幕間 ルクス・アルヴェインの認識
――姉上が、退屈している。
その事実を認識した瞬間。
ルクス・アルヴェインの思考は、静かに切り替わった。
感情は動かない。
焦りも、怒りも、表には出ない。
ただ、結論だけが導き出される。
(是正が必要だ)
王城の執務室。
机の上には、各地から集められた報告書が整然と並んでいる。
北方禁域の異常。
空間歪曲の観測。
概念干渉の兆候。
そして――
セレスティア・アルヴェインの行動記録。
すべて、既知の情報だ。
すべて、想定内の範囲にある。
だが。
(退屈)
その一点だけが、問題だった。
世界の均衡がどうなろうと、国家がどう変わろうと。
それ自体は、調整可能だ。
だが。
(姉上に退屈を与える環境)
それは、許容できない。
いや。
存在してはならない。
ルクスは、静かにペンを置いた。
思考を整理する。
前提は明確だ。
――姉上は、常に正しい。
ならば。
その正しさが発揮される環境を整えるのが、自分の役割。
王位継承者としてではない。
ただの――
弟として。
「……報告」
静かに声をかける。
影のように控えていた者が、即座に応じた。
「は」
「海域に関する情報を、最優先で収集しろ」
「神格存在の痕跡、信仰体系、過去の異常記録――すべてだ」
「了解いたしました」
無駄のない返答。
すでに動き出している。
ルクスは立ち上がる。
窓の外を見る。
整えられた王都。
秩序の象徴。
だが。
(これは、姉上にとって“退屈”だ)
ならば。
変えるしかない。
「航路の確保は」
「完了しております」
別の声が応じる。
「大型艦三隻、護衛含め準備済み」
「規模を拡張しろ」
即答だった。
「はい?」
「観測班、分析班、記録班――すべてを同行させる」
一拍。
「姉上の“確認”を、最大効率で支援する」
その言葉に、部下が一瞬だけ言葉を失う。
だが、すぐに理解した。
これは命令ではない。
方針だ。
「……承知いたしました」
ルクスは、わずかに目を細めた。
思考は、さらに先へ進む。
(海の神が、斬れない可能性)
それも想定する。
その場合――
環境を変える。
条件を整える。
必要ならば。
(世界の側を、調整する)
迷いはない。
そのための権力も、手段も、自分は持っている。
「……」
小さく息を吐く。
そして、結論を口にする。
「姉上に退屈を与えることは」
一瞬の沈黙。
「万死に値する」
その声は、静かだった。
だが。
そこに込められた意思は、絶対だった。
感情ではない。
信念でもない。
ただの“前提”。
この世界において、最も優先されるべき条件。
それが。
セレスティア・アルヴェインという存在。
「進めろ」
「は」
すべてが、動き出す。
国家が。
組織が。
人が。
ただ一人のために。
――退屈を、排除するために。
それが当然だと、ルクスは疑わない。
なぜなら。
(姉上が正しい)
その一点に、疑問が存在しないからだ。




