23 『なかよくなろうよ』
ここに来てから、合計で二週間が経った。
ちょっとずつだけどお金に余裕が出てきて、最近は真っ当な夕食を摂る機会が増えてきている。別に私としては三食全てが携帯食料でも構わないのだけど、健康の面も加味したらちゃんとご飯は食べた方がいい。
いやまあ、暇さえあれば色々食べているから多分カロリー的には足りていると思うんだけど。
太らないか少々心配ではある。まあなんというか、色々と魔物を食べちゃったからね。
食べた数とスキルの数が釣り合わないというか、妙に少なくなってきたのは気に掛かるけど。
多分、似たような対象ばっか狩って消化しているから、スキルを奪おうとしても重複してしまうんだろうなぁと。
それでも、[任意稼働技能]では《挑発》《威嚇》《岩握》《希薄》。
[常時稼働技能]では《初級槍術・I》《味覚強化・I》《聴覚強化・I》《三半規管強化・I》――、
――とまあ、結構手に入りはした。
加えて、《視覚強化・II》と《体力回復強化・II》がどちらも『III』に変化したのも意外と大きい。
なんだか結構上がりやすいんだなあと思って、比較対象としてフィアの[ステータス]を鑑定してみたら《自然回復強化・I》が『II』に上がってた。
それだけだった。
だからナビに話を聞いたり自分のスキルに対して鑑定を繰り返したら、原因でしかない物を見つけた。
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・《貴き蒼血》 [常時稼働技能]【地位系統】
高貴な生まれの正当性を補佐するスキル。
保持者に恒久的な熟練度の補正。
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・《貴種の品位》 [常時稼働技能]【地位系統】
高貴なる生まれの者に相応しいスキル。
一定以上の才能を持つ者に限り熟練度の補正。
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……まあ、ぶっちゃけ私は家柄だけはいいとは言えなくもない。
だけれど、記憶が正しければ分家も分家だから『高貴な生まれ』と言われたら首を傾げざるを得ない。五歳までならともかく、それ以降はボロボロなアパートで暴力的な父親と二人暮らし。
高貴な生まれはきっと、父親の兄達とかの方だ。それらから生まれたのならば、私もこの《スキル》の存在を受け入れられたと思う。いやまあ、使えるのなら使うけども。
でも、『熟練度の補正』がどの程度の物なのかは分からないんだよね。
《思考加速》を得た時とか考えると、《スキル》として反映されていない『私の中の熟練度』が多く残っている気がする。三歳から五歳までの二年とはいえ、バイオリンを習っていた経験も特に反映されてないし。
《スキル》としてあるべき『経験』が相当数欠けている気がするが、これはラトボニルを殺した所為で『正当な手続き』を踏めなかったからなのだろうか?
不法入国した人に戸籍が与えられないみたいに。
いや、反映されていたからこそ色々と《スキル》を習得出来ているのだろうか?《消化習得》による熟練度の振り分けに、元々持っていた経験に、この世界での活動で得た熟練度。
それらを加味すれば、妥当ではあるのかもしれない。
……まあ、今はいいか。
こうやって考え事ばかりしていると、また彼女が拗ねるから。
という訳で《思考加速》を打ち切る。
というか、このスキルは一体どのような手段で以て私の思考を早めているのだろうか。
分泌されたドーパミンだとかセロトニンだとかが色覚に対して影響を与えて、反応が鈍くなる……とは聞いた事があるけれど。加速が無くなれば、鼻腔を擽るのは肉とトマトが混合した匂い。
今日の夕食はパスタ。
丁度皿が運ばれてきた瞬間ぐらいに考え事を始めた、という訳。《思考加速》の何が問題かって、考えたい事柄について考えたいだけ考えられるから、現状を脳味噌の端に置いてしまう事。
私はボロネーゼ、彼女はカルボナーラ。
