21 『SUCK IT UP』
「君達はどこから来たんだ?」
うるさい。
「僕はアルゼンタムから来たけど、あそこは退屈でさ」
うざい。
「だからここに来れば、いい刺激が得られるんじゃないかって」
聞いてない。
「……もしかして、ここが出身だったりする?」
黙っててほしい。
赤髪にストレスを溜めながら、森の中を歩いて二時間。
森の中を歩く辛さは転生直後から十五メートルの円内を見つけるまでの間で、それはもう実感として知っているのだけれど。その時よりもスキルの数が増えたからか、あんまり疲れないし、当然辛くもない。
彼女はどうかなと様子を窺うと、少し息を弾ませながらも私の渡した直剣をしっかりと握っている。
その直剣は《情動戎器》で作った物。だから本来であれば全体が真っ黒で、日に透かすと赤く染まるような色合いになるんだけど。
今の服装――ワイシャツとかスーツベストとかネクタイの色を白とか黒とか赤に指定出来たのだから、それとなく取り繕えると思ってやってみたら、至って普通の剣が作れた。
黒くもなく、陽に透かそうが紅く色を変える事も無い、銀の剣を。
だったら武器屋とかにも売れるのかなーと思ったけれど、《情動戎器》での生成物は売買自体が出来ないのだから無理だろう。『ブラック・ジャック』の重りとしての宝石だって無理だったし。
恐らくは、仮に〝剣〟として売っても難しいと思う。
悲しいね。
赤い髪の彼から発せられる煩わしい声を無視しながら、数十分程度はそんな事を考えていた。
「――――」
さて。ここで一つ考え事。
【魔法】とは、《スキル》と何が違うのだろうか。
どちらでも、前世基準では『不可思議な現象』を起こせる。
どちらでも、『現象の発火』には【魔力】を用いる。
スキルに限って言えば、[常時稼働技能]は取得した直後以外は特に魔力消費とやらが感じられないほど微量であり、[任意稼働技能]は取得した直後も特に音沙汰は無く、稼働させようとした瞬間に魔力を奪われる。
そして、どちらのスキルも習得にはほんの少しの魔力を必要とする。
ゴブリン、ハイド達三人、《思考加速》、《運搬》、五匹のゴブリン。それらの習得機会を経て、漸くそれを確信した。
だとしても、習得の際に超過する『閾値』が、どのような何の反応を示しているのかは分からないんだけど。
私は転生直後に比べて、《スキル》に対する知識を身に着けている。
それは、私が《スキル》を持っているからであり、この身で《スキル》を使用してきたからだ。であれば――、
「……」
――【魔法】について知りたいのなら、【魔法】を身に着けるしかないのではないだろうか。
太ももに巻いた鞘、そこに収まる短剣の柄に触れながら考えた。
「……」
だから、ね。
仕方ない、よね。
「――少し、止まってもらっても?」
革手袋越しの感触とは、斯くも鈍い物なのか。
「……どうしました? リーナさん」
声にいち早くフィアが反応して、立ち止まる。そこから数拍程度遅れて、赤髪の……えー、なんだっけ。アレ、アレス……アレシア、ではないか。あれ、こいつの名前なんだっけ……?
