第6話:血圧測定、心拍数は限界突破
第6話:血圧測定、心拍数は限界突破
ベッドメイキングの演習が終わっても、一息つく暇はありません。
「これからはデジタルが主流だけど、看護の基本はアナログよ! 全員、水銀血圧計で測定演習を開始しなさい!」
鬼軍曹の号令が実習室に響き渡ります。ペアは先ほどに引き続き、エミさんと僕。
「まずは患者役に同意を得ること。『〇〇さん、血圧を測ってもよろしいでしょうか?』と声をかけて!」
鬼軍曹の指示通り、まずは僕が患者役、エミさんが看護師役を務めることになりました。
……近い。
パイプ椅子に座った僕のすぐ横に、エミさんがしゃがみ込みます。かつての僕なら、これほど顔が近づくのは喧嘩相手と取っ組み合いの乱闘をする時くらいのものでした。
しかし、今は違います。エミさんの甘い香りと、微かに感じる吐息。タカシ補正を差し引いても、彼女は「奇跡の看護師の卵」です。
「……さん、タカシさん? 血圧測りますね。ねえ、聞いてる?」
「え、あ、はい! お願いしますッ!」
僕は脊髄反射で「ピコン!」と気をつけの姿勢をとってしまいました。
「ふふ、そんなに緊張しなくていいよ」
エミさんが楽しそうに笑います。その背後では、サオリさんが「相変わらず怪しいわね……」と言わんばかりのジト目を飛ばしていましたが、今の僕にはそれすら背景の一部です。
エミさんが聴診器を耳に当て、僕の腕にマンシェット(加圧帯)を巻きます。
ゴム球をシュポシュポと握るたびに、僕の腕が締め付けられていく。
(あ、あかん! 心臓が爆発する! 腕じゃなくて心臓を締め付けられてる気分だ!)
「……あれ? 手順、間違えちゃったかな?」
エミさんが首を傾げました。異変に気づいた鬼軍曹がズカズカと寄ってきます。
「どうしたの、エミさん」
「そ、それが……タカシくんの血圧と脈拍が、どっちも200を超えてるんです!」
「ふおおお……! フシュー……!」
僕はのぼせ上がった頭で変な声を漏らしました。
「あら、確かに顔が真っ赤ね。タカシさん、ちょっとそこで寝てなさい」
鬼軍曹の指示で、僕はさっき自分たちで綺麗に整えたばかりのベッドへ横たわりました。
天井の蛍光灯を見上げながら、僕はふと、地元の病院に入院していた頃を思い出していました。あの時、ボロボロだった僕のそばにいてくれた看護師さん。
(……あの時も、こんな風に誰かがそばにいてくれたんだっけ)
「ごめんなさい、もう大丈夫です! 続けましょう!」
僕はババッと起き上がりました。
「エミさんの献身的な看護のおかげで、一瞬で全快しました!」
「あはは、私、横にいただけだよ?」
「いいえ。良い看護はベッドサイドから、ですよ」
かつての担当ナースの受け売りをドヤ顔で披露すると、エミさんは「へぇ、カッコいいこと言うんだね」と感心したように目を細めました。
「じゃあ、今度は私が患者役だね!」
……天国から地獄、いや、さらなる天国への招待状です。
僕が、エミさんの腕に触れて、血圧を測る番。
(腕、ほっそ! 顔、ちっちゃ! ……というか、今まで僕が見てきた人間とは骨の作りからして違うんじゃないか!? 骨がよぉおおお!)
エミさんの華奢な腕に触れた瞬間、僕の理性という名の防波堤が決壊しました。
「……フシュー……」
結局、僕は測定を開始する前に、そのまま糸の切れた人形のようにベッドへ倒れ込みました。
「あれ!? タカシくん! また血圧上がっちゃったの!?」
慌てるエミさんの声を聞きながら、僕の意識は遠のいていくのでした。




