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口裂け女が、恋しちゃダメですか?  作者: 閃光HANABI
プロローグ&第一章
14/16

13

 恐る恐る顔を上げる。

 彼は、眉間に深いしわを寄せていて。

「二度寝してしまって。本当にごめんなさい」

 もういちど頭を下げる。


「そんなことより」

 固い声。 

「どうしたの。それ」

 彼が指さした先――、私の足元。


 白いワンピースの裾に茶色い染みが無数に。

 それだけじゃない。髪もマスクも。全身ずぶ濡れでなんて情けない姿。

「今日は中止だね」

「……ごめんなさい」

 繰り返し謝る。


 私は何をやっているだろう。気乗りのしない約束だった。それでもこうやって、ここまで来たのに。


「風邪ひいちゃうから、急いだほうがいい。送ってゆくよ」

「ひとりで大丈夫だから」


 どういうわけか休日に彼と約束をし、誕生日を理由にご馳走になることになった。


 遅刻をしてしまい、急遽取りやめて彼に無駄な時間を浪費させてしまった。断り切れず、複雑な気持ちでここまで来てしまった。

 すべて私の失態。 

 罪悪感もあった。その上、送ってもらうなど。


「いや、そうじゃなくて……」

 彼は、晴れ間がのぞく空を見やって。

「あの家に帰りたくないんだ。まだ」

 さしていた傘をたたみながら「これは、俺のわがまま」と呟く。

 落ち着ける空間ではないのだろうか。彼にとっての自宅は。

 もしかしたらアルバイトも、お金の為だけではないのかも知れない。


「日曜日は、父さんもいるし。俺が居るとケンカの原因になるんだよ」

 この訴えを、私はどう受け取ればいいのか。今日この日も彼は家に居たくなくて――。それで。


「じゃあ。途中まで……」

 駐輪場の自転車のハンドルは、彼が握ってくれた。

 二人並んで歩き始める。 

 自転車を運ぶ彼に歩調を合わせ、ゆったりと。

 取り留めのない会話。

 雛坂台高校を突っ切り、雛坂まで。


 雨上がりの雛坂は、いつもと違って見えた。赤や青。ねずみ色のカラフルな屋根がモザイク画のように広がり、この街を作り上げている。


 梅雨時期の、わずかな晴れ間。

 視線を空に移せば、地平線は霞がかり高層マンションやビルはまるで、空から逆さまに生えているかのよう。


「自転車で行こう。乗って」

 彼は既にサドルに跨がり、ハンドルを握りしめていた。

「ダメだよ」そう言おうと……。


「誰も居ないから」

 振り向いた彼は悪い顔で、微笑んで――。


 何がそうさせたのか。

 気がつけば、私は後ろに飛び乗っていた。

 私たちを乗せた自転車はカラカラと軽い音を立てて、ゆっくり蛇行しながら降ってゆく。


 鬱屈した毎日。

 ままならない日々。

 自分をひたすらに押し殺し、声にならない叫びがもう喉元まで。


 きっと、彼も私も。


 高校という、逃れられない箱の中に身を置きながら、馴染めずに居るもどかしさ。

 何の武器も持たずに、見えない何かに抗い続けて。

 非常階段のちいさな隙間で、窒息しそうな私たちは、あの場所でいまも必死にもがいている。


 ――いったい、それは誰のせい?


「もっと……」


 声に応じて彼は、ブレーキを緩める。徐々に速度を増しながら。押し寄せるのは、むせ返るほど息苦しい六月の風。


 怖いほどに加速してゆく私たち。

 一瞬で流れゆく景色。

 合わせて高鳴る鼓動。


 限界だったのかも知れない。

 積もり積もった、何もかもが。


「もっと……!」


 彼の肩を握りしめながら、私はマスクを剥ぎ取って。


「もっと、行けえっ!」


 すべてを背後に置きざりにするように。


 呼び名の無い、閉じ込め続けたものを解放するように。


 彼の頭越し。雨上がりの街並みに向かって。私は、心のままに叫んでいた。


 第一章 了

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