15 『契約』
フィアと二人隣り合って、街の中をとぼとぼと歩いている。
いや、とぼとぼと歩いているのは私だけだ。彼女はその青い瞳をきらきらと輝かせ、楽しみでたまらないというように落ち着き無く周囲に視線を向けている。その熱意は称賛に値するのだろう。
お金ならあるのに。
幾らでも作れるのに。
「ねえ、ちょっと寄りたい所があるんだけど」
街中の道で立ち止まって、笑みを崩さぬように口を開いた。
「どこです?」
「あそこ」
指を向けると同時に回答し、横目で何かの屋台の様子を確認する。
「……」
指の先を見て取った彼女は、それはもう難しそうな顔をしていて、まあ残り残金から考えるにそういう表情をするのも分かる。分かるが、私がそれに配慮してあげる必要性などどこにも存在しない。
ので。
少し小走りで、屋台目掛けて駆け出した。
「あ、ちょっと!」
大きい声も出せるんだ、と思いつつ香ばしい匂いのする場所へと辿り着き、店主だと思われる人に『二本』を要求する。
屋台で何を売っているか、と言えば肉の串。焼き鳥、というには少しボリュームのあるそれ。
早速支払おうと昨日作った〝ブラック・ジャック〟の中を漁って、通貨を取り出――、
「――――」
あれ。
「……嬢ちゃん?」
――無い。
いや違う。
『無い』のではなく、消えた。
今この瞬間、私の手の中から。
袋の中から幾つか纏めて出そうとしても、それらは砂上の楼閣と同じくして形状を維持できない。
『何が起こった』かは後に回しにして、とりあえず〝口〟から適当に銅貨を一枚吐き出し、それを怪訝な顔をしている男性に差し出した。
自分が買った商品を受け取って、一口齧りながら息を落ち着かせる。
後から追いついてきた彼女にもう一本を渡して、それで。
そこで、人生設計は崩れた。
▼△▼△▼△▼
あの後、なんとかフィアを説得して質屋に行って、宝石類を重しとして使った〝ブラック・ジャック〟を金に換えようとしたが。それも換金しようとした瞬間に、まるで邯鄲の夢みたいに一瞬で手の内から掻き消えた。
ちょっと絶望し過ぎて自害しかけたが、彼女が傍にいる事もあってなんとか行動に移すのはやめた。
どうして消えてしまったのだろうか。これじゃ私はバスタブに金貨を貯めて、金持ちのフリをするぐらいしか出来ない。それかあれだ、コインで高いタワーになるまで積み続けるとか。
「……」
まあなんというか、なんとなく《情動戎器》の特性が関係しているんだろうなあ、とは思う。
このスキルによって生成された物体は、例外無く〝武器〟という概念に従った上で生成されている。この靴も下着も、『格納空間』に収まっている直剣も短剣も〝ブラック・ジャック〟達も全て。
であれば、それを〝武器〟以外の用途で使用しようとしたら?
その物体は〝武器〟という定義の範疇から逸脱し、越権行為となる。それにより最早〝武器〟としての定義を外れた物体は消滅、或いは魔力として霧散し、結果あの悲劇が起きた……という解釈が出来なくもない。
〝武器〟として運用する事を前提に作られたから、それ以外の用途にて用いるのは契約違反に当たるのだろう。厳密には〝使用〟というよりかは〝消費〟なのだろうが。
涙が出そうだ。いや泣きたくても中々泣けない身体なんだけども。
ともかく、私が億万長者になるには〝ブラック・ジャック〟をその概念の内から逸脱しないようにした上で、『通貨』として機能させなければならない。針に糸を通すぐらい慎重な資金洗浄を行わなければならない……のだけれど。
今のこの現状で、私がそれを可能と出来るほどの組織力などは全く無いし、そもそも〝武器〟という定義から外れた瞬間に霧散してしまうぐらい不安定な『通貨』なのだから、私の認識頼りという非常に不安定な事になる。
この道は無理だ、諦めよう。
やっぱりコツコツと稼ぐしかないんだね。
「もう寄り道は済みましたか?」
こちらを見上げ、尋ねてくる鈴の音。
「うん。もう大丈夫、気は済んだから」
だからまあ、行くしかないのだろう。
冒険者ギルドとやらに。
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で、扉を開けた後のこと。
ギルド内にいる人はまるで私達に興味を示していないというか、いや興味自体は向けられているんだけど大した物ではない、というか。色々と周囲を観察しながら、人間という人間に鑑定を掛けながら目を巡らす。
内装はなんというか、酒場とビルの受付カウンターを強引にくっつけたみたいな印象を受ける。
室内だから多少は暗いかなーと思っていたのに、姿形が蛍光灯そっくりの物が部屋を照らしていて正気度が削れていく。
前を歩くフィアはそれらを当然の物として扱い、長い銀髪を揺らしていた。
というかほんとに長い。私も一時期彼女と同程度には伸ばしてたけど、腰くらいまであると色んな物に引っ掛かったり、そもそも洗ったり櫛で梳いたりするのも面倒だったなぁ。
