13 『〝剣と魔法のファンタジー〟について』
投稿ミスをしていました。これが本来の13話です。
フィアを身代わりにしてご教授願う作戦は上手くいった。
上手く行き過ぎて、今は彼女の口の中に蜂蜜味の飴が入っている。私も衛兵から貰ったが、ある程度舐めた所ですぐに噛み砕いた。
フィアはずっと、口の中でからころと飴玉を転がしているけれど。
性格の違いとかなんか色々あるのだろうけど、彼女にはそのまま甘味に集中していてほしい。私の挙動不審な様子には気付かれたくないし、変な疑念を抱かせるのは本当に無駄でしかないから。
『挙動不審な様子』をしなければいいだけなんだけど、じゃあ階段を降りている時に、まだ下るべき段があると思い込んで平地に片足を突っ込んだ際、その時に僅かにも驚かずつんのめらない人がいるかという話。
少なくとも私は、つんのめるタイプの人種だった。
《スキル》までならともかく、彼女の魔法パワーで傷を治され、且つ今私が着ている服も考慮して考えた筈の〝推定〟が全く通用しな――いや、大半は通用してはいるんだけど、残りの一部が考慮外だったというか。
「……それ、美味しい?」
「ん」
問い掛けると、こくこくとした頷きが返って来る。この娘も私にとって頭の痛い原因だとした上で、癒しだと思う。ほら、見た目は悪くないし、飴舐めてるからか喋らないでなんとか意図を伝えようとする様が、ね。
猫は喋らない。私は私に楯突かない存在が好きだ。
突こうとしても楯突けない存在も、同様に。
「……」
ペットセラピーを要求してもいいと思うの。
親を殺して神を殺して変な空間彷徨って穴に落ちてここに来て、変な声が脳内に響いたと思ったら騒いだ挙句に消えて、ゴブリン殺してフィア達を覗き見してハイド殺してここまで歩いて――、
ペットセラピーは何処へ……。
《スキル》に【魔法】に[ステータス]。知っている概念が知らない概念として遍在していて、未知の言語を既知の言語として扱って、パターンに主観的感覚に七本の指に異世界転生に第三の家畜に暴食に節制に。
気が狂いそうだ。
逆説的に考えるならば。私はまだ、狂ってはいないという事実が残るのだけど。
今歩いている道は、前世で言う所の車道。それと全く変わらない。
全く、寸分違わずに。
いや、別にアスファルト自体はいい。
それ自体は昔から使われているから。旧約聖書で言う所の『ノアの箱舟』にも防水材として使用されているし、『バベルの塔』を建設する際にレンガ同士の接着剤としても用いられている、なんて話もあるし。
ただ、こうしてアスファルトで道路を舗装し始めたのは――ロンドン、ワシントン、ニューヨークでも1870年頃の話だ。本格的な、という注釈は付くが。
さて、アスファルトだけでもここまでの違和がある。
それ以外にも、透明度の高いガラス窓に、妙に近代的なファッションセンス、推定よりも高いと思われる衛生観念――。
少し目の端に映った『張り紙禁止』と書いてある張り紙なんてどうでもよく思える程に、違和感が酷い。
この都市全体の雰囲気――建物の構造や色合いだけは中世っぽいのだから、もう普通に現代のアミューズメントパークとかそういう施設な気がしてきた。景色を目に収める度、正気度が削れていく。
クリーム色の壁、赤みがかった屋根が私の思考を犯していた。
しかもまた《思考加速》使ってるし。[任意稼働技能]の癖に全く任意ではない。いや無意識が使ってしまっているのなら任意ではあるのか。いやそんな事はないのか? もうよく分からなくなってきた。
溜息とゲロを吐きたい。
別に、私だけが特別とかそう勘違いしていた訳ではないのだけれど、そこまで気が回らなかったというか、色々と起きる出来事の対処を迫られながらの思考では気付くべき所に気付けなかったというか。
つまりは、単純な話で――、
「私以外に、『二回目』がいる」
ただ、それだけの話。
▼△▼△▼△▼
世界に色、及び音が戻る。
実情としては世界からそれらが失われていたのではなく、切り離され早送りされた思考では、光の速度も音の振動も相対的に遅く感じられていたが故の不全なんだけど。
要するに全て、《思考加速》と私の〝体感〟の問題だ。
そう考えてみればあの『黒い空間』に大した色が無かったのも、己の話し声さえも無かったのは、そもそも動くべき光も音も止まっていたからだと、いやそれなら私の視覚が機能していた事実とは反するから――、
「リーナさん?」
