第5話 禁域の奥、規格外の存在
禁域の奥は、静かだった。
あまりにも静かすぎて、逆に不自然なほどに。
「……音が、ありませんね」
セレスティアが呟く。
「本来、完全な無音環境は存在しません」
エルドが即座に応じた。
「風、振動、魔力の揺らぎ。何かしらのノイズがあるはずです」
「では、ここは例外なのですね」
「例外、というより――」
エルドは言葉を選ぶ。
「“意図的に消されている”可能性が高いかと」
「なるほど」
セレスティアは納得したように頷いた。
「では、余計なものがない分、確認しやすいですね」
「発想が常に前向きすぎる」
エルドは小さくため息をついた。
リゼットは無言で周囲を警戒している。
視界は曖昧で、距離感が狂うこの空間でも、彼女の動きに迷いはない。
「……来ます」
低く、短く告げる。
次の瞬間。
空間が、歪んだ。
先ほどの“管理者”とは明らかに違う。
もっと濃く、もっと重い“何か”。
それは形を持たなかった。
だが、確かに“そこにある”と認識できる。
圧倒的な存在感。
「……これは」
エルドが言葉を失う。
「反応、増大」
リゼットが一歩前に出る。
「お嬢様、これは――」
「ええ」
セレスティアは静かに頷いた。
その瞳が、わずかに細められる。
これまでとは違う。
ほんの僅かだが、確かな“興味”が宿っていた。
「先ほどの方より、少し強そうですね」
その一言で、空気が張り詰める。
“それ”が、反応した。
「……認識」
声が、直接脳に流れ込む。
「侵入者、確認」
「排除、優先度上昇」
空間が軋む。
見えない圧力が、先ほどよりも強く、より直接的に三人へと向けられる。
だが。
「失礼します」
セレスティアは、やはり一礼した。
その動作に、緊張も恐怖もない。
ただ、礼儀として。
「少し、お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
“それ”は、わずかに沈黙した。
理解できないのか、それとも――
「……許可、不可」
即答だった。
「即時排除、実行」
次の瞬間。
空間そのものが、刃となって襲いかかる。
無数の歪みが、切断の軌跡を描く。
「――危険です」
エルドが叫ぶ。
リゼットはすでに動いていた。
だが。
「大丈夫ですよ」
セレスティアの声は、あまりにも穏やかだった。
そして。
剣が、抜かれる。
その動作は、これまでと何一つ変わらない。
優雅で、無駄がなく、美しい。
ただし。
その一振りが、世界を変える。
「……ん」
軽く、振る。
それだけで。
迫っていたすべての“攻撃”が、消えた。
空間の歪みごと、切り裂かれて。
「……なるほど」
セレスティアは小さく頷く。
「これは、少しだけ強いですね」
「“少し”で済むのですか……」
エルドの呟きは、もはや習慣だった。
“それ”が、初めて揺らぐ。
「……異常」
声に、わずかな乱れが混じる。
「解析不能」
「排除、優先度最大」
空間がさらに歪む。
今度は、より直接的に。
存在そのものを削り取るような圧力。
「お嬢様」
リゼットが前に出る。
「対処可能です」
「ありがとうございます」
セレスティアは微笑む。
「ですが、今回は私が」
一歩、踏み出す。
その瞬間。
空間が、わずかに後退した。
「……?」
エルドが眉をひそめる。
「今、空間が――」
「反応していますね」
セレスティアは興味深そうに周囲を見る。
「もしかして」
剣を、構える。
「あなたが、この場所の中核ですか?」
“それ”は、沈黙した。
否定も肯定もない。
だが。
圧力が、変わる。
より集中し、より鋭く。
「……そういうことですね」
セレスティアは納得したように頷いた。
「では」
その瞳が、わずかに細められる。
「少しだけ、本気で」
剣が、振られる。
それはこれまでより、ほんのわずかに速く。
ほんのわずかに強く。
だが――
結果は、決定的だった。
空間が、割れる。
世界の一部が、音もなく断ち切られる。
“それ”は、抵抗する間もなく。
存在ごと、消えた。
沈黙。
圧力は、完全に消失していた。
「……終わりましたね」
セレスティアは剣を収める。
その動作は、やはり優雅だった。
まるで何も起きていないかのように。
「……今のは」
エルドが、かろうじて声を絞り出す。
「この空間の……中枢に近い存在だったかと」
「そうですか」
セレスティアはあっさりと頷く。
「では、もう少し奥に進めば」
一瞬だけ、言葉を区切る。
その表情に、わずかな期待が浮かぶ。
「本物に会えそうですね」
リゼットは静かに頷いた。
「可能性は高いかと」
エルドは、何も言えなかった。
(このまま進めば、本当に――)
考えることすら、危険な領域。
だが。
三人は止まらない。
セレスティアは歩き出す。
禁域の、さらに深くへ。
その先にあるものを求めて。
――“神”へと続く道を。