まあいいか、とりあえず止まってくれたから、そのまま耳輪に手を添えて集音能力を上げるようなフリをする。
「何かあったか? 問題無いと思うけど」
「少し、何かが耳に引っ掛かった気がして」
「そうか?」
だるい会話を早めに終わらせて、数歩ぐらい横に動きながら目を瞑る。耳をそばだてる必要はどこにも無いけれど、今現状はそうした方が私にとって都合が良い。だからそうするだけ。
フィアの真似とも言う。
ああ、やはり。
《空間把握》の効果が感じられない。
だけれど私には、元から理解出来る。
だから、まるで音に導かれているように草を踏み分けていく。
《触覚強化・I》だろうか。一歩一歩が酷く鋭利に感じられる。
なんと言えばいいのか。
第六感や第三の目を植え付けられたような、だけれどそんな物を他の五感と同等に扱えている気もした。それはまるで、自分という存在が日ごとに拡張されているにも似た感覚。
乗りこなす感触とは、気分が良いもので。
全能感には届き得ず、けれど高揚と呼ぶには粗暴でいて。
きっと、この感覚を求めているのは――、
「――食欲、かな」
呟き、アレクの背後から。
首に、剣を宛てがった。
「……ぁ?」
足を引っ掛け転ばせて、彼の両腕に私の両腕を巻き付け。
両足を絡め取り、私が下で彼が上。
だけれど、動けはしない事態を作り出す。
真っ向からの戦闘でも勝てる。勝てるが――、
「利益とは、幾らあっても困らない。そうは思わない?」
「何、を……!」
私は君に興味が無い。
私の意識はそこではない。
自らの首を、地面にごろりと転がすように巡らせて、一連を呆然と見守っていた彼女と目を合わす。
私の渡した直剣を握る彼女の蒼い目に、紅い目を合わせて、勝手に動く表情筋のまま目を細めて。
「ねえ、殺して?」
そう、嘯いた。
▼△▼△▼△▼
「私だって、体力に限界はある。加えてここまで数時間程度も歩いていれば、残りの体力なんてたかが知れると思わない?」
やはり、革手袋は付けていて良かったかもしれない。素手よりも増えた摩擦が固定力に寄与している。ずーっと暴れようと藻掻いている彼も、私の拘束からは逃れられないらしい。
だがしかし。
私にはここから彼を殺すなど、とてもとても難しい事だ。
ああ、誰か。
誰か、私を助けてはくれないだろうか?
「ねえ、銀髪ちゃん。このまま時間が経てば、きっと私は体力が尽きて伸びた所を、彼に殺されてしまうだろうね。そうでなくても……きっと公的機関に差し出されて、罰を受けてしまう」
フィアがコレを殺せなくとも、私はコレを殺せる。
そもそも、こうして拘束する必要も無く首と胴体に永遠の別れを与えられる。であれば、何故わざわざこんな面倒な手段を用いるのか。
それは本当に、酷く単純で、とても明快な話。
ただ、彼女の適性を確かめたいだけ。
ただ、初めて目を合わせた時に抱いた仄暗い印象を、白日の元で定かにしたいだけ。
殺す理由はある。殺す手段もある。ならば、試金石にして、俗に言う一石二鳥を狙おうではないか。
利益の最大化を狙うのは、何も不合理な事ではないのだから。
「殺人はね、そう悪い事ではないよ。神様だって、殺人鬼に『二回目』を……ああ、いや、〝救い〟を与えるのだから。それに、人は〝生〟を謳歌する以上は何れ必ず死に至る。宇宙単位で物事を考えてご覧よ。人の命など、その長短に拘らず粗末な物なんだからさ」
私の吐く言葉が、どれもこれも『軽い』のは自覚の内にある。それに対処したいのなら、ただただ思考を加工せずに単純なまま吐き出してしまえばいい。ただ、それだけの話だ。
「ねえ、君は蟻の生命に敬意を払った事はある? 尊重した事はある? 無いよね。私も無い。それとおんなじ。こいつの生命に敬意も、尊重も、何も要らない。砂漠を構成する砂粒の一つだって、誰からも注目される事無く風に流され、どこかへと消えてしまうんだから」
息を吸った。
「だから、ねえ、」
微笑む。
「……早く、殺して?」
ざっ、ざっ、と靴が雑草を掻き分ける音。
見上げてみれば、やはり目と目が合う。それは私の視力が優れているお陰だろうか、それともフィアが真摯であるだけなのか。
よく分からないが、受ける印象とはやはり、あの時と同じ物。
「――――」
瞳に何かを湛えたままに、彼女は左右合わせた逆手で直剣を持つ。それにはまるで、断頭台の落とし刃にも似た不穏と不吉さが籠もった、暗澹たる鈍色が不謹慎に輝いている。
「……」
