第17話 出航、海の神へ
港は、騒がしかった。
帆が張られ、縄が引かれ、荷が運ばれる。規則正しく整えられた喧騒は、王都のそれとは違う種類の秩序を持っていた。
潮の匂い。
風の強さ。
揺れる音。
「……変わっていますね」
セレスティアは、静かに周囲を見渡した。
「はい」
エルドが応じる。
「陸とは異なる環境です。規則も、前提も」
「なるほど」
セレスティアは頷く。
「では、斬れないものも違うかもしれませんね」
「そこに結論を持っていくのはやめてください」
反射的に返すが、もはや誰も止めない。
「姉上」
ルクスが一歩前に出る。
「準備はすべて整っております」
その背後には、大型の船が三隻。
護衛、観測、補給――すべてを兼ねた編成。
明らかに“旅”の規模ではない。
「ありがとうございます」
セレスティアは穏やかに微笑む。
「とても助かります」
ルクスの表情が、わずかに緩んだ。
本当に、わずかに。
「航路は三段階で設定しております」
ルクスは淡々と説明を続ける。
「第一に外洋までの安定航行、第二に異常海域への接近、第三に神格存在の観測および接触」
「分かりやすいですね」
セレスティアは素直に頷く。
「では、順に確認していけば良いのですね」
「はい」
ルクスは一礼する。
「最適化済みです」
エルドは、軽く頭を抱えた。
(最適化という言葉が、怖くなってきましたね……)
「お嬢様」
リゼットが低く声をかける。
「周囲、問題なし。出航可能です」
「ありがとうございます」
セレスティアは軽く頷く。
そして。
一歩、踏み出した。
船へと。
その動きに、迷いはない。
躊躇もない。
ただ、次へ進むだけ。
「……本当に行くのですね」
エルドが、小さく呟く。
「はい」
セレスティアは振り返らずに答える。
「まだ確認していませんので」
その一言で、すべてが完結する。
「姉上」
ルクスが最後に声をかける。
「一点だけ」
「はい?」
「海域における神格は、陸とは異なる性質を持つ可能性が高いです」
「なるほど」
セレスティアは頷く。
「では、少し丁寧に確認しましょう」
「……その“丁寧”を、信じるしかありませんね」
エルドがため息をつく。
リゼットは静かに頷く。
そして。
ルクスは、深く一礼した。
「ご武運を」
その言葉は、形式的なものではない。
本心だ。
だが同時に。
(姉上に限って、不運などあり得ない)
そうも思っている。
矛盾はない。
ただの事実認識だ。
「ありがとうございます」
セレスティアは穏やかに微笑む。
そのまま船に乗り込む。
エルド、リゼットも続く。
やがて。
号令がかかる。
「――出航!」
帆が風を受ける。
船が、ゆっくりと動き出す。
水を切り、港を離れ、外海へ。
その動きは、力強く。
そして、確実だった。
「……行きましたか」
ルクスは、岸からその様子を見送る。
表情は変わらない。
だが。
その視線は、まっすぐに船を追っている。
「観測班、準備は」
「完了しております」
「異常発生時は即時報告を」
「は」
淡々と指示を出す。
その声は、いつも通り落ち着いている。
だが。
内心は、別だ。
(海の神)
新たな対象。
新たな確認。
そして――
(姉上が、どう斬るのか)
わずかに、期待が混じる。
それは恐怖ではない。
純粋な興味。
そして確信。
「……問題ない」
小さく呟く。
「姉上は、正しい」
その一言で、すべてが完結する。
船は、進む。
王都を離れ。
秩序の外へ。
未知の領域へ。
――海の神のもとへ。
新たな“確認”が、始まる。




