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『ナイチンゲールは、元ヤンの僕を救わない。』  作者: A古町


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第11話:密着のトランスファーと、崩れた集中力

第11話:密着のトランスファーと、崩れた集中力


「来週、実技テストを行います!」


 鬼軍曹の号令が、五月晴れの教室に雷鳴のように響きました。


 入学から一ヶ月。看護の基礎技術である『トランスファー(移乗介助)』と『体位変換』の試験です。


「良い看護はベッドサイドから! 安全に移乗を行えてこそ、患者様は看護師を信頼してくださるのです。もし患者様を落としてみなさい……あなたたちの単位も一緒に落ちるものと心得なさい!」


(……良い看護はベッドサイドから、か。確かにその通りだ!)


 タカシは鬼軍曹の言葉を深く噛み締めました。かつての自分を救ってくれたあの場所を思い出し、不純な動機を脇に置いて、プロの卵としての熱い血が騒ぎます。


「放課後、実習室を開放します。練習したい者は使いなさい」


 しかし、練習相手に困るタカシ。ケンちゃんは他クラス。リサたちは既に盛り上がっています。


「ねえ、タカシくん。今日はバイトないから、良かったら一緒に練習していかない?」


 救いの声は、やはりエミさんでした。


(きた! チャンス!)


 と思ったのも束の間、彼女の背後には影のようにサオリさんが張り付いています。


(ちっ、またお前か……!)


 放課後の実習室。あちこちで「重いー!」「腰痛めるわこれ!」と悲鳴が上がる中、僕たちは窓際のベッドを確保しました。


「じゃあ、まずは私から患者役をやるね」


 ベッドに仰臥位(仰向け)で横たわるエミさん。実習着の上でお腹に手を置くその仕草は、図らずも彼女の豊かな胸のラインを強調してしまい、僕の視神経を激しく揺さぶります。


(……僕は、看護師だ。僕は、プロだ……!)


 目に微かな煌めきを宿し、僕は深呼吸しました。

 まずは体位変換。手際よく右側臥位(右向き)へ。背中と膝下にクッションを挟む動きに迷いはありません。


「……どうかな、エミさん?」


「うん! すごく楽だよ、タカシくん上手い!」


「えへへ!」


「なーにが『えへへ』よ。鼻の下伸びてるわよ」


 サオリさんの毒舌が飛んできますが、今の僕は絶好調です。


 続いてはメインイベント、ベッドから車椅子へのトランスファー。


 仰向けから一度体を起こし、端座位(ベッドに腰掛ける姿勢)になってもらいます。


 僕の動きはスムーズで美しく、いつの間にか他のグループまで見学に集まってきました。


「ねえ見て、少女漫画みたい……」


 美男が美女を優しく抱き起こすその姿には、周囲の視線には薔薇の花が見えていたかもしれません。


 いよいよ、車椅子へ。


「では、立ちますよ。腕を僕の肩に回して……せーの、一、二、三!」


 エミさんの体を抱き起こした、その瞬間でした。

 グッと引き寄せた胸元が、僕の胸板と完全に密着。柔らかくて温かな感触が、僕の全集中力を一瞬で蒸発させました。


(……っ!?)


 脳内がホワイトアウト。膝の力が抜け、僕の体はヘロヘロと崩れました。


「キャッ!」


 エミさんは車椅子へお尻からドシンと落ちるように座ってしまいました。


「あー……タカシ、惜しい!」


 リサの声が響きます。エミさんは顔を真っ赤にして驚き、サオリさんは「この不審者が!」と言わんばかりの形相で詰め寄ってきました。


 実技テストまであと一週間。タカシの最大の敵は、技術ではなく、己の煩悩であると思い知らされた放課後でした。

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