引き結ばれたとか、そういう訳でもない、酷く虚ろな無表情。
私が厭悪すべきそれ。
私を惹き付けるそれ。
「――――」
衝撃。
そして。
人が、死んだ。
「……」
即席の墓標が、彼の胸に刺さっている。
生き物としては存在出来なくなった物を――死体を、脇に退けた。
立ち上がってみれば、正面に見えるのはどこか呆然としている銀髪の彼女。頬と服には飛び散った血が貼り付いて、少しずつ滴として落ちていっている。
俯いていて、その顔は見えない。
だから。
死体に触れた所為で付いた血を拭う事もせずに。ゆっくりと歩み寄ってから、彼女の血だらけの頬に、血だらけの手を添える。
「ねえ」
声を掛ければ、上がる顔。
逢うのはやはり、蒼の眼。
深海よりも尚深く、暗く、淀んだ、救いようのない場所。深海魚すらも水圧に耐え切れなくて圧し潰れるような、深い深い海の底。最も身近な宇宙であり、最も底知れない宇宙と呼ぶに相応しい冥海。
恐怖と不安と後悔に満ちた、海水という虚ろに満たされた誇大な洞穴。
それが何よりも、尊く美しい。
この感情をどう言葉にするべきか本能が迷っているけれど、当初の目的は『適性』を調べる為だからと、理性が言葉を紡いだ。
「ありがと。私の為に、人を殺してくれて」
負っているのであれば、傷口を抉るように。
戸惑っているのならば、導いてやるように。
感じていないのならば、行いを労うように。
「……わた、しは」
「うん」
「でも……だっ、て……」
彼女はぐちゃり、と前髪を握って、今更ながらの浅く荒い呼吸で必死に酸素を得ようとしている。
少なくとも、正気は失っていた。
「……わ、わたし、は」
「うん」
「あ、なたを、まも、まもらなきゃ……って」
「そっか」
「だって……だって、し、しんじゃうかも……て、おもっ、たか、ら」
勝手はよく分からないけど、とりあえず頭を撫でてあげる。
なんか混乱してるっぽいし。
泣きそうになってるし。
「君が教えてくれたよね。この近くには、川があるって」
一歩離れると、それを追おうと服の裾を掴んできた白魚の指先。
それを感慨も無く、無情に振り払う。
「水、浴びた方がいいよ。血塗れなのは嫌でしょう?」
首を傾げてそう言うと、一回で十分なのに何度も頷いてから彼女が走り去っていく。
その、血で汚れた銀髪を揺らしながら。
「……なるほど、ね」
そういう反応か。
「まだ、判別付かないなあ」
まあ、フィアもいない事だし。
とりあえず食べるか。
死体を。
▼△▼△▼△▼
『《火魔法》を取得しました』
『《木登り》を取得しました』
『《魔力感知》を取得しました』
『《跳躍術・序》を取得しました』
『《火使い》を取得しました』
『各種スキルに対し、熟練度の振り分けを行いました』
『《体力回復強化・I》が《体力回復強化・II》に変化しました』
『特殊条件を達成。《火属性適性》が《火属性理解》に変化しました』
▼△▼△▼△▼
「……アレクさんの死体、どうしたんですか」
「燃やして埋めた」
彼女が息を切らせてまで帰ってきて早々、嘘を吐いた。
だって、本当の事言えないし……。
「どこに」
「君が立っている所」
無言で後退るのやめてよ。
ちょっと可哀想じゃん。
「嘘だって。ちゃんと然るべき処理はしたからさ」
そう答えると胡乱げな目を向けられたから、深く息を吸って、森の物ではなく血の匂いを感じ取る。嫌悪由来の軽い吐き気を催しながら『処理方法』について色々と考えを巡らせていく。
東京湾に沈めたり、薬品でどろどろに溶かしたり、細切れにして山に埋めたり……思ったよりレパートリー少ないかも。
もっとこう、肉とか魚とか卵とかみたいにさあ、積極的に種類増やそうとは思わない訳? それらがあれば一体どんなレパートリー豊富な料理が作れるか。
死体は食材を見習ってほしいね。
思えないか。だって死んでるし。
彼女が殺したんだし。
「まあ、その、裏ルートを使ってぺいっ、って」
「ぺいっ、とは?」
「簡潔に言えば捨てた。難解に言うのなら今頃馬車の中」
多分本当に裏ルートを使ったのなら、行き先は東京湾とかだろう。
それで捨てたとしても、更に重しを付けたとしても、多分腐った死体はクジラの亡骸みたいに水面に浮かんじゃうんだろうけど。
まあ、そんな事はどうでもいい。全ては嘘で、全ては私の腹の中なのだから。
だからまず、私達がすべき事は――、
「じゃ、割れ兎、倒しに行こっか」
依頼の達成だ。