〝ここ〟の食文化はかなり進んでいる。進み過ぎていて、込み入りすぎている。味付けだって完璧で、盛り付けだって綺麗で、本当に、現代となんら遜色なくて。
いや、寧ろ――、
「そういえば」
思考とは内界を彷徨う物であり、つまる所は内部的な刺激その物だった。故に完結的であるからして境界への浮上には『興味の喪失』か『外部的な刺激』が必要であり――堅苦しくて衒学的な表現をやめるのなら、
『考え込んでいた私に、フィアが声を掛けた。』
更に要約して単純化して簡略すれば、
『意識が「現実」に向いた。』
「リーナさんって、もしかして左利きなんですか?」
視線を下げると、木製のフォークを持っているのは私の左手。
「……まあ、そうだけど」
確信には至ってない疑問を答えに導くと、青い目を少しばかり瞬かせて彼女はこちらを見詰めてきた。
ああ、やめてくれ。
この流れには飽き飽きとしているんだ。誰かと関わる度にこうなるから。
いつも、物珍しい目を向けられる。
『じゃあなんか書いてみてよ』とか、そんなしょうもない事を頼まれる。興味を向けられても、質問を差し出されても、どう反応してどう答えてどう返せばいいのかは永遠に分からない。
毎日の挨拶を交わすのは礼儀だと理解している。
それを交わすのに苦はないし、それだけの行為が社会的信用に少しでも寄与するのなら受け入れるが、『利き手』についての話はまるで生産性が無い。
意味も無ければ、価値も無いんだよ。そんなお話には。
「ちょっと、手、借りてもいいですか?」
「……いいよ」
ちょっと行儀は宜しくないかもだけど。
テーブル越しに向かい合う身体、その架け橋となるように左腕を差し出すと。彼女は両手で指と指の間とか掌の上、その手相を指でなぞったり、手の甲を撫でたりし出した。
え、手フェチ? ちょっと怖いんだけど。
「リーナさん」
「何?」
「……手、綺麗ですね」
褒められて、そして左手が解放された。
「じゃあ、食べましょうか」
「……ああ、うん」
彼女が食前の祈りを捧げてるのを視界に入れつつ、意識が思考に傾倒した。比重としては視界よりも思考の方が重め。
こう、あれなのかな。男女比と同じように、この世界では右利きと左利きが半分半分で存在している? いやでも、だったらわざわざ『左利き』である事を認めた時に目を瞬かせるとは思えないし。
「……」
パスタおいしー。
やっぱあれだよね、人間が生きていく上では目先の事だけを考えていればいいし、深層に至る思考やら思索とは全く持って、人生を腐らす劇薬でしかない。
馬鹿であれば風邪は引かない。
風邪を引いている事には、気付かない。
だから私は、トマトの酸味と肉の旨味、玉ねぎのコクと赤ワインの深みが織りなす多重婚的なマリアージュに耽溺すべきだ。
「ねえ、銀髪ちゃん」
「……ん、なんです?」
「一口貰ってもいい? 一口あげるから」
片手でパスタをくるくると巻き、少しソースを絡めてからフィアの方へと「ん」と差し出す。
思いの外、素直にぱくついてその小さな口に収まったのを確認してから、フォークを引き抜いた。
「美味しい?」
問い掛けると、こくこくとした頷きが返って来る。
この子も私にとって、未だに頭の痛い原因だとした上で癒しだと思う。やはりいつ見ても見目は悪くないし、パスタを食べているからか喋らないままでなんとか意図を伝えようとしてくる様が、ね。
まるで、小動物みたいだ。
この子を飼うのなら、相応の責任が付き纏うし、最期まで面倒を見なければならない。出来るだけ目を離してはいけないし、しっかりと世話を焼いてあげないと駄目だし、しっかりと接しなければ。
その労力を許容できるか、一緒にいて負担にはならないか。
その定めた二つの基準を下回るのなら殺す。殺して食べて消化して、後顧の憂いと彼女の命脈を、この手で絶つ。自己保存欲求が定めた目的を達成するには、懐柔か殺害かが求められている。
本能が意思であるか、それについて考えるのはまた今度だ。
今は、彼女が差し出しているフォークを、それに巻かれたカルボナーラを、食べてしまおう。
だって、残るは二週間なのだから。
