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口裂け女が、恋しちゃダメですか?  作者: 閃光HANABI
プロローグ&第一章
7/15

6

 ――以来、彼とは毎日昼食をともにしている。

 交換条件を結んだから。

 傷痕のことは決して誰にも言わない。かわりに彼もここで昼を過ごすことを許した。

 許すもなにも私の家でもないのだから、そんな権利なんてないのだけど。


 翌日、手にした焼きそばパンを私の顔の前に突きだして彼は来た。

 昨日のお詫びのつもりだろう。

 首を振って断る。

 今日のお弁当はちゃんとあるし、何より私は紅しょうがは苦手だ。

 受け取らない私と、引き下がらない彼。

 気まずい沈黙が包むなか、私は名案とばかりに鞄の中から借りたハンカチを取り出す。

「ちゃんと、洗ってるから。これで貸し借りは無しで」


 彼はしばらく考え込んでハンカチを受け取り、焼きそばパンを引っ込めてくれた。

 ほっと胸を撫で下ろす。

 私は二階へ通じる登り階段の最上段。

 彼は地上へ向かう降り階段の最上段。

 コンクリートの手摺を境界にして、互いに見えないように。そう取り決めをした。


 翌日もその翌日も会話はない。最初から最後まで。

 どちらが先に来ていても挨拶もなく素通り。戻る時にも声を掛けない。

 同じクラス、同じ場所で昼食を取りながら一言も言葉を交わさない。もちろん、教室でも。奇妙ともいえるが、それは私にとっても都合がよかった。


 五月の空は抜けるような青さで、薄くのびた雲は高い。

 気持ちの良い朝だったが、ゴールデンウィークを明けた初日の足取りは重かった。

 何がそんなに楽しいのか小学生の一団がはしゃぎ、軽やかに駆け抜けて行く。

 どの顔も笑顔。

 生きていることを心底楽しんでいる。そんな顔だった。


 大通りを抜け、立ち並ぶ住宅街を進み学校名の由来にもなった雛坂の麓へ。

 たたずむお地蔵様に、心の中で頭を下げる。

 どうか、このまま……。

 背中に朝日を背負い一歩づつ。

 半分ほど進んだところで、じんわり汗ばむ体。

 日ごろの運動不足を嘆いて、足を進める。

 道の脇にある看板には、卒業記念樹・昭和四十七年度卒業生一同の文字。

 古びたものから、新しいものまで点々と。

 ずいぶん長く続く慣例らしい。

 卒業生の名残を横目にしながら、雛坂を登りきり校舎の中へ。


 丘の上にある雛坂台高校は風が強い。背中を押すように吹き抜ける風が、汗ばんだ肌を撫でてゆく。

 今はまだ心地よいけれど、もうじきぬるく湿気を帯びた風に変わるだろう。

 まだ来ぬ先のことを憂いて靴箱へ向かう。

 そこにあったものを見て。


 息が詰まった。


 親指サイズの円筒状のモノ。

 その先端は網膜を突き刺すほどの赤。

 転がる蓋。

 真っ赤な――、口紅。


「どうして……?」

 体中から、血の気が引いてゆく。

 呼吸が自然と浅くなる。

 偶然かも知れない。誰かが忘れただけの。

 たまたま、私の靴箱に置いて……。

 そんな風に考えられたら、どれほど良かっただろう。

 剥き出しの鮮やかな赤色が、姿の見えない悪意を表しているようで、気味が悪い。

 やっぱり。

 ――逃れられないのか。

 刻みこまれた呪縛から。

 結局、私は逃れることなんて出来ないんだ。


 五月晴れの下。

 濁った汚水のように、暗く沈んでいくのをどこか他人事のように感じていた。

※諸説あるようですが、お地蔵様は願う対象ではなく、感謝を伝えるものだそうです。ご注意ください。

この作品では、感謝を含めたものとして表現しております。

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