14 『定義、或いは概念について』
時間があるというのは素晴らしい事だ。
時間があったからこそ、私は『この先何をするべきか』、『フィアをどう扱うか』についてじっくりと思考を巡らせれたのだから。《思考加速》を使ってはいるけど。
それに、私に時間があるのは不眠症だからなんだけども。
前世からずっと。眠ろうとも浅瀬にしか辿り着けなく、私の足裏は表層意識という砂を、眠りという海水の中で捉え続けている。時偶、溺れるように深みへ嵌って落ちるだけ。
「……今は、何時なのかなあ」
『01:28』
あ、そう。
何気に喋るんじゃなくて、直接脳にイメージを写すとかいう今までにやってきてない事をされてるんだけど。
『私は目的設定者の活動を支援するべく、日々成長するよう設計されています』
「ふーん? じゃあ君が私に出来る事って何?」
『出来ない事以外は、全て』
「あ、そう。じゃ今から考え事するから黙ってくれる?」
……了承の返事すら返さなくなっちゃった。
「別にいいけど」
仮にとはいえ、睡眠を取ったからか比較的はっきりしている意識でもって、ベッドの上でちくちくする毛布を被りながら思考を蹴り上げる。
というかひっきりなしに前世の事を引き合いに出しているけれど、本当に『前世』なのかどうか怪しくはある。
意識としては出刃包丁で自害した時と、〝ここ〟に来る為に〝穴〟に飛び込んだ時の計二回途切れている。
神でもいない限り、私の『意識の連続性』を担保してくれる存在はいない。そして自称神は私が殺したし、唯一神に至っては歯車に挟まれて死んだ。労災補填が出るといいね。
宗教者に石を投げつけられそうな事を考えながら、思考を泥に沈めていく。
少なくとも哲学的ゾンビである線は真っ先に排除していい。証明は出来ないが、感覚に伴うこの〝独特な鮮明さ〟を証明できない事それ自体が感覚質の存在を証明している。
循環論法に似てはいるが。
とするなら私は、雷に打たれた泥人形であるのだろうか。一度死亡した際が一番怪しく、世界五分前仮説のように〝私の人格〟が後付けであるかどうかは証明のしようがない。
いやまあ、私が『望月璃奈』なのか、そうでないのかは正直どうでもいい。
仮に私が『望月璃奈』という個人を遂行し奉仕する為に産まれてきたのであれば、私はその使命を履行するし、使命さえなくとも私は私の世界観に基づいて事を進めるのだから問題は無い。
今この瞬間、もし目の前にドッペルゲンガーが現れたとしても、私という存在は『望月璃奈』の利益の為に動く。その上で障害となるのなら幾らでも殺すし、例え自分でさえもこの手で殺してやれる。
「さて」
益体でもない思考はここらで終わりにして、そろそろ利益になる現実的思考に移ろう。
考えるべきは《情動戎器》。
〝防具〟という体は必要だけれど下着とか服とか作れたりと、幅広い応用性を持っている。素養があるのかどうか知らないが、魔法の使い方とか習得について考えるべきかなとも思ったけれど。
使えるかどうかも分からない【魔法】と、使える上で尚且つ伸び代さえある《スキル》。どちらに時間と労力を投資すべきかは明白だろう。
やってみたい事は色々とあるけど、まずは《情動戎器》の性質について考えてみる。
このスキルは魔力を〝武器〟という概念に押し込み、特定の物体を形成するとだけ説明文には書いている。これだけでは情報が足りない。
ので、格納空間に仕舞い込まれていた直剣を〝口〟から取り出し、即座に鑑定を行った。
「えい」
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・〈〝剣〟〉
《情動戎器》により、生成された直剣。
物体を構成する魔力には《情動戎器》を保有する者の記憶を参照する事で『最大値の感情』が再現されているが、特性に漠然とした影響を与えるのみで、直接的な攻撃力には寄与しない。
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そんな経緯あったんだ、これ。
「だから、《情動戎器》って訳?」
まあ、ぶっちゃけどうでもいい。だって切れ味とかに関わらないのなら別に気にする事でもないし。どうやって記憶を参照しているのか、私の『最大値の感情』とは一体なんなのか、とかは気になるけど……。
それについて考えるのなら、この剣が『E=mc²』に反していないか考える方が建設的だ。
僅かな質量からも膨大なエネルギーを引き出せ、その逆もまた然り――ではあるが。直剣を1kgと仮定しても多分9京Jぐらい必要だと思うんだけど、果たして魔力とはそんなイカれたエネルギーなのだろうか。
だとすれば、適当に火球とかを生み出す魔法使ったら普通に世界は呆気なく滅びてしまいそう。
現時点でそうなっていないという事は、そもそもそうならないように成約が掛けられているか、魔力という存在は熱量などではないのか。そうとしか結論付けられないし、考えられない。
「……まあ、うん」
魔力について考えても、今は分からない。根本的な事ではなくて、即物的な思索こそが要求されている。
よって後回し。
「ちょっと、やってみたい事があるんだよねえ」
『ブラック・ジャック』という武器がある。
細長い袋に重しを入れた鈍器の事。身近な物では、靴下の中に小石とか小銭とか入れれば作れるんじゃないだろうか。入れる袋の種類や入れる重しの種類にも特に制限が無く、お手軽な武器。
そう、入れる重しの種類には制限が無い。
「では早速」
それらしく設計図を脳に描きつつ、頭の中でイメージを繋げていく。それらしく最終形と完成品を頭の中に浮かべて。
その上で――、
「――生成」
呟けば、突如として手には物が乗る。
掌の上に現出した袋。それを閉じている紐の結び目を解き、直ぐ様中身を覗いてみれば。
そこには、『重り』として設定された宝石が、眩くも輝いていた。
「いや、そもそも……」
落ち着いて考えてみれば、そもそも換金が必要な宝石を介す必要などなく、単純に通貨を生成してみればいいのではないのだろうか。
という訳で、ブラック・ジャック〟の重しとして、今日眠る前に見た銀貨とか銅貨を生成してみた。
結果としては出来た。出来てしまった。
「え、いいのこれ」
通貨偽造罪としてしょっぴかれたりしそうで怖い。刑法第148条とかで。今でさえ第一条の『通貨偽造罪』を犯してるのに、これを使って追加で『偽造通貨の行使罪』まで犯したら無期懲役になるのでは?
