22 『魔なる法の根本的性質について』
「では、こちらが討伐報酬となります」
四角形で、且つ共通して側面にギザギザが刻まれた銀貨が四枚分。
割れ兎を二匹を倒した金額がそれ。
大体四万円ぐらい?
という事は単純計算で割れ兎一匹につき約二万。これは討伐証明部位である【魔石】を渡して得た価格であり、今はぷかぷかと格納空間に漂っている死体も売れば、更に上乗せされる。
まあ、その分辛かったというか、面倒だったというか。
彼らが共通して持っていたスキルは《立体機動》、《持久力強化・I》《瞬発力強化・I》、そして主武器であると思われる《脚力強化・III》。
なんかもう、あれはスーパーボールか何かなんじゃないかな。
「最近はどうも、治安がよろしくないようで……是非とも、お気をつけください」
森という地形もあって、木から木に飛び移っては時折気紛れのように着地したり蹴りかかってきたり。その上、持久力はあるし捉えようにも動きに隙は無いしで、翻弄されっぱなしだった。
跳躍する順番のパターンが読めた所でようやく殺せたからいいけども。
うん、一匹二万相当というのも分かる気がする。
「では、またのお越しをお待ちしております」
後ろからレニーとやらが笑顔で挨拶を告げるのに対し、振り向かないまま手を振って、割れ兎の肉を売りに行った。
▼△▼△▼△▼
五角形の銅貨六枚。
それが、命というか、死体に付けられた値段だった。
他の冒険者が狩る割れ兎は大抵新鮮でないというか、肉が硬い場合が多いらしい。まあ、長時間の戦闘の末に倒せる……というようなケースが多いんだろう。
それで兎の筋疲労が広がってしまうから、肉が硬い場合が多いと。
けれど、あれだけ動き回っててまだ『新鮮』の範疇に収まるのか。であれば、あの挙動は別に苦ではなかったのか? 小走り程度?
……ちょっと想像したくない。
Cランク指定だという裂け兎とか、一体どれだけの物なんだろうとも考えたくはないね。
真っ黒な外套を羽織りつつ、色々と思考を巡らす。
「まあ、この先よりも、今に目を向けるべきかな」
転生以前に『黒い空間』を長らく彷徨っていた後遺症か、とっくに癖になってしまった独り言を零しながら、窓を開けて夜の中に飛び降りた。
《軽業術・破》があるから大丈夫な筈。
大丈夫でなかったら私は翌朝にここの店の店主とかに見つかって、そしてフィアに回収されて怪我した所を《神聖魔法》で治されるだけだから、私に隙は無い。
「よっ」
と、地面に落ちる。
スカートとタイツに付いた土を適当に払って、直ぐに立ち上がる。塀とか窓の縁とかブロックに空いた穴とかの障害物を駆使して、屋根の上に登った。
そのまま屋根から屋根へと飛び移ったりしたり。
こんなパルクールじみた事をしておいてなんだけど、落ちて怪我したら彼女に頼るしかない。
もし足を滑らせ落ちたとしても、割れ兎から奪った[任意稼働技能]の《立体機動》、あとレベルが『V』もある《平衡感覚強化》が私を軽症に留めてくれる……はず。
「実感、しにくい、よねぇっ」
身体能力の強化ならいざ知らず、そこに属していなかったり範囲が内部的な物はちょっと効果が分かりづらい。まあ鑑定すれば大体答えは書いてあるから、それほど困る訳でもないんだけ、ど。
「ぐべ」
直角が、直角に腹パンされてる。
城壁の上側に当たる部分をなんとか鷲掴んで、ちょっと息の詰まっている身体をシャチホコみたいに逸らして登る。振り返ってみれば、暗いとは言え《凝視》のお陰もあってか良くこの都市の様子が見えるけれど、
「特に興味無し」
ので、城壁の〝内〟ではなく〝外〟に飛び降りる。
んー、このくらいの自由落下程度なら《軽業術・破》でなんとかなるかな。脚力とか反発力を十全に使って勢いよく落ちた場合は、流石に無理かもしれないけど。
というかきっと無理だろう。
「それは、先人が証明してくれてるしね」
五匹のゴブリン討伐時に検証した歩法というか、こう、何?
