20 『妄想的想像上の空想の実在』
「リーナさん、どれを受けます?」
【カード】についての説明を受けた翌日。
採取も雑用も、今までの依頼で得られた銀貨は四角形の物が一枚だけ。
だけど昨日はいつもとは違って討伐報酬としていつもの四角形に加えて、三角形の銀貨も貰えた。今日に至るまでの食事の過半数は携帯食料で済ませていたから、流石に昨日は宿屋でしっかりとした夕飯を食べてみた。
宿屋で出される食事自体はたまに、朝に食べていたから味の程は知っていたけれど……疲れていた事も相まってか朝食よりも美味しかった気がする。
で、残ったお金は貯金した、というかされた。
まあ、全面的に金銭の管理は全てフィアに任せているし、特に問題は無い。私は正直、見通しを立てるのが苦手というか、必要性さえその支払いに価値を見出してしまえば、後の生活さえ担保にしてしまうから……うん。
是非ともお願いしたい。面倒な事とは無縁でいたいしね。
「……」
にしても、本当にどれを受けようか。仮登録の時点では受けられなかった戦闘系の依頼は、本登録の現状では受けられるようになっていて選択肢自体は増えているんだけど。
早朝というか、ギルドが開いてから早々に入った所為か、依頼が多過ぎる。しかも他の冒険者達によって刻一刻と掲示板から依頼の書かれた紙は減っていくし。
まあ、私達はGランクだから、上下差一ランクまでしか受けられないギルドの規則に則るならば、FとGランク指定の依頼しか受けられないんだけど。普通に読める形でアルファベッドが使われているのは無視。
気にしてたらキリが無いし。
会議とかで使われるようなホワイトボードくらいの大きさをした二枚の掲示板には、取っ手の付いた画鋲のような物によって、乱雑というか猥雑に依頼書が貼り付けられている。
ジャンブル陳列、だったか。
敢えてバラバラに陳列する事で、作業に掛かるコストを減らし、見た目のインパクトで注目を引く効果があるとかなんとか。代わりに、その商品の価値が低く見積られるようになったりなどの副次効果があるらしい。
で、あれば。
多分高ランク、Aからどこまでかは知らないが、そういう依頼はここには貼っていないのだろう。多分だけど受付嬢が管理してるんじゃないかな。特別感の演出は大事だしね。
それで冒険者の向上心を煽れるのなら、安いものか。考えていく限り、受付員の負担が増えていくばかりだけれど。
その分高給取りだったり、世間的な地位が高いのだろう。
多分ね。
「ちょっと、リーナさん?」
「……ん、何? どうかした?」
「また、考え事してましたね」
「人間の思考は止められないんだよ、銀髪ちゃん」
聞いた話では、人は一日に最大三万五千回も『選択』を行っているらしいからね。そんなのをどう止めろと。いやまあ、普通に話を聞こうと思ったら聞けるけど。
んー、まあ。
私が真っ当な人間ならば親も神も人も殺せてないからね。現状の私は少し欠けている。しかもそれを埋める努力すらしようとしない。つまりはただのダメ人間という事になる。
駄目で元々、というのは少し違うか。なんにせよ私の思考は、そう簡単に止められる物ではない。
「……まあ、いいですけど」
いいんだ。じゃあ遠慮なく――、
「せめて今日受ける依頼を決めたら、ですからね」
……と、指まで指されて、膨らませた頬で言われても。
