第27話:そして夜の海へ
第27話:そして夜の海へ
弱い。自分はこんなにも弱い人間だったのか。
地元にいた頃は、喧嘩で顔を打たれたことがないのを自慢にしていた。
向かうところ敵なしの無敗を誇っていたはずだった。それなのに、たった二人の女子を前にして、僕は完全に振り回されている。
また一つ、冷酷な自己覚知が脳裏をよぎる。僕は、ひどく弱い。
夏が、すぐそこまで来ていた。汗ばむ教室の片隅で、僕はいつからか、声すら聞かなくなったエミの白いブラウスを目で追っていた。
そんな膠着した空気を破ったのはリサだった。
放課後、彼女と友人たち、サオリ、そして僕の六人で神戸ハーバーランドの「umie」にあるシュラスコ専門店へ行こうという話になったのだ。
「エミちゃんも誘おうよ」とリサが屈託なく言ったとき、僕とサオリは何も言えなかった。
現地に集合し、店に入ると陽気なブラジル人のスタッフたちが大きな肉の塊を手にテーブルを回っていた。
「肉食うぞ!」
リサが叫び、僕たちは赤ワインを注文した。ジューシーな肉が目の前で豪快に切り分けられていく。リサたちはノリ良くそれを平らげていくが、僕の喉は酷く乾いていた。
あの日、僕はエミさんと二人きりで食事をした。あの時も、僕は肉を食べていた。
だ、ダメだ。頭を振っても諦めがつかない。
一度は完全に捨て去り、サオリという劇薬で塗りつぶしたはずなのに、僕はまだエミさんという「太陽」を心のどこかで求めてしまっている。
諦めなくていいのだろうか。いや、僕が彼女の隣に立つ資格などない。しかし、無理に忘れようとすればするほど、自分自身が削り取られていくように苦しい。
いっそ、このまま好きなままでいればいいのか。振り向かなくてもいい。彼女に彼氏がいてもいい。一方的な愛のままで、エミさんにはただ笑っていてほしい。それでいいのだろうか。僕の心の迷いを見透かしたようなリサの提案は、僕にその覚悟を試させているようでもあった。
食事を終え、僕たちは潮の香りが漂う夜の港を歩いた。美しく整備された海沿いのデッキ。煌めく街の灯りと、漆黒の海。
不意に、自分の中のドロドロとした迷いや熱を、すべてリセットしたくなった。
――バシャァン!!
僕は着ていた服のまま、港の冷たい海へとダイブした。
「あ、あのバカ! 飛び込んだ!?」
背後でサオリの悲鳴のような声が上がる。
海水の冷たさが、夏の夜の暑さと、ワインで火照った全身の熱を一瞬で奪い去っていく。
水中で目を開けると、ぼんやりとした光の粒が揺れていた。
ぷはっ、と水面に顔を出す。
まるで、長い悪い夢から覚めたような気分だった。
僕はゆっくりと息を吐き、水面に揺れる夜景を見つめながら心に誓った。
僕はエミさんを、好きなままでいよう。