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私はなんというか、常識が無いというか……自分ルールで動いてるよね、と指摘された事がある。
自分の価値観死生観世界観で動いていて、マイルドに言えばマイペース。露悪的に言えば周囲に適応出来ない欠陥品。
だから、こうやって二人で食事を食べている時、食事ペースを合わせられないのは前世から続いている私の罪業だと思うの。
「そんな見詰められると、食べにくいんですけど……」
「……ん。ああ、ごめん」
考えている時、大抵視界から入る情報は気にも止めていない。何かの運動……スポーツ真っ最中の時に哲学的且つ抽象的思考に及べないように、哲学的且つ抽象的思考真っ最中の時に五感情報は整理出来ない。
やろうと思えば出来るけどね。疲れるからやだ。
メンタル弱るし。
必要性があるのなら別だけれど、そうでない時には頑張りたくない。努力は嫌い。やっぱりメンタルが弱るし。
フィアを見ている訳ではないけど、視で言う所の〝界〟には入っていた。
そしてそれは、〝線〟として彼女に捉えられた。
「ねえ、リーナさん」
考えている内に、どうやら食べ終わったらしい。
木で出来た皿と肉叉、打ち鳴るは鈍音。
この食卓に備え付けられた紙で口を拭い、正面の桃色の唇が少しの光を反射する。
そして、彼女は。
「――貴女は、神を信じますか?」
微笑んでいた。
スカーフからはみ出しているΨのようなペンダントの飾り、食前の祈り、《聖女》。
つまり、あれか。
宗教に興味は無いかと問われているのだろうか。
「ああ、いや。こう問うべきでしょうか」
かくりと、傾げられた首。
「貴女にとっての〝人生〟とは、実りのあるモノなのでしょうか?」
……。
「――――」
実り。実り、かあ。
指と指を絡ませ合って、自らの左右で手を結び合った。
丁度いい高さの天板に両肘を突き、そうして作り出した首台に、顎を丁重なほど乱雑に据える。
返すように、かくりと首を傾がせて。
「……逆に聞くけどさあ、『木の枝から千切れた林檎』はどうなると思う?」
〝ここ〟に来てから累計で二週間経っているという事実は、つまり彼女と会ってから二週間が経過しているという事。その期間の内で、フィアと実のあるような会話を交わした回数は極端に少ない。
だから、まあ。
腹は割らず、心など開きはしないが。
対話と、洒落込もうじゃあないか。
「私にとって人生とは、そういう物だよ」
哲学的且つ抽象的思考の最中。
私の目は外界を捉えるが、噛み砕きはしない。
「果実は〝重力〟に抗えない。外力抜きに人は空を飛べないようにね」
瞬きを『瞬き』としての認識を失う。
「さりとて、ニュートンは一方向性にこそ万有引力を見出したらしい。空気抵抗に重力加速度、落下という一つの事象は多数の経験を生み出した。簡単に言えば『経験則』という物は、いつの日か〝法則〟になった」
首を擡げて、両手指を解き、ぱちんと柏手を打つ。
私にとっての『人生』とは、実りのあるモノか否か。
そう聞かれれば、答えは一つだ。
「論ずるべきは、『実りの有無』ではないよ。何せ――〝実り〟とは、作り出す物なのだから」
例えそれが、果肉の伴う物でなかろうと。
そう締め括って、呼吸を再開した。
「……なるほど、そういう考えですか」
「まぁね」
私は無神論者だしね。
虚無主義的で、悲観主義的で、実存主義的で、現代に溢れた情報を食い潰してはこれらの思想を継いでは接いで、ミルフィーユ的に折り重なったそれを体内に留めている。
「君ってさ」
「はい?」
「顔が綺麗だよね」
考えを逸らすように指摘して、その指摘に自分でも驚いてしまう。
だって軽口の一貫だったのに、思考が現実に戻って視界が機能してみれば、本当に綺麗だったから。
なんてね。
本当に。
嫌になるくらいに。
「夕食も食べ終わった事だし、帰ろっか」
席から立ち上がって、軽く伸びをしながらそう言った。
「……口説き文句にしては、雑すぎません?」
妙に軽々しい非難から、目を逸らしながら。




