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口裂け女が、恋しちゃダメですか?  作者: 閃光HANABI
プロローグ&第一章
10/15

9

「なんだよ、笑うなよ」

 彼の不貞腐れたような態度。

「え……」

 笑ってた――?

 私が?

 気がつかなかった。

「人を馬鹿にして、鼻で笑っただろ」

「ごめんなさい」

 素直に謝る。

 馬鹿にした訳じゃない。

 友達と言い、知人と訂正した。そんな不確かなものを律儀にも言い直す彼の言葉が可笑しかった。

「……鯉のぼり、いいな」

 膝元の手付かずにいたお弁当。

 つられて視線を落とすと、一匹取り残された緋鯉は、隙間だらけのお弁当箱の中を悠々と泳いでいた。

「ありがとう」

 私が作った訳でも無いのに、何故か嬉しくなる。

「愛されてるんだ、母親に」

 ぽつりと、彼は呟く。

 まただ……。

 その表情に影がさした。

 気にはなるものの、その理由は聞けなかった。人にはむやみに、立ち入ってはいけない領分がある。

 ただの興味だろうが、同調だろうが、はたまた善意だろうと。

 正確に真意を言葉にして伝えることは、案外出来ないものだ。

「これは、お母さんじゃなくて――」

 そう言おうとして、言葉に詰まる。

 施設育ちを恥じている訳じゃない。

 自身でもよく分からなかったが、何故か躊躇われた。

 ぽつぽつと地面を叩く雨音が聞こえる。

 彼は次を待っていたが、視線を空に移し「……降り始めたね」とだけ口にした。


 季節は梅雨を迎えて連日、雨模様。

 細い雨は止みそうでいて、なかなか止むことなく降り続ける。

 高校に進学し、マスクを着け始めた私に施設の人たちは何も言わない。少しだけ目を伏せ、悲しい気な顔を見せたこともあったが、それ以上踏み込んで来ないのは、有り難かった。信頼していない訳ではないけど、私の方から一線を引いている。

 傷つけられることの無い生活。それだけで充分だ。


 それから雨だって嫌いじゃない。傘にマスクに化粧(メイク)

 玉ねぎの皮のように重ねられた、私の上っ面は脆いものではあったが、様々なものが混じりあった視線を受けないのは、やはり安心出来る。

 もっとも、玉ねぎのように剥けば(つや)やかな、あの白い肌とは程遠いけど。

 傷の入った廃棄処分品に近いのかも……。

 いけない。こんなことでは戦うことはおろか、三年間を耐え抜くことすら出来ない。

 謙虚は美徳だけど、行き過ぎれば自己肯定感が低くなってしまうのよ、私!

 何かの本で見た受け売りの文句で、自分を叱咤する。


 結局、三組には二名の同じ中学出身者がいた。合計六名。

 疑わしいのは彼を入れて……、七名。

 口紅以降、動きはない。

 彼とは毎日ではなかったが、たびたび顔を突き合わせて昼食をとることが多くなった。

 経過報告と他愛のない雑談。

「手に負えないと思ったら、先生に相談すること」彼は口癖のように繰り返す。

 結果はどうあれ、相談した事実が大事なんだそうだ。


 六月も半ば、正確には六月の十七日。時刻は、六時を過ぎた頃。

 授業を終えて、私はいつもの雛坂へとは逆方向へ向かっていた。

 パタパタと傘を打つ軽い雨音を頭上に聞きながら、いつもならば運動部の掛け声が響くグラウンドを横切る。多少の雨なら構わず練習をしている野球部も、連日続く雨で水溜まりだらけでは、流石に諦めたようだ。


 施設には少し遅くなることを今朝方告げている。事情を知っているからか「気をつけてね」とだけ言われ、送り出してくれた。

 見慣れぬ住宅地の中を進む。

 途中までは、雛坂台高校の生徒も多く見かけたが、ここまで来るとその姿もまばらに見る程度だった。

 交通量の多い大通りへ出ると、正面に大型スーパーが姿を見せた。併設されるように隣には、ファミリーレストラン。


 幼い頃――。

 十一年前の今日。

 私の五歳の誕生日に、両親と共に楽しい時間を過ごした最後の場所……。

 当時の記憶は無いので、殊更に感傷に浸ることはないが、それでもやはり思うところはあって傘を差したまま足を止める。

 六月の小雨のなか。

 窓際のテーブル席で。

 明るい店内に小さな女の子とその両親。

 ――親子三人、幸せそうに笑う幻を見た。

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