第五話 医師は嘘を診る / 第二幕 医師は嘘を診る
長卓へ沈黙が落ちた。
先に口を開いたのは、オーウェンだった。
「確認したい。」
短い。
「ライン殿下は、現在もクラウディア侯の保護下におられるのか。」
アリアは頷いた。
「ええ。」
「御本人の意思で。」
「はい。」
オーウェンは、それ以上続けなかった。
卓上の水差しへも手を伸ばさない。
赤い瞳が、ただアリアだけを見ている。
アリアも視線を外さなかった。
「確認して、どうなさいます?」
「殿下の安全を確保する。」
「誰から。」
一拍。
「反乱軍からですか。」
さらに一拍。
「私からですか。」
ヴォルフガングの耳が静かに立つ。
リーフェルの視線も細くなる。
卓の上へ置かれた両者の手だけが動かなかった。
「両方だ。」
オーウェンは迷わない。
「私は王家を守る。」
「たとえ、王家自身の意思に反しても?」
初めて。
オーウェンの眉が僅かに寄る。
「殿下はまだ若い。」
「ええ。」
「御判断を誤られることもある。」
「ありますね。」
アリアは否定しない。
その返答に、今度はオーウェンが少し意外そうな顔をした。
「ですが。」
アリアは静かに続ける。
「若いから判断を誤るのではありません。」
「……。」
「人は、何歳になっても判断を誤ります。」
バルガス老が僅かに目を細める。
レイジスは何も言わない。
「だからこそ。」
アリアは卓へ指を添えた。
「選ぶ権利だけは奪うべきではない。」
「王とは。」
オーウェンの声が低くなる。
「本人一人の人生ではない。」
「存じています。」
「帝国そのものだ。」
「それも存じています。」
「では。」
オーウェンが初めて前へ身を乗り出した。
「侯は、ライン殿下へ何を望まれる。」
アリアは少しだけ笑った。
「望みません。」
卓の空気が止まる。
「望まない?」
「選んでいただきます。」
「帝位を?」
「それも。」
「逃亡を?」
「それも。」
「クラウディアへ残ることを?」
「それも。」
オーウェンは沈黙した。
アリアは続ける。
「私が望むのは一つです。」
「何でしょう。」
「殿下が、ご自身で選ぶこと。」
オーウェンは答えない。
その横で。
セトだけが、二人を見ていた。
言葉ではない。
呼吸を見る。
肩を見る。
目を見る。
王子という言葉が出た瞬間だけ。
オーウェンの右手の指先が、卓を軽く叩く。
無意識だった。
戦の話では動かない。
兵の話でも。
領地でも。
税でも。
王子だけ。
その時だけ身体が反応する。
「サーハル公。」
セトが口を開いた。
オーウェンが視線を向ける。
「何でしょう。」
「一つ。」
「はい。」
「失礼を承知で伺います。」
「構いません。」
セトは少し考えた。
「あなたは。」
一拍。
「ライン殿下を守りたいのですか。」
「……。」
「それとも。」
もう一拍。
「ライン殿下が、あなたの知っている王子でいてほしいのですか。」
長卓へ風が吹き抜けた。
誰も喋らない。
バルガス老が、ゆっくりとセトを見る。
レイジスは顎髭へ手を添えた。
リーフェルは、医師を振り返る。
タナトスだけは腕を組んだままだった。
オーウェンは、すぐには答えなかった。
否。
答えられなかった。
セトは静かに続ける。
「人は、本当に守りたいものへ触れられると。」
医療鞄へ手を置く。
「身体の方が先に答えます。」
「あなたは最初から。」
「王子のお話しかしません。」
領地も、軍も。クラウディア侯も。
全部、後です。
あなたが見ているのは。」
一呼吸。
「王子ではありません。」
全員が息を呑む。
「王子の意思です。」
オーウェンは視線を逸らした。




