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――以来、彼とは毎日昼食をともにしている。
交換条件を結んだから。
傷痕のことは決して誰にも言わない。かわりに彼もここで昼を過ごすことを許した。
許すもなにも私の家でもないのだから、そんな権利なんてないのだけど。
翌日、手にした焼きそばパンを私の顔の前に突きだして彼は来た。
昨日のお詫びのつもりだろう。
首を振って断る。
今日のお弁当はちゃんとあるし、何より私は紅しょうがは苦手だ。
受け取らない私と、引き下がらない彼。
気まずい沈黙が包むなか、私は名案とばかりに鞄の中から借りたハンカチを取り出す。
「ちゃんと、洗ってるから。これで貸し借りは無しで」
彼はしばらく考え込んでハンカチを受け取り、焼きそばパンを引っ込めてくれた。
ほっと胸を撫で下ろす。
私は二階へ通じる登り階段の最上段。
彼は地上へ向かう降り階段の最上段。
コンクリートの手摺を境界にして、互いに見えないように。そう取り決めをした。
翌日もその翌日も会話はない。最初から最後まで。
どちらが先に来ていても挨拶もなく素通り。戻る時にも声を掛けない。
同じクラス、同じ場所で昼食を取りながら一言も言葉を交わさない。もちろん、教室でも。奇妙ともいえるが、それは私にとっても都合がよかった。
五月の空は抜けるような青さで、薄くのびた雲は高い。
気持ちの良い朝だったが、ゴールデンウィークを明けた初日の足取りは重かった。
何がそんなに楽しいのか小学生の一団がはしゃぎ、軽やかに駆け抜けて行く。
どの顔も笑顔。
生きていることを心底楽しんでいる。そんな顔だった。
大通りを抜け、立ち並ぶ住宅街を進み学校名の由来にもなった雛坂の麓へ。
たたずむお地蔵様に、心の中で頭を下げる。
どうか、このまま……。
背中に朝日を背負い一歩づつ。
半分ほど進んだところで、じんわり汗ばむ体。
日ごろの運動不足を嘆いて、足を進める。
道の脇にある看板には、卒業記念樹・昭和四十七年度卒業生一同の文字。
古びたものから、新しいものまで点々と。
ずいぶん長く続く慣例らしい。
卒業生の名残を横目にしながら、雛坂を登りきり校舎の中へ。
丘の上にある雛坂台高校は風が強い。背中を押すように吹き抜ける風が、汗ばんだ肌を撫でてゆく。
今はまだ心地よいけれど、もうじきぬるく湿気を帯びた風に変わるだろう。
まだ来ぬ先のことを憂いて靴箱へ向かう。
そこにあったものを見て。
息が詰まった。
親指サイズの円筒状のモノ。
その先端は網膜を突き刺すほどの赤。
転がる蓋。
真っ赤な――、口紅。
「どうして……?」
体中から、血の気が引いてゆく。
呼吸が自然と浅くなる。
偶然かも知れない。誰かが忘れただけの。
たまたま、私の靴箱に置いて……。
そんな風に考えられたら、どれほど良かっただろう。
剥き出しの鮮やかな赤色が、姿の見えない悪意を表しているようで、気味が悪い。
やっぱり。
――逃れられないのか。
刻みこまれた呪縛から。
結局、私は逃れることなんて出来ないんだ。
五月晴れの下。
濁った汚水のように、暗く沈んでいくのをどこか他人事のように感じていた。
※諸説あるようですが、お地蔵様は願う対象ではなく、感謝を伝えるものだそうです。ご注意ください。
この作品では、感謝を含めたものとして表現しております。




