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第五話 医師は嘘を診る /  第三幕 王家を守る者

 長卓に、静かな時間が流れた。


 セトの問いに、オーウェンはすぐには答えなかった。


 卓へ置いた右手をゆっくり握る。


 それから、小さく息を吐いた。


「医師殿。」


「はい。」


「診立ては、半分だけ当たっています。」


 セトは黙って聞いた。


「私は殿下の意思を知りたい。


 ですが、それだけではありません。」


 オーウェンは卓の向こうのアリアを見る。


「私は、殿下が帝位につかれることを望んでおります。」


 迷いはなかった。


 帝国を守る者の声だった。


「第四王子は、現在生存が確認されている、正統な皇位継承者です。


 それを支え、動乱を匡すのがサーハル家の務めです。」


 アリアは静かに尋ねた。


「もし。

 ライン殿下御自身が、帝位を望まれなかったとしても?」

 

 バルガス老が僅かに視線を動かす。

 

 ヴォルフガングだけは瞬きすらしない。

 

 オーウェンは少しだけ空を見た。


「先生がおられた頃。」

 

 思いがけない名だった。

 

 タナトスの眉が僅かに動く。


 「ロック・シャルディンは、よく仰いました。」

 

 ―守るとは。

 

 一拍。

 

 ―自分の望みを押し付けることではない。

 

 静かな声だった。


 「だから私は。」

 

 オーウェンは真っ直ぐアリアを見る。


 「殿下が御自身の意思で帝位を望まれるなら。


  役割を果たすまで。


  ですが。

  誰かの望みを背負わされるのであれば。

  

  それが反乱軍であれ。」

 

 一拍。


「選帝侯であれ。」


 さらに一拍。


「その者の前へ立ちはだかりたいのが、このオーウェン・クラフト・サーハルの思いです。」


 言葉は穏やかだった。

 

 脅しはない。

 

 それが彼の生き方なのだと、誰にも分かった。

 

 アリアは頷いた。


「それを聞いて安心しました。」


「安心?」


「ええ。」


「あなたが王家を守っているのではなく。」


「帝国という制度だけを守っている方なら。私は、もっと困りました。」

 

オーウェンは少し笑った。

「侯は。

 私を試しておられた。」


「お互い様です。」


 初めて。


 二人が少しだけ笑った。


 リーフェルは、その横顔を見ている。


 ヴォルフガングも見ている。


 だが、護衛は何も言わない。


 その時だった。


 レイジスが羊皮紙を卓へ置いた。


「では。

 双方の確認事項だけ整理いたしましょう。」

 

 外交顧問の仕事だった。


 「第一。ライン殿下はクラウディア領内にて保護されている。

  第二。殿下は負傷されているため、本日は御本人との面会を行わない。

  第三。双方、会談終了まで現配置を維持する。

  第四。二日後。」

 レイジスは一度オーウェンを見る。


「殿下御本人の御意思がある場合に限り。改めて面会の場を設ける。」

 オーウェンは頷いた。


「異存ありません。」


 アリアも頷く。


「結構です。」


 レイジスが羽根ペンを置いた。


「以上で、本日の覚書といたします。」

 紙一枚の覚書だった。


 しかし、その一枚によって、少なくとも今日の流血は避けられる。


 長卓から立ち上がる。


 アリアも。


 オーウェンも。


 互いに礼だけを交わした。


 その時。


 セトが静かに口を開いた。


「侯爵閣下。」


 アリアが振り返る。


「何でしょう。」


「サーハル公。」


 今度はオーウェンも振り返る。


 二人は黙って待つ。


「今日は。」


 セトは医療鞄を持ち上げた。


「患者が一人も増えませんでした。」


 一瞬だけ。


 誰も意味が分からなかった。


 そして。


 バルガスが小さく笑う。


「なるほど。」


 オーウェンも苦笑した。


「医師らしい締め方だ。」


 アリアも微笑む。


「今日は、セト君の大勝利ですね。」


 セトは首を横に振った。


「違います。」


「勝ったのは。」


 彼は長卓を見る。


「この卓です。」


 風が吹く。


 粗末な樫の卓が、小さく軋んだ。


 その上では、一度も剣は抜かれなかった。


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