幕間 婚約条件という防壁
アルヴェイン王国において。
第一王女セレスティア・アルヴェインに婚約者がいない理由は、極めて単純だった。
――条件が、満たせない。
それだけの話である。
*
「セレス」
ある日のこと。
王城の一室で、エレノア王妃が楽しげに声をかけた。
「そろそろ、婚約のお話も考えても良い頃ではないかしら?」
「婚約、ですか?」
セレスティアは首をかしげる。
あまり興味がなさそうな反応。
だが、それ自体は問題ではない。
問題は――その先だった。
「ええ」
エレノアは微笑む。
「素敵なお相手がいらっしゃるかもしれないでしょう?」
「なるほど」
セレスティアは、素直に頷いた。
その時。
部屋の隅で、静かに控えていたルクスが、わずかに視線を上げた。
(来たか)
内心で、そう判断する。
想定内。
そして――
対処すべき案件。
「姉上」
自然な動作で一歩前に出る。
「はい?」
「婚約に際して、条件は必要かと」
「条件、ですか?」
「はい」
ルクスは穏やかに微笑む。
その表情には、一切の不自然さがない。
「姉上は王族であり、かつ――」
一瞬だけ、言葉を選ぶ。
「特異な能力をお持ちです」
「そうでしょうか?」
本気で不思議そうだった。
ルクスは一切気にしない。
「ですので」
静かに続ける。
「最低限、姉上より優れた方でなければ、不釣り合いかと」
その言葉は、極めて自然だった。
論理としても、正しい。
誰も反論できない。
ただし。
その“優れている”の定義が、問題だった。
「なるほど」
セレスティアは、素直に頷く。
「では」
一拍。
「私より強いお方、ということですね」
その場の空気が、止まった。
「……そうなります」
ルクスは、迷いなく肯定した。
その瞬間。
すべてが決定した。
「分かりました」
セレスティアは穏やかに微笑む。
「では、その条件でお願いいたします」
あまりにも、あっさりと。
そして。
完全に。
婚約条件が、固定された。
*
「……お前は、何をしている」
レオニード三世は、深く頭を抱えていた。
目の前には、静かに佇む息子。
ルクス・アルヴェイン。
「最適化です」
即答だった。
迷いも、躊躇もない。
「何のだ」
「姉上の環境です」
その答えに、レオニードは言葉を失う。
間違ってはいない。
間違ってはいないが――
「“私より強い者”など、この世界に存在するのか」
「現時点では、確認されておりません」
ルクスは淡々と答える。
「では、どうするつもりだ」
「確認が完了するまで、保留となります」
完璧な論理だった。
そして――
完全な防壁だった。
「……」
レオニードは、ゆっくりと顔を覆う。
理解してしまったからだ。
この条件が、何を意味するのか。
――実質的な、永久保留。
*
「まあ!」
エレノア王妃は、大きく笑った。
「それは素敵ね!」
楽しそうに。
本当に楽しそうに。
「自分より強い人を探すなんて、とても良いことだわ」
完全に肯定だった。
問題視する気配は一切ない。
「そうでしょうか」
セレスティアは、穏やかに微笑む。
「はい」
エレノアは頷く。
「分からないことは、確かめればいいのだから」
その言葉に、セレスティアも頷く。
価値観は、一貫している。
「では」
セレスティアは静かに言う。
「そのようにいたします」
*
そして、現在。
「姉上」
「はい?」
「婚約に関する進展はございません」
ルクスが静かに報告する。
「そうですか」
セレスティアはあっさりと頷く。
「では、問題ありませんね」
「はい」
即答だった。
当然の結論。
条件が満たされていない以上、進展はない。
それだけの話。
(完璧だ)
ルクスは内心で確信する。
この条件がある限り。
姉上が、誰かに“奪われる”ことはない。
論理的に。
完全に。
「では」
セレスティアが立ち上がる。
「次の確認へ参りましょうか」
「はい」
ルクスは深く一礼する。
その動作は、いつも通り完璧で。
そして――
ほんのわずかに、満足げだった。
(これでいい)
姉上は、自由に動く。
自分は、それを支える。
それだけでいい。
それが最適だと、確信している。
――婚約者がいない理由は、単純だ。
条件が、満たせない。
ただ、それだけの話である。