心配そうにこちらを見上げる瞳と目が合い、思考に貼り付いた身体を引き剥がす。ぺりぺりと。
「……大丈夫ですか?」
「大丈夫だけど大丈夫じゃない」
赤みがかった陽光は、或いは殺人的ですらある。
往々にして、不気味なぐらいが丁度いい。
特に私の人生に於いては。
「空き、ありますかね」
あるにはあるだろう。ここは大都市と言って差し支えないぐらいに大きいのだから。ただ、条件を絞っていくと必然的に該当箇所が少なくなるから、結果としては空きが無いように思えているだけで。
と、だらだらと長ったらしい事は言わずに、
「流石にあると思うけど」
とだけ述べる。
掛けた言葉の効能の程は知らないが……少なくとも彼女は元気付けられたかのように、吊るされているタイプだったり壁に高々と張り付いたりしていたりするタイプの看板を、あちこちと見始める。
頑張ってるなあと思う。まあ手伝わないけど。
というか、最悪そこら辺で寝ればいいと思う。
公園とかで寝た事あるし。というか、家に帰ったとしてもマットレスとか敷布団とか無くて、段ボールの上に布切れ被って寝ていたから、あんまり外と違いが無かったのかもしれない。
「ん、あそこ行ってみましょう」
前を進むフィアに手首を掴まれて、店内に連れ込まれる。なんというか、結構強引。見た目の印象とはちょっと異なるけれど、まあ見た目がイコールで内面に繋がるのなら結婚詐欺とかは存在していないよね。
彼女が店主に料金とか設備とか食事周りの事を色々と尋ねているのを聞き流しながら、じーっと掴まれたままの手首を見下ろす。
なんというか、他人に触れられる感触は筆舌に尽くしがたい物だ。
少なくとも、私はあまり好きじゃない。
かといって今すぐ振り払えれば彼女の中の私に対する好感度に影響するだろうし、別に振り払ってしまいたい程に嫌という訳でも無かったりする。
「……」
『好きの反対は無関心』、という言葉があるが、私としては無関心よりも悪感情の方が余程暴力的だと思う。無関心が好意の対極など、一度も傷付けられた事の無い人が言うか信じるかした言葉だと思っている。
〝好意〟とは平たく言えば相手の利益となるような行動の原動力であり、〝悪意〟とは平たく言えば相手の不利益となるような行動の原動力であり、〝無関心〟とは相手に何も働きかけようと思わない消極性である。
プラス、マイナス、それとゼロ。
数直線上で考えたらその関係性は酷く明確であるのに、何をどうしたらそのような考えに至るのだろうか。〝好意と悪意〟を、〝興味〟と一括りするのなら、まあ、あながち間違いでもないが。
否定はしない。
世界とは十人十色以上であり、人の数だけ考え方があるのだから。
私は思想を否定しない。
だから。
私の思想を、どうか否定しないでほしい。
▼△▼△▼△▼
荷物を降ろしてから、べちょっとベッドの上に倒れる。
フィアは一人部屋を二つ取ってくれたらしい。途中から会話すら聞いていなかったから、木製の番号札が付いた鍵を渡された時はちょっとびっくりした。
なんというか全体的に、文化とか技術の水準が高い気がする。
前世の私の部屋よりも広いし、ベッドだってあるし、こんなふかふかだし。それをやけに値段に拘っていた彼女が選んだこの宿で感じれるなんて、〝先人達〟は本当に頑張ったんだなあと思う。
まあ、倣う気は無いが。
別に私は床だろうが木の上だろうが寝れるし、そもそも寝れない時の方が多いから場所なんてどうでもいいんだけど。色々と疲れている今日に限っては、しっかり休めるのが有り難く感じられる。
暇つぶしに、ベッドの上でごろごろと転がり、床に置いてあるハイド達の荷物をなんとか持ち上げて中身を漁っていく。今の今まで見てなかったしね。
「ん」
あ、痛い。
袋から手を引き抜いてみれば、人差し指の腹に赤い筋が走っている。
「……だる」
その指を口に含んで血を舐め取って、ふらふらとしながら身を起こし、ベッドの上に荷物の中身をばらばらー、とぶち撒ける。
「おー……」
なんか色々入ってる。
火打石と打ち鉄に、小さい鍋、革のケースに入った山刀、調味料、中身の入った水筒、なんかの保存食、畳んであるブランケット、あと小さな袋。
指切ったのは山刀が原因か。固定不足か革のケースからちょっと出ちゃってる。
後の中身はサバイバル道具というか、キャンプ用品みたいな感じ。それらは一目で理解できる事で特に興味を引く要素がないから、小さな袋以外は全部仕舞って、床に置き直す。
