第5話:ピンクの実習着と、不純な動機
第5話:ピンクの実習着と、不純な動機
学校へ行くのがこんなに楽しいなんて、いつ以来でしょうか。
地元の高校時代は、登校するだけで七十人くらいの敵に睨まれていました。喧嘩の火種もバイクの爆音もない神戸の朝は、驚くほど晴れやかです。
僕は今日、初めての実習着に袖を通しました。鏡に映るのは、どこからどう見ても「志高い、清潔感あふれる看護学生」。完璧です。
「おはよー! タカシくん、早いね。今日は朝から実習だもんね」
教室に入ると、エミさんが声をかけてくれました。
「エミ、行くわよ。着替えなきゃ」
案の定、サオリさんが会話をぶった斬り、エミさんを連行していきます。
十分後。更衣室から戻ってきた彼女たちを見て、僕は自分の目が潰れるかと思いました。
淡いピンクの実習着。お人形さんのようなエミさんに、その色はあまりに似合いすぎていました。
(……マブい。マブすぎるぞ、エミさん!)
昔の先輩ヤンキーたちが使っていた言葉の重みを、僕は今、人生で初めて理解しました。あんな言葉、この日のためにあったに違いありません。
実習室へ移動する廊下。エミさんがふと隣に並んで、自然に語りかけてきました。
「そういえばタカシくん。どうして看護師を目指そうと思ったの?」
(キ、キター! 聖母のような問いかけ! でも、本当の理由は、言えない)
僕は一瞬、遠い目をして、用意していた「設定」を繰り出しました。
「……昔、仲の良かった親友が、病気で亡くなって。……その時、何もできなかった自分が、すごく悔しかったんです」
(※注:親友は地元でバイク事故を起こしましたがピンピンしており、今でもバイクを乗り回しています)
「えっ……ごめんね、辛いこと聞いちゃって」
「いえ、いいんです」
エミさんが申し訳なさそうに僕を見つめます。
(よし! 純朴かつ情に厚い男の演出、成功!)
しかし、僕らの後ろを歩くサオリさんの視線は、もはや「ジト目」を通り越して「刺突武器」のような鋭さを帯びていました。見透かされているのか?
実習室に到着すると、そこには整然とベッドが並んでいました。
今日の課題は、看護の基本中の基本「ベッドメイキング」。
幸運なことに、出席番号の関係で僕はエミさんとペアを組むことになりました。
ベッドの左右に分かれ、大きなシーツを広げます。
角の部分を綺麗な三角形に折り、マットレスの下にピシッと入れ込む。
「……見てください、エミさん。これでどうかな?」
「えっ、すごい! タカシくん、意外と器用なんだね!」
エミさんが目を輝かせます。それを見た鬼軍曹(先生)までが、珍しく僕を褒め称えました。
「あら、初めてにしては筋がいいわね」
「一人暮らしですから、家事には慣れてるんです!」
純朴アピールを重ねる僕。実際、アイロンがけや角を揃える作業は、特攻服の身だしなみにうるさかった先輩に叩き込まれた技術ですが、ここでは黙っておきましょう。
実習はさらに熱を帯びます。
「よいしょ、ここをこうして……」
ベッドの向こう側で、エミさんが前屈みになりながらシーツを引っ張りました。
その瞬間、しゃがんでいた僕の目線と同じ高さに、エミさんの実習着の胸元が……!
「……っぶ!!」
僕は危うく鼻血を噴き出すところでした。都会の、しかも実習着の隙間という聖域は、免疫のない元ヤンには刺激が強すぎます。
「ん? どうしたの、タカシくん?」
「あ、い、いえいえ! 何でもないです!」
不思議そうに覗き込むエミさんの背後で、サオリさんのジト目が、僕の脳天に突き刺さったのは言うまでもありません。




