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食卓上、機械摂理夢遊論。  作者: 未曲
一章 『転生少女と廃棄聖女』
13/49

12 『理路の不整合』



 漸く、夕方と言える時間帯になった頃。


「いや、持ちますって」

「……私が持つべきだと思うけど?」


 ハイド達三人の荷物。それは何やら色々と詰め込んだ麻袋が三つあり、まず私と彼女が一つずつ持つまではスムーズに事が進んだ。問題はそれ以降に起こった。

 つまり――最後の一袋をどちらが持つか、という話。

 だって筋力握力腕力とかを強化するスキルを持っているのは私だし、《脚力強化》に至ってはハイドのを奪ったから、そのレベルは『IV』もある。これで私が持たない理由を探すほうが難しい。


 合理を考えても効率を考えても、私が持つべきだ。

 だというのに――、


「駄目です。私が持ちます」


 ――こう言って、全く聞かない。


 この荷物に固執する理由があるのかと問うたけれど、別にそんな事は無いらしい。押し問答している時間が本当に勿体なくて、ちょっと苛々さえしてきている。

 ならもう、別に。

 彼女が持ちたいのなら、それでいいや。

 こういう意見の押し付け合いほど無駄な物はないし、純粋に面倒だ。


「ん、じゃあちゃんと持ってね」

「任せてください」


 そう頼んでぐいぐいと奪い合っていた袋から手を離すと、幼いぐらいに彼女はこくりと頷く。揺れる銀の前髪に簾を掛けられながらも、色素の薄い青の虹彩に囲まれた真っ黒な瞳孔は、ひたりと私を捉えている。


 結構前、私は人から『絡みづらい、というか距離感が分からない』と言われたけれど、彼女も私と似たような感じがする。

 それ即ち『絡みづらい、というか距離感が分からない』という事。

 私の天敵になるのかもしれないから一先ず案内人代わりとして扱いながら友好関係を築いて、信頼を得た所で寝首を掻くか、信頼する・しないの段階に至る前に殺そうか。どちらにしようか。


 今この瞬間、確かに私は彼女を必要としているけれど。


〝今この瞬間〟とは、半額シールを貼られた六枚切りの食パン、その賞味期限よりも短い物だ。

 という事で、利用価値が最高潮である今の内に彼女を使い倒そう。


「そういえばさ、君はこれからどこに行くの?」

「近くの都市に行こうかなと」

「へー、近くにあるんだ」

「……知らないんですか?」

「うん」


 会話を適当に重ねていると、なんかすっごい呆れたと表明するような顔を向けられる。私はね、人の無知を嘲笑ったり、剰え論って、知識の欠如をまるで人格の欠如のように扱うのは駄目だと思うの。

 単なる被害妄想? それとも過敏に反応し過ぎている?

 多分その両方。


「ついて行っていい?」

「まあ、いいですけど……」


 私よりも少しだけ低い身長で、私よりも小刻みに歩を重ねる彼女の足を横目で観察する。


「この辺の地理とかは、頭に入ってるの?」

「……一応は入ってますけど、役に立つかどうか……」


 歩けば歩く程に、森に空いた十五メートルの円内(不自然な空間)は遠ざかり、街道へと合流していく。

 右から照らされ、左から伸びる影の長さは、宛ら絞首刑により背骨も頚椎も伸びた死骸のようで、なんだか不気味だった。


「荷物の中身、どう分けよっか。多分路銀とか入ってるだろうし」

「分けるのでしたら、普通に半分でいいんじゃないですか?」

「その場合、半分に出来ない物があったらどうする?」

「あります? そんなの」

「……んー、魂とか?」


 へらへら笑って深く考えもせずに口を開いていると、彼女の青い目が仄かに灰がかった光を纏う。それから自らが両手に待っている麻袋を真剣に矯め、眇め出す。

 いつの間にか首に巻かれていた彼女のスカーフが、ひらひらと揺れていた。


 んー、これは《聖眼》とか使ってるのかな。或いは《冥眼》?


「……言った通り、確かに憑いてますね」


 なんか幽霊とかそんなんいるんだ。色々と真面目に考え事している私が馬鹿に思えてくるよ。

 私にそう思わせた事を平然と言いのけた彼女は、そのまま荷物袋を睨み付け――、


「おー」


 何やら靄のような物が袋から浮かび上がって、そのまま煙となって消え失せた。


「ん、ちゃんと祓えましたよ」


 ……彼女に睨まれたら、私は死ぬのではないか。

 そんな事を本気で考えながら、橙色へと鞍替える風景を瞼で残虐に押し潰した。



                ▼△▼△▼△▼



 街道を荷物片手に彼女と歩いて、それらしく雑談しながら歩き続けている。


「貴女って、こう……人を殺すのが楽しいとか、そう感じたりするんですか?」


 内容は、些かアレだが。


「いやあ、別に? 疲れるし、汚れるし、罪に問われるし。三重苦を背負ってまでしようとは思えないよね。そういうの」

「じゃあなんで、あの人達を殺したんですか?」

「なんで、って言われてもねぇ。殺さなければ殺されていただろうし、必要な事だったからさあ」


 水浴びの所為でまだ少し湿っている横髪を指で弄り回しながら、そう答えて少し大げさに脚を振って歩く。


「……じゃあ、なんで」


 じゃあ、なんで。

 それが口癖なのだろうか。少なくとも、それ以上を私に伝える事なく言葉はちょん切られた。そうされれば必然と彼女に注意を向けるしかなく、全体的な視界の中、その端に入っている彼女の事を意識する。