「いやでも、ここ日本じゃないし」
本物と比べても何一つとして変わらない、ぴかぴかの冷たい銀貨。
『私の魔力』というリソースに限りこそあるが、少し寝ただけでも大半が回復している上に、《情動戎器》を使用しての〝ブラック・ジャック〟の生成には大した魔力を使わないのだから――、
「無限に金を作れるとか、人生勝ち組では……?」
色々と夢想しながら、銀貨を見詰め夜を明かした。
▼△▼△▼△▼
「……」
起きたくない。
布団から出たくない。
朝が来ているのは分かる。嫌なぐらいに。
回るべき血液が回っておらず、額ばかりに滞っては脳に酸素を届ける役目を放棄している気がする。
血の通わない脳味噌からは鮮度が失われて、生体電気すら通過せずに、日々毎に腐敗していく感触を受けた。
「……あー」
出たくない。
何もしたくない。
感じるべき感覚でさえも他の誰かに劫掠されているような気配がし、感覚ばかりが私の前から遠ざかり、今現状熱っぽいのにも拘らず思考は〝熱〟ばかりを酸素の代わりとして求めている。
何もしたくない。何もするべきではない。
「ぁー……」
吐く息に粘度が伴っていると思える程に全てが重々しく感じられ、世界からはスポイトで彩度を奪われ続けている。脳内で時折響く耳鳴りは廻る思考のブレーキ音であると錯覚して、吐き気を感じさせた。
昨日、色々な事があって精神的に疲れたからか、或いは今日は単純に『そういう日』だったのか。
考えれば考える程に思考の淀みが知覚でき、まるで泥状の物に体内まで溺れて蝕まれているようで……その感覚に吐き気がする。感覚自体がどこか遠い事態に吐き気を覚える。
吐き気を覚える事に吐き気がした。
「――――」
だが、吐いた所で気分は安らいでくれない。何故それを知っているのかと言えば、実際にそうしたから。水道水を胃に詰め込んでは便器を見下す体勢で喉の奥に指を突っ込み、何度も何度も吐いた事がある。
それでも気分は止まない。嘔気が晴れる事は無かった。
額を壁に打ち付けたって、髪の毛を毟ったって。
感覚の輸送に遅れが出ていて、まるで肺の中にはスチールウールを詰め込まれたようで、手足の末端にまで神経が通っておらず、側頭部ばかりがずきずきと疼いて、奥から込み上げる気分の悪さに太刀打ち出来ない。
――こん、こん。
起きながらも魘されている中で、ノックの音がする。
ああ、起きなければ。
まだまだ、私のやるべき事はあるのだから、しないといけない事は山積みなのだから。確かめるべき事はまだまだあるのだから、考えるべき事は両手足で数え切れないぐらいに、あるのだから。
ぐしゃぐしゃと髪を整えて、洗面所と思わしき場所で鏡を見て多少の身なりを整えて。
一度、いつも通りの軽薄な笑みを浮かべ。
私は、ドアを開けた。
▼△▼△▼△▼
……すっごい病んでた。
さっきまでの状態を表すのならそんな感じ。
まあ、頭が回り始めれば意外となんとかなるし、こうして朝食を食べる余裕すら出てくるという訳。気付かないフリをしている? 自分を騙しているだけ? 自己欺瞞に逃げているだけでしかない?
それはそう。
でもほら、今は大分元気だからそれでよし。
それに私は、毎日最悪な気分で息をしているし。
だから、特に問題は無い。
「リーナさんってもしかして、朝に弱いタイプですか?」
少し綺麗になっている銀髪を側に仕えさせながら、彼女が首を傾げた。
「あー、まあうん。大体そんな感じ」
「そうなんですね。……なんとなく、イメージ通りな気がします」
フォークとか、或いは手掴みだろうなあと思っていた食事風景には箸が混在しており、フィアはそれを当然のように使っている。
目玉焼きにベーコン、こんがり焼けたトーストという酷く日常的な朝食に於いて。
いや、なんかさあ。
「所で、リーナさん」
「……何?」
「私達には今、お金がありません。五万円ちょっとしか」
……いや、なんかさあ。
「そか。それでどうするの?」
箸で挟んだベーコンを口に突っ込んで、あまり噛まずに呑み下す。
「お金を稼ぐ必要があります」
「うん」
「ですので、行きましょう」
彼女はカチリと箸をお盆の上に起き、それから宣言した。
「――冒険者ギルドに」
「そっかあ……」
ファンタジーなのかそうでないのか、はっきりしてくれ。




