幕間 それぞれの帰路
北の軍営へ
会談の卓を離れ、北へ戻る街道で。
しばらく、誰も口を開かなかった。
先頭を行くオーウェンの背を、五将軍が黙って追っている。
やがて。
ヴォルフガングが、狼の背からぼそりと言った。
「ネーヤの小せがれを北へ連れ帰れば。」
誰も振り向かない。
「公が帝位を望むこともできるのでは。」
四人の将軍が黙った。
バルガスだけが、期待めいた表情でオーウェンの背を見る。
エドガーは表情を曇らせた。
「あそこに籠もられれば、二日では落ちない。」
オーウェンはフェンリルを進めたまま答えた。
「それでは、ラインはマトリフの二の舞になる。」
その声は穏やかだった。
「また一人、弟を不幸にさせるのか。」
ヴォルフガングは何も言わなかった。
重くなった空気の中で、ボルガーがぼそりと呟く。
「オーウェン君も、ずっとドレイゴ傭兵団で遊んで暮らしてりゃよかったのにね。」
一拍。
「護国将軍なんか、引き受けなきゃよかったね。」
ヴォルフガングは、いつものようには睨まなかった。
「俺は、草原で先代を庇って死ぬはずだった。」
低い声だった。
「なのに、先代が俺を庇った。」
しばらく、狼の足音だけが続いた。
「もうすぐ鮮血祭だ。下の息子も二十になる。」
「うん。ジョセフィーヌ宛てに、俺の短剣を贈っておいたよ。籠手のついていない、あれね。」
「……そうではない。」
ヴォルフガングは前を見たまま言った。
「俺は二十年、騎兵隊長を務めている。だが、まだ公のために死ねていない。」
一拍。
「生き恥だ。」
ボルガーは知らぬ顔で、大きな一つ目をぎょろりと空へ向けた。
「ああ、まだそれね。」
そして、ぼそりと言った。
「大人は大変だね。」
街道の先では、夕日が、朧に霞む北の山々を赤く染めている。
ほど近い軍営で、狼たちが長く吠えた。
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南の城へ
クラウディア城。
会談を終えた一行は、廊下を歩いていた。
ミシェルが窓の外を見る。
「二日か……。」
セトが医療鞄を肩に掛け直した。
「二日あれば、救われる命があります。」
アリアが小さく笑う。
その笑みに、リーフェルが眉をひそめた。
「姫さま。」
「ん?」
「その顔です。」
「どの顔?」
「また、何か企んでおられますね。」
アリアは笑ったまま答えない。
今度はレイジスが口を開いた。
「侯爵さま。」
「はい。」
「今回の賭けは。」
一拍。
「勝率が低いものと見積もっております。」
アリアは肩を竦めた。
「みんな急かすなよ。まだ二日ある。」
タナトスが前を向いたまま言った。
「……あの時斬った追討隊で、出血死せず戻れたのは二騎だ。」
一拍。
「王子の居場所は、まだ内密にできる。」
アリアは天井を見上げた。
「南には、泣く子も黙るジークデュース、
東には、大魔導士モロゾフおじさん。」
指を二本立てる。
「この小城の周りには、シャルディン四高弟の二人。」
少し笑った。
「漏れても、並の勢力なら近づかないさ。」
そう言った途端、リーフェルへ抱きつく。
「リーフ。」
「姫さま!」
「もう3日も食堂で食ってる、もう嫌だ。プリン作って。」
「姫さま……はしたないですよ。」
皆が苦笑する。
アリアがリーフェルに抱き着いたままだった。
「レイジスさん。」
「侯爵さま。」
「皇帝を失脚させたのは、どの教団?」
レイジスの表情が消えた。
「……調査中です。」
「ですが。」
セトが祖父の言葉を継いだ。
「まもなく判明します。」
廊下に、靴音だけが残った。




