第18話:暴走する乙女と、剥がされる仮面
第18話:暴走する乙女と、剥がされる仮面
「ぶ、プハァ!! い、息が……!!」
ようやく唇が離れた瞬間、僕は酸素を求めて激しく喘ぎました。
頭の中はパニック状態で、さっきまで考えていたエミさんのトラウマやバイクの悩みは、一瞬で宇宙の彼方へ吹き飛びました。
「な、なんてことを……!!」
「何が?」
サオリさんは潤んだ瞳で僕を見つめたまま、平然と言い放ちました。
「何って……その、好きでもない僕なんかと、こんなこと……!」
ずっと嫌われていると思っていた。僕を見る目はいつもゴミを見るようだったし、言葉はトゲだらけだったはずです。なのに、彼女はふっと力を抜いて微笑みました。
「嫌い? 誰がそんなこと言った? 私はずっと好きだったよ。入学式で、あなたが猫を被って席に着いた時からずっと……」
「う、ぐ……!」
言葉に詰まる僕を、サオリさんはからかうように見上げました。
「ふふ、もしかしてファーストキス? 好きな人とファーストキスができるなんて、思わないことね。……まあ、私は初めて好きになったあなたが相手だけど」
「えっ!? そ、そうなの? てっきり、遊び慣れてるかと……」
「彼氏なんていたことないわよ。ずっと弓道漬けだったから」
そう言うと、彼女は迷いのない手つきで、そっとブラウスのボタンに手をかけました。
(な、何が始まるんだ!? マズイ、これはマズイ!!)
僕は慌てて彼女の肩を掴み、制止しました。
「待て待て待って!! お互い、まだ何も知らないし、心の準備が……!」
「あら。だったら今から知ればいいじゃない」
サオリさんの暴走は止まりません。弓道で鍛えたその体幹は驚くほどしなやかで、僕の抵抗など、するりと躱されてしまいそうです。
「それに、やっぱり僕はエミさんが……うぶっ!!」
再び重ねられた唇に、言葉を封じられました。
「うるさい! エミ、エミって……! 今、あなたの目の前にいるのは、私でしょ!」
至近距離で見つめるサオリさんの顔は、確かにエミさんに負けず劣らずの美女でした。ですが、僕の心にはまだ「太陽」が沈みきらずに残っています。
「エミには彼氏がいる。とっても優しくて、普通の生活を送っている彼氏が。あなたがその『元ヤン』のままで、彼女に受け入れられると思う? ……私なら、あなたの全部を受け入れられるわ」
サオリさんの瞳が、真っ直ぐに僕の奥底を見透かすように揺れました。
「なら、試しに話して。あなたの過去。本当はどんな高校生活を送ってきたのか。……私は、逃げないから」
僕は息を飲みました。
エミさんの前では、死ぬまで隠し通さなければならないと思っていた泥臭い過去。純朴とはかけ離れた、喧嘩とバイクに明け暮れた自分。その自分を、初めて「受け入れる」と言ってくれたのが、他ならぬ彼女でした。
「……わ、分かった。話すよ。……僕の、本当の姿を」
静まり返ったワンルームで、僕は重い口を開きました。
それは、「純朴なタカシ」という仮面が、初めて剥がれ落ちる瞬間でした。




