第28話:石仮面の吸血鬼と、夏の罪滅ぼし
第28話:石仮面の吸血鬼と、夏の罪滅ぼし
神戸の海に飛び込んだあの夜、自分がどうやってアパートまで帰ったのか、今でもはっきりとは覚えていません。
ただ、その夜を境に、僕の心は不思議なほど凪いでいました。僕はサオリさんと正式にお付き合いを続けながらも、心の中ではずっと、あの太陽のようなエミさんを想い続けていました。
サオリさんといくら唇を重ねても、身体を重ねても、僕の胸の奥にある消えない光は、エミさんだけのものだったのです。
そして、季節は夏休みを迎えました。
僕は久しぶりに、あの超絶な田舎へと帰省することにしました。新幹線に乗る前、僕はサオリさんではなく、エミさんへLIMEを送りました。もちろん、彼女からの返信はありません。
それでも構わないと思えるほど、僕の心は吹っ切れていました。
田舎に戻った僕は、実家で時間を持て余すのが嫌で、友人の実家が営む建設会社でアルバイトをすることにしました。
実は僕、こう見えても建築関係の資格をいくつか持っています。久しぶりにショベルカーのレバーを握り、大きなダンプカーを乗りこなす日々は、荒んだ心を少しだけ忘れさせてくれました。
ある日の夜、地元の悪友から「女の子たちと飲みに行くぞ」と誘われ、僕はホイホイとついていきました。
神戸で培った「純朴な青年」のセリフを吐き、過去の傷を少しだけチラつかせる。愛だ恋だと甘い言葉を囁けば、田舎の女の子たちは驚くほど簡単に僕に心を開いてくれました。そのまま流れるように、アバンチュールな夜を過ごすこともありました。
(こんなにイージーなのに……。どうして僕は、あの太陽のような人を克服できないんだろう)
自分が、若い女の子の生気を吸い上げては虚しさを埋める、漫画に出てくる「石仮面」を被った吸血鬼のように思えてなりませんでした。
お盆の少し前、サオリさんが僕の田舎に遊びにやってきました。
この地域で一番大きな花火大会があるからです。バイト代がたくさん入っていた僕は、彼女にちょっといいご飯をご馳走しました。
エミさんを想いながらサオリさんの隣にいる自分への、せめてもの「罪滅ぼし」のつもりでした。
お祭りの夜。田舎の祭りは血気盛んで、あちこちで小競り合いや喧嘩が始まります。
僕はそんな喧騒をお構いなしに無視し、花火が一番綺麗に見える絶好のポジションを確保しました。
「ちょっとサオリさん、ここで待ってて。飲み物買ってくるから」
ところが、僕がほんの数分、目を離した隙でした。
戻ってくると、場所取りをしていたサオリさんが、いかにも「とっぽい」柄の悪いお兄さんたちに囲まれ、腕を掴まれていました。相手はかなりお酒に酔っているようでした。
「おい……」
僕は笑顔を消し、かつてのトーンで、低く地を這うような声を浴びせました。
「なんだぁー! ガキ!」
一人の男が、僕の胸ぐらに掴みかかってきました。
しかし次の瞬間、別の男が僕の顔を至近距離で見て、みるみるうちに青ざめていったのです。
「えあ……た、タカシくん……!?」
それは一個上のヒサシ先輩の、かつての舎弟たちでした。僕が地元にいた頃、さんざん痛い目に遭わせてきた顔ぶれです。
男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていきましたが、サオリさんはすっかり怯えて震えていました。僕の本当の「地元での悪名」を、肌で感じてしまったのでしょう。
その後に夜空に打ち上がった大輪の花火を、サオリさんはちっとも楽しんでいないように、僕には見えました。