やはり、そもそもの依頼の数が多過ぎて困る。絞り込むのすら難しい。なんなら《思考加速》を使ってでも物事を解決に導くか。
そう考えながら、とりあえず目に付く依頼を目で巡らせていると――、
「――ん、何あれ?」
ほんの少し、古びたそれ。
それは端が色褪せ、草臥れていた。
冒険者という雑多を掻き分けて、フィアの引き止める声も無視して覗いてみると、それには禍々しくも精巧な絵が描いてあった。
「――――」
見受けられるのは、獅子の頭、山羊の胴、蛇の尻尾。
そしてその討伐報酬は、盤金貨とやらが五枚分。
「いいじゃん、これ受けようよ」
追いついてきた彼女にそう言うと、ぺちんと肩をはたかれる。
「馬鹿なんですか?」
「うん」
周囲には聞こえないような抑えた囁き声で怒鳴ってきている。すごい、怒鳴り方のお手本として私の父親に見せてあげたい。多分それなら近所迷惑とかにもならなかったんじゃないだろうか。
「いいですか、リーナさん。キマイラは最低でもDランク指定の魔物です」
「うん」
「私達はGランクになったばかりの、いわば一兵卒でしかない訳です」
「うん」
ABCDEFG、つまり私達よりも三段階は上の魔物という事か。でもGランクの魔物だと思われるゴブリンとかそんな強くないし、そう思える私達は実力的にFランクぐらいだとは思うから、二つ上ぐらいはあるんじゃないだろうか。
各ランクの指標を知らないから適当な事しか言えないけど。
「話聞いてます?」
「うん」
「本当ですか? Dランクなら街一つ、Cランクなら都市一つ、Bランクに至っては国一つすら壊滅してしまえるような怪物なんですよ?」
そんなに強いんだ。
でもなあ、他の依頼書を見るに、Dランクの冒険者は余る程いると思うんだよねえ。だのにこの依頼書は端が色褪せ、草臥れている程に剥がされてはいない……裏を返せば、勿論この対象は倒されていないという事になる。
しかし、ここにいる冒険者から精鋭で五人くらい出せば倒せそうな気もするが。いや、私の脳内での『キマイラ』が余りにも弱すぎるだけなのかも知れないけど。
「……」
――最低でも、Dランク以上。
依頼書にはそんな事は書いていないのに、何故彼女はそれを知っているのだろうか。前に目撃した事がある? それとも『キマイラ』という存在が有名なだけか?
そう断言出来る根拠が何処かにある。そして仮にだけれど、『キマイラ』が一撃離脱戦法を取っていると仮定した場合、そしてこの盤金貨五枚という討伐報酬が相場でないとした場合――、
この依頼は、割に合っていない。
のだと思う。そう思える。
今まで討伐されていない理由も、それで説明が付く。
その上、この都市には壁がある。少なくとも高さ十メートル程度の。加えて、彼女は『Dランクなら街一つ、Cランクなら都市一つ』と言った。その指標は冒険者になったばかりの彼女でも知っている物。
つまり、常識という訳だ。それが知れ渡っているからこそ、この街にいる人間は『キマイラ』に怯えておらず、例え僅かな正義心を持った冒険者も、『壁』と〝常識〟によって討伐には至らない。
ランクが想定通りに低いのであれば放置、高い場合でも無理に刺激する必要は無い。
だって、今までに一度でも襲撃してきていたのなら、とっくにこの依頼書は剥がされる事態になっている筈でしょう?