とりあえず、靴の鉄板を経由し地に埋まるように〝剣〟を生成して。
瞬間的に、夜闇が道に成る。
「……んー」
やっぱこれ、速いよねえ。
強化系スキルありきな感じはするけど、多分無かったとしても上方向に向かってなら、七メートルぐらい飛べるんじゃないかな。それを横方向に調整するのに脚力が必要なんだけど。
魔力消費を考えなければ、もっと生成物の密度を上げてもっと反発力を上げる事も出来ると思う。
けどまあ、空気抵抗とかは無視した上で簡単に考えれば、一歩が普段の倍以上進むのだから小回りは利かないだろうし。
今は制御で手一杯というか足一杯だけれど、もし使い熟せたら強いだろうなあ、とは思う。
「一体いつになるのやら」
はたして私は、そこまで生きていられるのか。
まーた病みそうな思考の起点を意識の外にやりつつ、漸く辿り着いた目的地で座り込む。目的地と言っても決めていた訳ではなく、色々やらかしても城壁の歩哨にバレないくらい遠くであればどこでも良かったんだけど。
じゃあ、まあ。
「実験と洒落込もうか」
銀髪の彼女はスキルとして《神聖魔法》を持っている。実際に多分それを使って初対面時に私の傷を癒していたし、ゴブリンだって殺している……いや、あれはどうなのだろう。
まあともかく、車を運転するのに運転免許証が必要なように、【魔法】を使うにも相応の物が必要らしい。
それが特定の【魔法の属性】と連動した《スキル》なのだと思うが、如何せん使い方が分からない。
《火属性適性》から勝手に変化して《火属性理解》になったスキルは答えをくれないらしい。
だから、自力でどうにかするしか無いんだけど……。
「まあ、まずは」
鑑定だね。
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・《火使い》 [常時稼働技能][職業スキル]
火を自らの物として扱うスキル。
火の属性や魔法に関する成長率、火を関わる際の行動に補正。
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・《火魔法》 [任意稼働技能][魔法スキル]
火属性魔法を扱うスキル。
燃え広がる事に重きを置いている。
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アレクから《魔力制御》と《火使い》、どっちを奪うか悩んだけれど、こと《火魔法》に限っては《火使い》の方が有用である気がした。
《魔力制御》については、まあ、うん。
いつか、いつかね。代わりに《魔力感知》を取ったから。感知できないものを制御した所で、という話。
それにしても、【魔法】とはどうやって使えばいいのだろうか。
《情動戎器》みたいな感覚でやっても発動しないし。
「……びびでばびでぶー」
手を突き出して、そう唱えてみても何も起こらない。【魔法】と言ったら【詠唱】だし、間違ってはないと思うんだけど。
間違ってはないと思うけど、何かが欠乏している。魔力的には問題ない筈、多分。だって今の私には、五十本程度の〝剣〟を作れるだけの魔力があるから。
なんで増えたのかは謎。レベルアップ的概念だと処理しておく。
「んー……」
なら欠けているのは完成図、とか?
