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『ナイチンゲールは、元ヤンの僕を救わない。』  作者: A古町


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第2話:自己紹介は、命がけ。

第2話:自己紹介は、命がけ。

 入学式が終わったのも束の間。教室という名の戦場では、新入生にとって最初の難関が待ち構えていました。


「それじゃあ、前から順番に自己紹介。はい、立って!」


 教壇で声を張り上げるのは、太い声とガッチリした体格が印象的な中年女性教師。まさに「ナース界の鬼軍曹」といった風情です。


(……来たか、自己紹介)


 僕は自分の席で精神を統一しました。


 目標はただ一つ。「クラスカースト底辺」を装うこと。


 かつての僕を知る奴らが見たら卒倒するでしょうが、今の僕は「趣味は読書マンガだけど、好きな飲み物は牛乳(プロテイン割りだけど)」という設定の純朴少年です。


 タバコ、ダメ。バイク、絶対ダメ。パチンコ、言語道断。ここは洗練された街、神戸。もし「特攻服」なんて単語を口にした瞬間、僕は社会的に抹殺されるでしょう。


「……です! よろしくお願いします!」


 パチパチパチ、と響く乾いた拍手。


 どいつもこいつも、小鳥のように可愛らしく囀っています。しかし、僕の耳には一文字も入ってきません。

 僕の意識は、さっきから斜め前で静かに座っている「太陽」――エミさんに釘付けだったからです。


(エミさんは、どんな声で喋るんだろう。出身は? 好きな食べ物は? ……いや、間違っても「族車とパチンコどっちが好き?」なんて聞いちゃダメだ。あんな光り輝く子が、爆音を鳴らす鉄屑に興味があるわけがない……!)


 そして、ついにその時が来ました。


「次、エミさん」


 彼女がスッと立ち上がりました。背筋が伸びた綺麗な立ち姿。


「エミです! 早くみんなと仲良くなりたいです。よろしくお願いします!」


 鈴を転がすような、透明感のある声。


(く……! 可愛い……!!)


 ボキャブラリーが貧困な僕の脳内では、「可愛い」という単語がゲシュタルト崩壊を起こしていました。


「……タカシさん? タカシさんってば!」


「ほえ……え?」


 エミさんの余韻に浸っていた僕の首筋に、ガシッ! と野太い指が食い込みました。


「ボーッとしてんじゃないわよ! さっさと前に出なさい!」


 鬼軍曹――失礼、先生に首根っこを掴まれ、僕は教室の前に引きずり出されました。


 クラスからドッと笑いが起きます。


 ふと見ると、エミさんも口元を押さえて「クスリ」と笑っているではありませんか。


(あ、これだ……!)


 雷に打たれたような衝撃でした。笑いを取れば、エミさんの笑顔を独占できる。それだけで白飯が何杯でもいける。僕の生存戦略が決まった瞬間でした。


 一方で、エミさんの隣に座るあの子――例の「告げ口女子」だけは、ゴミを見るような目で僕を見ていましたが。


 教壇に立った僕は、すっと背筋を伸ばしました。


 身長175センチ、体重56キロ。ド田舎の喧嘩とバスケで練り上げられた、無駄のない細マッチョな肉体。そして、一度もクリーンヒットを許したことがない、自慢の端正な顔立ち。


「おお……」


 女子たちの間に、小さなどよめきが走りました。


(そうだ、もっと見ろ。僕のルックスは、元ヤン界でもトップクラスなんだからな!)


 ざっとクラスを見渡します。男子は数人。一通りチェックしましたが、僕の「戦闘力」を脅かしそうな奴、あるいはモテそうなライバルは皆無。


 僕は確信しました。この「純朴キャラ」の仮面を被り通し、この「顔面」を武器にすれば、エミさんを落とすことなんて造作もない、と。


「……えー、タカシっす。よろしくお願いしまっす」

「っす、じゃないでしょ!」


 先生のツッコミをスルーしながら、僕は言葉を続けました。


「彼女いない歴18年。好きなタイプは……えーっと、明るい人です」


 チラリ、とエミさんの方を見ます。

 彼女は目を丸くして、それから「ふふふ」と楽しそうに笑ってくれました。


(よっしゃあ! 手応えアリ!)


「はいはい、自分語りはそこまで。次の人!」


「(くっ、鬼軍曹め……。俺のアピールタイムを邪魔しやがって……!)」


 席に戻ろうとしたその時、真っ先に、そして一番大きくパチパチパチ! と拍手を送ってくれたのは、他でもないエミさんでした。


 拍手の音まで可愛いなんて、もはや反則です。


 僕は鼻の下が伸びそうになるのを必死でこらえながら、心の中でガッツポーズを決めました。


 しかし、そんな僕の浮ついた心を見透かすように、例の「お友達」の冷たい視線が突き刺さります。

 僕のナース道、そして恋の道は、思っていたよりもずっと「茨の道」になりそうな予感がしました。

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