私に自己管理能力は無い――いや、あるにはあるけど自己管理する気が無い。
であれば、昨日の今日でぼさぼさだった髪を綺麗に見える程度に整えているフィアは、やはり真っ当な人間なのだろう。
そう考えている内に、並んでいた列が捌けていく。
眼前に映るのは身綺麗な女。真っ白なワイシャツの上に少し明るめな黒のスーツベストを着て、首元を薄緑色の飾りが付いたポーラータイで締めている。
なんかすっごく、事務員って感じ。
そんな服を着ている蜂蜜の髪色をした人物は、ちらりとこちらを上から下まで見てきた。
「発注ですか? 登録ですか?」
……うーん。
「……」
なるほどね。
であれば、初めから受付テーブルを別に設置して、従業員一人一人毎の作業量を大まかなカテゴリで分けて、全体的な効率化を図るべきだとも思ったが――あれか、人件費か。
いや、そもそもここで受付をしているような人は前提として高い能力を持っており、そうでない人は裏方で書類整理等の単純作業に励んでいるのだとしたら、適材適所と言える。
複雑な処理能力を要求される場所に、対応可能な人物を配置する、というのは。
彼女の中での一瞬の判断は経験と思慮の賜物なのだろう。
ある意味偏見で判断しているとも言えるが、実際の所、間違ってはいない。冒険者とそれ以外を見極める、という作業の難度は私には分からないが。
という訳で、《思考加速》をここで切る。
その上でフィアと受付員が交わす会話を無視して、『登録料』として四角形の銀貨が二枚支払われるのを視界の端で確認しつつ、この世界に於ける『冒険者』という存在について考えよう。
この建物内に居る人物は大抵武装している。ここに入るまでには町中を通る筈で、つまり往来で帯剣していても罰せられないという事になるのだろう。では『冒険者』とは猟師のような存在であるのか――、
「はい。ではこちらが仮免許となります」
「ありがとうございます」
と、ご丁寧に言葉と会釈をした銀髪の彼女が、名刺のような紙切れを渡してくる。
「なにこれ」
「……話、聞いてなかったんですか?」
「うん。苦手なんだよね、そういうの」
呆れというか困ったような顔をされて、少し早足の彼女に受付テーブルの前から引き離された。壁際まで連れ込まれた上に、肩に手を置かれて顔同士を間近にされる。
おー、まつ毛なが。
肌もすべすべだし。化粧水とか付けてるのかな。
かわいいね。
「あのですね、リーナさん」
「うん」
「私達にはお金がありません」
「うん」
無いね。だって作っても消えちゃうんだもん。
「ですので、せめて宿代程度を賄える程度には日銭を稼がなければならない訳です」
「うん」
「だから全財産の五分の二を払ってでも、『冒険者』という、私達みたいに身元が不明でも就ける職業に就いた訳です。ここまでは分かりますか?」
「うん」
という事は、少なくとも彼女は身元を明かしたくないのか。いやまあ、私も私で身元を明かしたくないというか、明かせるような身元が無い人間だから、そこに対する配慮――は、流石に考えすぎかな。
「分かったけどさ……でも、そういうのは事前に共有すべきじゃない?」
今まで『うん』とだけ頷き返して話を聞いていて、思った事を素直に述べると、青い目が見開かれる。やっぱりあれだよね、前にも思ったけれど、碧眼って虹彩の真ん中にある真っ黒な瞳孔が目立つよね。
日本人に多い黒目とは違って、目の構造が明快で特徴的だなあと思う。
「……私、朝食の時に説明しましたし、相談もしましたよね?」
「……あー」
そうだっけ? 全く覚えてない。
だって今日の朝はすっごい病んでた所為で、ちょっと現実感が無かったというか、思考が空回りしてたというか、いやこれらは全て言い訳に過ぎないのだけど。
「ごめんね。私、朝に弱くて」
申し訳なさそうな顔を作る。少し抑えめにした声色で、少し曲げた眉と、微かに逸らしつつも目を合わせる。ついでに、朝食時に彼女が私に抱いたであろう印象も言葉に含ませ利用していく。
「別に怒ってるとか、そういうのではないのですけど……」
「でも、ごめん。次からはちゃんと話聞くようにするから」
許してもらえたでしょう、多分。ギルド内は衆人環境でもあるから、人目を気にせず怒ったり泣き叫んだりは流石にしない……筈。今、彼女が取った態度の程度からしても。
いやそうであってくれ。
フィアがどのような人物か分からぬ以上、注意を払って損は無い。
「じゃあ今から、私が考えている流れを説明しますね」
うん、大丈夫みたい。
ならいいや。
「何回も言いますが、お金が単純計算でも四日分の生活費しかありません。そのなけなしの雀の涙すら今払ってしまったので、冒険者としての仕事でお金を稼がなければ……私達は、スラム街で野垂れ死にます」