「なんで――あんなに、愉しそうだったんですか?」


 そう、ぽつりと。


 まるで、溢れた水滴が水面に波を打たせるような。

 影響を与えないよう気を払った声音で。


 彼女は私に問い掛けた。


「……さあ?」


 あの時は平常心でなかった。戦闘には慣れていなかった。情景があまりにも綺麗だった。色々と自己弁護の材料らしき物はあるが、それでも思考という泥に手を伸ばし、わざわざ言葉を吐くのだとすれば――、


「私は、そういう人間なの。先天的か後天的かはどうでもよくて、今現状としてそういう人間で、そういう存在だった……ってだけの話」


 人の死に悲しめるだけの余裕があるのなら、私は自害に至っておらず。ここまで頑固な思想を抱いていないのであれば、ラトボニルを殺してもおらず。その二つが欠けていれば、そもそも――。

 その私とは、〝私〟ではない。

 人とは産まれた瞬間だけは真っさらなキャンバスであり、生育環境や遺伝した塩基配列、自我の裡だけで巡る思考と外界から得られる刺激等々により色が塗られ、その絵の具の集合体にこそ〝抽象〟を見出す。


 私は、『中心に余白のある地獄(ゲヘナ)の風景画』こそを〝己〟と定めた。

 その形に、その色に、その像に、その絵こそに執着し、影響を受けているだけ。


 人は誰しも観念的に〝絵〟を持っている。その投影の仕方が芸術であるか宗教であるか、自我であるか意識であるか、悪魔であるか天使であるか、哲学であるか数式であるか。違いと言えばその程度。

 人は〝抽象〟を前にして、立ち尽くす事しか出来はしない。〝抽象〟を〝抽象〟のまま語れはしないし、記述すら通用しなく、使用する事さえも行えない。

 自我を通したちっぽけな具体を以て、その一部を語るのみ。


 ホールケーキをそのままでは食べられないから、人類というのは取り分ける皿と切り分けるナイフを必要とする。それが前提条件だ。


 けれども、私は――、


「なんか、難しい事考えてます?」


 何故か心配そうに眉をへにょりと曲げて、彼女は私を上目で見詰めている。


「考えてるか考えてないかで言えば、考えてる」

「まあ、今日は色々ありましたしね」


 その〝色々〟の中に君も含まれてるんだけどね。というか目下一番の問題ですらあるし。その自覚が無いに越した事は無いけれど、無いんだけれど、どうであれ私の精神に心労という奴を掛けていっている。


「……一つ、聞きたい事があるんですけど」


 現状に於けるストレスの要因が、躊躇いがちに伺いを立ててくる。


「なぁに?」


 と返して、意図的に視界の焦点を外す。

 言葉を吐き出そうとしては飲み込んで、その動作が結果として深呼吸になっているのに。その事実自体に焦りを覚えているのか、落ち着いているのに慌てているという、彼女はよく分からない状態になっている。

 それでもなんとか一つ大きな息を吸い、覚悟が決まったのか動く喉が目に見えて――。


「――名前、教えてもらえませんか?」


 ――――。

 ――――――――。

 ――――――――――――。


「――――」


 そう言われて漸く、名乗りも自己紹介も終えずにここまで来たという事態を認識した。

 というかあれか。鑑定している私はともかく、彼女からすればお互いの名前を知らないまま今の今まで雑談と洒落込んでいたのか。私のコミュケーション能力に著しい欠陥が見られる。

 彼女についての打算的思考を回し過ぎて、こんな初歩的な事を忘れていたとは。


 思考の空白を埋めるような思考。

 それを止めて、息を吸った。


「私の名前は――璃奈。望月(モチヅキ)璃奈(リイナ)、だよ」


 彼女と関わった時からずっと浮かべている軽薄な笑みを維持したまま、そう答えてあげた。教えた名前を脳髄に刻み込むかのように、彼女は小さな声で何度も何度も『璃奈(リーナ)』、と舌の上で文字を転がしている。


「で、君の名前は?」

「……。フィア、です」


 嘘だね。

 彼女の本名はナレーフィア・サリメルカ。十六歳の少女。

『サリメルカ』が名字だとすると〝名前〟に当たる部分は『ナレーフィア』で、その一部を私に〝名前〟として伝える理由とは一体。

 愛称で呼んでほしい・呼んでもいいよ……という親愛表現の線は一切無い。

 仮にそうだとしても私は信じないので却下。まあ『ハイド』という名前が成立する世界なのだから、彼女は『フィア』という名前を本名として使いたいのだろう。つまり偽名という事。


 まあ、あれだ。《聖女》とか《節制》とか持ってるんだから、どこか〝良い所〟で囲われでもしているのだろう。

 で、ある日運悪くハイド達に見つかって誘拐されて、組織に持って行かれる所に私が来て……みたいな。

 そんな感じ?