幾ら『壁』と〝常識〟があるとはいえ、実情とは恐ろしく、経験と知識には多少の乖離があるのだから。
とはいえ。
「分かった。やめとくよ」
別に、初めからこの依頼を受けようとは全く持って思っていないし。
謂わば、『カニンガムの法則』の応用だよね。インターネット上で正しい答えを得る最良の方法は、質問することではなく、間違った答えを書くことである、というやつ。
ここはインターネットでもないし、私は間違った答えを書いた訳でもないが。
それでも、フィアからすれば『私の認識』とは、誤ったもの。或いは驕り高ぶっているか、或いは無知のままに物事を進めようとした、と。そういう風に映ったんだろうね。
何せ、そういう風に見せたのだから。
彼女から今以上の疑念を持たれる事なく、情報を引き出す術とはこのくらいしかないのだから。
『熟練度の閾値超過を検出。《演技術・序》を習得しました』
そう褒められると、ちょっと照れくさいなあ。
「じゃあさあ。依頼、一緒に選ばない? ちょっと数が多過ぎるし」
「そう、ですね。そうしましょうか」
そう決めて、依頼の波打ち際にのめり込んだ。
▼△▼△▼△▼
「君達、僕と一緒に組まない?」
依頼は選べた。彼女と一緒に探して、相談して、少し時間は掛かったが納得の行く物を見つけた、のだけれど。
「大丈夫、僕が前を張るから。君達は後衛としていてくれればそれでいい」
誰だこいつ。
肘を彼女の脇腹に当てて、知り合いかどうかを言外に尋ねる。青色をした横目がこちらに向いて、二回瞬きを返された上、逆に肘で脇腹を突っつかれた。から、こちらも横目で二度の瞬きを返す。
どうやらフィアの知り合いでもないらしい。
燃えるように赤い髪。逞しい気がする図体。帯に吊り下がった剣。
うーん、関わりたくない。
とりあえずは、鑑定してみよう。
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[名前]:〔アレク〕
[種族]:人間
[年齢]:18
[状態]:正常
[任意稼働技能]
《火魔法》
《魔力制御》
《木登り》《意地》《火断ち》
[常時稼働技能]
《初級剣術・II》
《反射神経強化・I》《巧緻性強化・I》《持久力強化・I》《瞬発力強化・I》
《魔力感知》《熱源感知》
《魔力遮断》《熱源遮断》
《魔法耐性》《魔力耐性》《物理耐性》《熱耐性》
《温度知識》
《軽鎧術・序》《跳躍術・序》
《火使い》
[称号]
〈火使い〉
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……なんかスキルの数、少なくない?
いや、今まで無差別的に掛けていた鑑定結果から考えると、私達が多過ぎるだけなんだけど。
「僕は君達より強いから、無理なんてする必要ないよ」
まあ、スキルの数がイコールで強さに繋がる訳ではない。現に、ハイド達以上にスキルを持っていたフィアだって、奴隷となって誘拐されていたのだから。そういう前例はある、あるけれど。
何故だろう。妙に弱く見える。スキル数の偏見を除いたとしても。
……《観察》、かな。
私が持っている筈の、そのスキルの効果を感じた事はあまり無いし、《スキル》というよりかは前世から持っていた技能が可視化されただけ、のような気もするが、ともかくそれが原因だろう。
立ち振舞い、視線、重心の起き方。
その全てが隙だらけだ。
多分、『生成』のラグを加味しても、
「……」
――殺そうと思えば、直ぐに殺せる。
まあ、刃傷沙汰を起こしてつい昨日得たばかりの【カード】も、本登録の冒険者としての認定も、それらを剥奪されるような真似を積極的に行うほど私は阿呆でも無いし、馬鹿でもない。
と、いう訳で。
「うん、いいよ。組もうか」
横から向けられる青い目の非難を無視して、私は首を傾げて微笑んだ。
いい方向に転がってくれるといいんだけど。
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私達が受けたのは〔割れ兎〕五体の討伐依頼。
そもそも割れ兎とは何か、という事すら分からなかったのだけれど、そこは受付嬢のレニーが教えてくれたからセーフ。
どうやら、割れ兎とはFランク指定の、【変質型】の魔物であるらしい。【変質型】とは何か気になったけれど、それは一般常識であるっぽいからフィアならともかくレニーには聞けなかった。
割れ兎の見た目は、白い体毛の兎と遜色ないのだとか。
だが、戦闘態勢を取ると忽ちその肉体は『割れ』、過度に肥大化した身体が負った負担は血として発露し、その雪のように白い身を穢すらしい。
数回ならばいざ知らず、何百何千と己の肉体を破壊し生き残った個体は、白かった筈の体毛は赤黒く染め上がり、断裂と再生を繰り返した筋肉はより精強となる故に、真紅の兎には気を付けろ……とかなんとか。
なんかこう、悪鬼羅刹の類?
ちなみに、その真っ赤になった個体は〔裂け兎〕と呼ぶらしい。
しかもCランク。怖いね。少なくともこの都市は壊せるじゃんね。
まあ、今回倒すのは『白色』。
Fランク指定とやらとは初めて戦うけど……。
ん、やりようはあるでしょう。