いつも《情動戎器》を使用する際は、『何を作るか』を明確に考えてから魔力を形にしている。であれば、《火魔法》も、何を生み出してどうしたいのか思い浮かべれば。
あとついでに、一応それっぽい【詠唱】も付けてみたりだとか。
息を吸って、いつもは意図的に無視している【体躯】の存在に向き合う。まるで私がガラスの容器であり、【体躯】が満ちる水であるというかのような感覚を今ばかりは受け入れ、飲み下す。
ライターで髪を焼かれた、その時の光景と情動を脳裏に投影し、奥底にでも眠っていそうな破壊衝動と手を取り合う。
そして、
掌を、木に向けた。
葉が擦れる音も、夜行性の鳥が鳴く声も、自らの呼吸音すら深層意識に投げ入れて。
息を吸い、吐く。
啓示に近しく、天啓に酷似した言葉をただ述べる。
「【火の種を空に埋め、不明瞭な薪を焚べよ】」
ただ、それだけを。
「――【火球】」
――ぼっ。
と、灯った火の球は、投げ付けてもいないのに勝手に勢いよく吹っ飛んで木の幹に当たる。
そして、着弾点の中央から半径五センチ程度の凹みを残した。
「……出来たね。じゃ、次」
では、今しがた生み出した視覚にて観測可能な熱量は、一体どこから生み出したのだろうか。見回してみても、歩き回ってみても、周辺から熱量が減った様子は無い。
減ったとしたら、それは体内の【体躯】と呼ぶべき感覚のみ。
魔力とは一体何なのか。
『第五元素』だなんて物もあるけれど。天体を回す力であり、変形せず永続的に回転する性質を持っているとされる物質とかかんとか。
天に満ちたそれ。
それに似たものなのだろうか。
私の常識や知識では、その程度の推測しか出来ない、というか。
うーん衒学的独白。
「そんな気はしないんだけども」
魔力は、観念によってその振る舞いが左右される……と、仮定自体は立てる事が出来る。
だから明確な完成図を思い浮かべる以前と以後で、私は【火球】を発動出来たか否かが異なっていた。そうでなければ私の脳に、言葉が刻まれるような事は無い。
あの【詠唱】で、というよりは……あの『方法』が正解なのだと、まるで赤いペンで花丸を付けられたかのような、そんな感じ。
まるで、不都合な事から目を逸らさせる為の、視線誘導のように。
「……例えば、だけど」
――そもそも、魔力とは存在するのだろうか?
そう仮定するのなら、私は機械の入ったコンタクトレンズでもいつの間にか付けられていて、異世界の景色も、そこにいる人々も、全て投影物で作られた虚構を見ているだけなのでは?
その方法などどうでもよく、今は世界の真偽を問うている。
体内的感覚である【体躯】――【魔力】には、実在としての何かが無い。その形状は結ばれず、実情が欠如しており、性質も確かめようが無く、それそのものの振る舞いはこの真赤な目には映らない。
観測さえ出来れば干渉出来る。
干渉出来るなら制御もできる。
そんな、どこかで聞いた言葉を思い出す。故にこそ、観測不可な【魔力】の実在を疑っている。私達は、【魔力】の本来的な意味合いでの〝魔力〟に、騙されているだけなのではないだろうか?
まるで集団の幻覚と意識によって構成された共同体のように、本質とは概念的な偶像である神のように、内実が伴わない物なのでは。
【魔力】とは、謂わば、欺瞞と虚偽に満ちた存在ではないのか――、
「……あー、やめやめ」
『騙されている』という事を前提にした、肥大化した被害者意識が高じた末の思考を打ち切った。
形が無く、感覚的に知り得ない形而の上を覗こうとしても、意味が無い。結局の所、私達が掌の上で転がせ得るのは具体的な事ばかりで、抽象的な事には物事の易化を必要とする。
切り分けてしまった時点で、最早〝ホールケーキ〟は『一切れのケーキ』でしかない。
〝ホールケーキ〟を〝ホールケーキ〟のまま呑み下す術を持たぬ人類は、その一部を厚顔無恥にも解釈し定義するしかない。
一羽のカラスを見て、全てのカラスは黒色であると断言するかのように。
知ったかぶりを繰り返して、知性及び知識とやらは積み上がってきた。
塵も積もれば山となるが、その本質とは単なる〝塵芥〟に過ぎない。私達は逆光が露わにした、単純化された輪郭のみしか見えてはいないのだから。
つまる所は、やはり。
「〝抽象〟を前にした人間なんて、ショットガンも無しにゾンビと対面しているようなもの」
大体、そんな感じで、そういう話。
木から立ち昇ってくる焦げ臭い匂いを感じながら、強引に締め括った。