で、残った巾着袋を手に持つ。
揺らすと、ジャラジャラと音がした。
大きさは違えど同じ動作で、シーツの上に中身をぶち撒ける。
音を立ててベッドの上に広がるのは、銅と銀。
「……」
多分通貨。だからこれらは銅貨とか銀貨とか。〝コイン〟と呼べる程に丸い形をしてはいない。全て丸みを帯びてはいるが、銅から銀まで三角形、四角形、五角形――その三種類がある。
銀貨だけは五角形が無いんだけど、法則は崩れないと仮定するのなら……まあ、ただ持っていなかっただけなのだろう。視覚的触覚的に分かりやすいのは頂点が増える程に価値が上がる、みたいな。
逆かもしれないけど。
金貨もこの三、四、五と頂点が増えていくと思われる法則に従うのだろうか? 態々識別を容易にする為か銀貨の真ん中に穴まで開けているのだから、厚みを増やすとかしないとパターンが無くなりそうだけど。
「……」
門を通る際にフィアが一枚支払っていた、五角形の銅貨を手にとって観察する。
都市の出入りには金が掛かるらしい。街中を歩いている時は『結構技術が進んでいるのに』とも思ったが、名残というか上書きされる余地が無かったというか。国の仕組みに手を出すのは流石に難しかったのだろう。
だから通行税が残っている。
手に持っているこの銀貨は、一体どの程度の価値を持つのだろうか。
「考えるのは……明日に回そう。今日は無理」
この宿は二人分の部屋を取るのに、四角形の銀貨一枚程度の料金らしい。だからまあ、流石に通行料以下なんて事は無いと思うから、頂点の数が多いほど価値が高い、というのは間違ってないんだろうけど。
ベッドに横たわって、銀貨の中心に空いた穴越しに天井を見通す。
「うーん」
正直綺麗ではない。剥き出しの梁にはクモの巣が張ってるし、下から見ても分かるぐらいには埃が積もっている。
「ボロボロではあるけども……」
まあ、寝れるのだから問題は無い。
銀と共に掲げていた腕を下ろした後、瞼が意識を斬り殺した。
▼△▼△▼△▼
彼女――フィアは、私にとって都合の良い存在だ。
目の前で三人ぐらい殺したのに、ぼろぼろで傷だらけの私を心配する程度の少し行き過ぎた親切があるし、ある意味親しいと言えば親しい距離感だけれど、それでも〝他人〟という関係の一線を越えたりはしない。
本当に、都合の良い存在だ。
私が付いてきても文句を言わないどころか、門を入った所で『これっきり』として別れても良かったのに、わざわざ宿まで探してくれた。ちょっと疲れてて意識が緩み始めてた私の手を引いてまで。
戦闘力をある程度、その青い目で確認したからなのだろうか。何処かは知らないが、彼女の元居た場所に戻るまでの護衛として友達料金的な感じで安く雇う為に、今日は親切にしてくれたのかもしれない。
彼女の前で私が〝世間知らず〟な所は、結構見せてるから……ちょっと強引気味にリードしようとしたのかもしれない。
いやまあ、彼女も相当の〝世間知らず〟って感じだけど。
それら以外の――打算に基づいた理由でなければ、非合理的理由だろうか。
同い年ではあるけれど彼女の精神は私よりも幼く、未成熟な印象を受ける。である場合はきっと、私は彼女の心寂しさを慰める為のお人形として頼られているのだろう。
考える上では少なくとも、男三人に拐かされている事は前提とした事実に置いていい。
彼女自身が、『自分は誰かに狙われている』としっかり認識しているといいが、あの三人を殺した事で『助けてくれた』とか『もう大丈夫』とか、そういう事を思っているのなら――やはり殺すか。
その命自体に価値があるのなら、私まで狙われるとしても〝手札〟として手元に置いておいてもいいが、四六時中人一人の対応に追われるのは面倒だ。その労力を払えないのなら懐柔するしかない。
だが、役立たずを自分に懐かせた所で……精々が、投げた物を取ってこさせるぐらいの働きしか期待出来ない。
私に〝飼い犬〟は必要ではなく、ちゃんと言った事を聞ける程度の忠誠心を持つ〝飼い猫〟が必要だ。
ある程度自主的に動くのはいい。それを『最善だと信じられるのなら』、『私が納得できるような行動ならば』という条件付きだけど。なんなら寧ろ積極的に取って欲しいまである。
だっていちいち指示とか出すの面倒だし。
だから、見定める必要がある。
フィアに首輪を付けるか、或いは、
「あと、一ヶ月ぐらいは一緒にいようかな」
食肉にしてしまうかを。