スラム街とかあるんだ。……流石にここでまた考え込んで話を聞き逃したら、流石に彼女から見切りを付けられるだろうから、しっかりと話を聞く姿勢と態度を取り繕う。
「今はまだ本登録ではないので、Gランクの中でも比較的達成報酬の低い、採取や雑用の依頼しか受けられませんが……今日からそれらを十回以上熟し、その上で鑑定検査を通過すれば――」
吸われる息。
「そこで漸く、試験を受けられます」
なるほど、まるで分からない。
「何の試験なの?」
「勿論、本登録の試験です。それに受かれば……通行料の免除に加えて、宿屋の料金や冒険の上での消耗品費までもを割り引きしてくれる――【カード】を得られるんです」
聞くだけでも色々とメリットはありそうだけど、なんか色々と面倒な手続き踏むんだなあと思う。というか鑑定検査とか、私と彼女が通れるとは思えないんだけど。
戦闘能力はともかく、内容があれだから。
というか、そもそも――、
「……なんでそんな事知ってるの?」
「貴女とは違って、ちゃんとあの受付係のお姉さんの話を聞いてましたから」
皮肉を浴びせた自覚も無いのか、或いはそれこそが皮肉なのか、彼女は胸を張って誇らしげにしている。メンタルが強いようで何より。
私みたいなメンタル弱者とは違って、精神が安定しているのは良い事だ。
「一つ思ったんだけどさ」
「はい」
「本登録までに、食いつないで行けると思う?」
「……」
……あ、この娘そこを考慮してなかったな。
いやまあ、寝食はどうにかなる。適当な場所で寝ればいいだけだし、ご飯に関しては雑草とか食べて腹を紛らわせば――、
「……リーナさんは、草、食べれますか?」
「……」
え、本気でやる気?
▼△▼△▼△▼
私達は今、草を抜いている。
四つん這いになって、地面と真摯に、正面から向き合って。
時には葉の部分を千切って、時には根の部分を慎重に掘り起こしたり。
「「……」」
別に、夕飯の食材集めとか、そういう訳ではない、と思う。
私には全く草の事が分からないから、一先ずは《薬草知識》《採取術・序》だとかを持っていた彼女の言う事に従っている。いや雑草を食べた経験はあるんだけど、それが判別に繋がるかというと、ね。
公園の水をガブ飲みしては、適当に引き千切った雑草を食べてたから。
というかそれ以外に空腹を誤魔化す手段が無かった。運が良ければ自販機の下とかに小銭があって、それを貯めてスーパーとかで炭酸水を買ったり、或いは溝鼠みたくゴミ袋を漁ったり。
「大分集めたと思うけど、どう?」
「……いえ、まだです。まだ粘れます」
そうは言っても、もう夕方。私は別に丸一日食べれなくても耐えられるし、別に食べなくてもいいからどうでもいいんだけど、彼女がどうなのかは分からない。
貴重な労働力なのだから倒れたりしたら困る。
でもこの子、妙な所で頑固だからなあ。
言い合いするのも私の精神的によろしくないし、負荷が掛かったらまた今朝みたいに病むし。
「……」
うん、決めた。
強硬手段に出よう。
「……」
《気配遮断》を意識しつつ背後から忍び寄って、そのまま地に這っているフィアに向かって手を伸ばし――、
「……?」
抱き上げた。
地面が足につかないように、高い高いするみたいに持ち上げて、彼女が私の言う事を聞くまで降ろさない。
「???」
彼女は特に抵抗も無く、手足をぷらぷらとさせて私にされるがままになっている。重いだろうなあと思っていたんだけど、思ったよりもどころか普通に軽い。
《筋力強化・I》と《腕力強化・II》のお陰だと思っておく。
「これ以上頑張っても、明日に支障をきたす。だから、今日はもう切り上げるべきだと思うけど?」
体躯をゆらゆらと揺らしながら意見すると、なんとなく考えているような雰囲気が伝わる。だって今見えているのは背中と後頭部だけだから、表情とか視線とか確認できないし。
そんなの確かめようがないよね。
見える物と言えば、巻かれているスカーフの結び目ぐらい。
高く抱え上げたまま返答を強請るようにぶらぶらと揺すり始めると、ほんの少しだけ入っていた力がフィアの身体から抜けた。
それを了承の合図だと捉えて地に下ろし、ついでに服についていた汚れとかを払ってあげる。
一頻り土を落としてあげた後に、こちらを振り向いた彼女は少し不満そうな顔をしていたけれど、目が合うとすぐに純粋そうな笑顔を取り繕った。
「じゃあ、帰ります」
「うん、それがいいよ」
私とは違ってしっかりと、薬草の入っている袋を荷物に詰め、袋の口部分を締める紐を肩に掛けたりして準備を整えている。
私はほら、〝口〟から入れられる『格納空間』とやらがあるから何も持たなくていいし。
容量だけは常に心配なんだけど。
これは手探りでやっていくしかないのかな。
「幾つか持とうか? 重そうだし」
「いえ……大丈夫、です」
その笑みは、健気というには空白で、強がりではなく垣根でしかなかった。
「なら、いいけど」
さて。
私はフィアと、仲良くなれるのかな。




