『元いた場所』とやらに戻る為に使う道は、その道程を知っていて、且つ最短距離である北門の可能性が高いと思われる。
が、聞き込みによると彼女は東に向かっていたらしい。その情報が逃避の線で考える場合の撹乱である……という可能性は、『他にも男が二人いた』という証言で限りなく低下している。
『聞き込み調査』が効力を残していたのだから、多分麻袋に詰められて〜とかではなく普通に脅されて人数の差で強引に連行していったのだろう。
いやー、私の目と記憶力が良くて助かった。でなければ、石畳の間に落ちてた一本の銀髪を見逃していただろうから。
だから――、
「ねえ。ここで一番大きな組織の場所、教えてくれない?」
四角形の銀貨を差し出しながら、浮浪者にそう問う。
ここを幽霊街、と例えるには少しばかり無機質さに欠けていた。今日を生き残れなかった者たちの死体が、老若と男女を問わず転がっている。つまり有機的だ。
出来れば食べたかったんだけどね、常に人目があるから。
ギラついた人の目がね。
にしても、このスラム街は果たして必要悪であるのだろうか? 別にこの都市がどうなろうと知った事ではないが、行く末を心配する心と、私の知的好奇心は全く持って別の物だ。
利他であるか利己であるかに於いて。
――ばしっ。
と、考え事を殺すように、通貨を差し出した手は払われた。
ちゃりんちゃりんと、音を立てて小銭がアスファルトを転がっていく。
「……余所者に教えてやる事など、何一つとして無いな」
「ん。ああ、そう」
敵意という変な認識の所為で、提案は蹴られた。
であれば。
「君はさあ、『二兎を追う者は一兎をも得ず』って知ってる?」
右の腿に手を伸ばし、ベルトで巻き付けている鞘から、柄を引き上げ手に握る。
短刃を突きつけるは、真向かった喉。
「だからほら、追ってごらんよ。命と金、その二兎をさあ」
先端で軽く喉を押してやると、その分だけ首が引っ込む。
「『一兎も得ず』だなんて、まさか。その結末は単なる実力不足だ、想定不足だ。考慮不足であり知識不足であり、延いては想像力の欠如だ」
引いた分を、押し込む。
「二兎を追い、どちらともを逃してしまったのは――当人の問題だ」
銀貨を手放し、前髪を掴んでまで目を合わせる。
また、ちりん、と石畳に硬貨が落ちる音がして、それが心の表面張力に波打たせる。どちらの心であるか、は知らないが。
「是非とも君が、二兎を逃さぬ事を、二兎を得られる事を、誰よりも願っているよ」
だから――、
「ねえ。一番大きな組織の場所、教えてくれない?」
▼△▼△▼△▼
これ、ありかもしれない。
今の私はジャケットを羽織っている。
いやだってスーツって表現したら上下一式着てるみたいになるじゃん。いつも通りのワイシャツにスーツベスト、その上から諸々含めた念の為に羽織ってるだけだし。
胴体だけを守れればいいと思って、真っ当な〝防具〟としてはスーツベストだけを着けていたけれど、ちょーっとばかし対人戦を繰り返す事になりそうだからね。フォロー出来る箇所が多いと嬉しい。
ちょっと動きづらいけれど。
「事務所みたいな感じなのかなあ。まぁ大っぴらに『本部』みたいな感じではないと思うけど」
あの浮浪者は二匹の兎を拾った。
私は、馬鹿は嫌いではない。まあ別に、好きでもないが。
物分かりの良し悪しは別にどうでもいいが、しっかりと己の利益を拾おうと思える程度の知能があればそれでいい。その方が平均値としての振る舞いに近似し、モデルケースから派生的に考えるだけで済むから。
狂人や変人は面倒であり、頭の切れる者は邪魔だ。
黒の革手袋が、由来を繕わずに赤みを帯びた短剣を躍らせる。
刃物の扱いにはここ二週間で慣れてきたし、出刃包丁と似たような物。人差し指の上に乗った柄頭をくるくる回したり、柄を握って放り投げては刃の腹を親指と人差し指で挟んだり、手遊びをして思考の隙間を埋めた。
さて、本題に立ち返ると。
想定していた通りの災禍が襲いかかった。本質的にはただそれだけの話でしかない。空白の主人を抱えた奴隷、確かにそれを作り出したのは私だが、あの主人は主人であって主人でなかったというだけ。
ああ、面倒だ。組織を相手にするというのは。
ハイド達三人がフィアを誘拐した理由が、個人的な物であればよかった。そうであればハイドの死とはそっくりそのまま『計画』の死に繋がったのだから。
現実はそうではなく……私が幾らこの短剣で部位を切り落とそうとも、四肢ですら『蜥蜴の尻尾』にしかなり得ない。〝頭〟を切り落とそうがすげ替えられ、瞬く間に血が巡り、新たな四肢が生えるだろう。
それらは、試金石になるとはいえ――、
「まあ、銀髪ちゃんが厄ネタなのは、とっくに分かってたけどさあ」
この都市の東地区、その本質は腐敗である。二週間、より正確に言えば十五日。十六夜には届かず、しかし月の周期の半分が巡るには十分な時間。
前半部分はいざ知らず、後半ではそれとなく情報を集めていた。
聞き耳を立て、覗き込み、忍び入ってね。
この都市は国境の近くにあるらしい。
ここは要所であり、故に腐りやすい。
裏を返せば要所であるが故に、大々的には居られない。都市の東のその端。スラム街と定められた〝ここ〟が彼らに許された活動範囲であり、経済範囲であり、生活範囲であり、取引範囲であり、即ち『縄張り』になっている。
「些か、広すぎる〝領地〟だとは思うけどね」
本拠地は、地味であろう。
精神的に後ろ暗く、物理的な暗がりでなければ。
密約など、交わしようが無いでしょう?
短剣を腿に巻いた鞘に収め、目的の地味な建物を見据えながら、そう思考した。
「救出作戦のはじまりはじまりー……なんちゃって」