 ハイド曰く〝頭〟から、それも『丁重に扱え』とも言われていたらしいし、誘拐はある程度計画性を持っての犯行か。すごい、厄ネタ要素がまた見つかった。しかも今向かっている都市がハイド本来の目的地だとしたら。


 経由地点なのか、それとも回収部隊がいるだけなのか、或いは本拠地があるのか。

 何れにせよ起きるであろう災禍の大半は私に襲い掛かる。だってフィアの直ぐ側にいるし、まだ離れる気はないし。私に来る分を全て彼女に押し付けてたとしても、私は私で口封じの為に殺されそうだしなあ。


 でも関わらない事には、私はこの世界の住人にすっごい怪しまれるだろうし、彼女みたいな私に都合の良い存在を一から探すのは面倒だし――、


 ……まあいいや、とりあえず無意識に付けちゃった《思考加速》を消そう。本当に癖になってしまっている。


「『フィア』って、いい名前だね」

「……そうですか?」

「うん、恐怖(fear)って感じがして」

「?」


《言語完全知識》があってもこれは伝わらないんだ。


 まあ、うん。

 どうでも、いいや。




                ▼△▼△▼△▼




 城壁が見えた。


 多分ぐるりと円状に一周しているタイプの。まぁそこはかとない〝らしさ〟はある。あれを築く労力と資材の量を考えると少し吐き気がするが、そこはまあ私の思想・価値観とかの問題だろう。

 The・入口という感じの、黒鉄の格子が上がったり下がったりしそうなやつも見えた。


「着き、ましたね……っ」

「んね」


 そう言う彼女の息は私よりも荒い。おかしいね、《体力回復強化》は私が『I』で彼女が『II』だった覚えがある。フィアの方がレベルは高い筈で、効果も強い筈なんだけど。

 だのに疲労困憊、といった感じ。

 あれか、歩き通しだったから《脚力強化・IV》を持ってる私の方が疲れなかったのか。疲労の回復速度は向こうが上で、私はそもそも疲労が溜まりにくい、みたいな。


 まあ、それよりも。


「なんかこう、入るのに手続きとか必要だったりする?」

「らしい、です」

「『らしい』?」

「……その、私も知らないので」


 ……不味いのでは?


 まあ、いいや。『当たって砕けろ』の精神で行こう。大丈夫、もし仮に砕(・)け(・)て(・)しまっても、私は周囲を全力で巻き添えにするから。破片手榴弾みたいに。だから平気(兵器)だ。


「こんにち――いや、今の時間帯なら『こんばんは』というべきなのかな。どう思う?」

「夕方なので、どっちもちょっと合わない気がします」

「だよね。だから困ってるんだけど」


 そうやって話しながら門に近づくと、これまた固定観念(ステレオタイプ)をそのまんま具現化したかのような衛兵にすっごい怪訝な目で見られ始める。そのままなんか適当な事を話しつつ、平然と門を通ろうと歩を進めていく。


「……あー、お嬢さん方?」

「ほら、呼ばれてるよ」

「いや、今のはリーナさんでしょう」

「えー?」


 あーやばい、どうしよう。何も考えてない、考えようとも思ってなかった。仕方ない、いざという時はフィアを盾にして――、


「――――」


 あ、そうか。

 フィアを盾にすればいいんだ。


「ねえねえ衛兵さん」


 そう言って注意を引き、視線がこっちを向き始めた・向いた辺りでフィアの腕を引き寄せて生贄として差し出す。私の羞恥心と彼女の羞恥心。それら二つを天秤に掛ければ、支払うべきは後者だ。

 私の犠牲となってくれ、哀れな少女(スケープゴート)……。


「この子がね、『門の通り方を知りたい』って言って聞かないから、教えて上げてくださらない?」


 あ、すごい。

 掴んでるフィアの肩が必死に身動ごうとしてる。《握力強化・I》、こういう形で役立つのなら取っておいて良かったって思えるね。いやー、頑張った甲斐があった。

 いや、頑張るも何も、他人の努力(スキル)を盗み取っただけなんだけど。


 なんとかして必死に逃げようとしている銀髪の彼女を、なんとしてでも必死にこの場に留め置きながら、横目に門内の様子を伺うと――。


「――――」


 黒いアスファルトが、道を舗装していた。

 それは何よりも、異様な光景だった。




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