第16話 王都は退屈
王都の朝は、整っていた。
規則正しく開く店、行き交う人々、一定のリズムで鳴る鐘の音。
すべてが予定通りに動いている。
「……」
セレスティアは、その光景を静かに眺めていた。
美しい街。
整備された秩序。
だが。
「退屈、ですね」
ぽつりと、呟く。
エルドが隣で固まった。
「……はい?」
「確認できるものが、少ないので」
セレスティアは首をかしげる。
「斬れないものも、特に見当たりませんし」
「基準がおかしい」
反射的に返す。
だが、その言葉はいつも通り流される。
「お嬢様」
リゼットが静かに声をかける。
「次の対象は、決まっておりますか」
「はい」
即答だった。
迷いは一切ない。
「神様です」
エルドは、ゆっくりと目を閉じた。
(やはり、そうなりますか)
「ですが」
セレスティアは続ける。
「一つだけ、気になることがありまして」
「……何でしょう」
「神様は、一人とは限りませんよね?」
その一言で。
空気が、変わった。
エルドの思考が、一瞬止まる。
リゼットは、わずかに目を細めた。
「……それは」
エルドが言葉を探す。
「一般的には、複数の神格が存在するという説が主流です」
「なるほど」
セレスティアは頷く。
「では」
一拍。
「他の方にも、確認しないといけませんね」
エルドは、何も言えなかった。
論理としては、正しい。
だが、その帰結が――
(止まらない……)
完全に。
目的が、拡張されている。
「姉上」
背後から、落ち着いた声がかかる。
ルクスだった。
「話は聞こえておりました」
いつの間にか、そこにいる。
気配すら感じさせずに。
「そうですか」
セレスティアは振り返る。
「ちょうどよかったです」
「次の目的地について、ですね」
「はい」
ルクスは、わずかに微笑んだ。
その表情には、驚きはない。
むしろ。
予想通りだと、言わんばかりに。
「候補はいくつかございます」
指を軽く鳴らす。
控えていた者が、即座に資料を差し出した。
「海域に存在する神格、死を司る神、異界に属する存在」
淡々と列挙される。
「いずれも、未確認要素が多い対象です」
セレスティアの瞳が、わずかに輝いた。
「素晴らしいですね」
純粋な感想だった。
「では」
資料を一瞥する。
そして。
「海、でしょうか」
一番最初に目についたものを選ぶ。
それだけの理由。
だが。
その一言で。
次の舞台が、決まった。
「承知いたしました」
ルクスは深く一礼する。
「航路の確保、即時実行いたします」
「ありがとうございます」
セレスティアは穏やかに微笑む。
そのやり取りは、あまりにも自然で。
あまりにも迅速だった。
「……本気で行くのですか」
エルドが、かろうじて口を開く。
「はい」
セレスティアは頷く。
「確認できていないので」
「……そうですか」
もはや、止める気はない。
止められない。
それを理解している。
「お嬢様」
リゼットが静かに一礼する。
「準備は整えます」
「お願いします」
三人の動きは、すでに決まっていた。
そして。
それを支える“国家”もまた、動き出す。
「父上には、私から説明いたします」
ルクスが淡々と告げる。
「……説得できるのですか?」
「必要ありません」
即答だった。
「理解されておりますので」
その言葉に、エルドは苦笑する。
(この家族は……)
常識が通用しない。
だが、それで成立している。
「では」
セレスティアが、静かに言う。
「出発しましょうか」
その声は、いつも通り穏やかで。
いつも通り丁寧で。
そして――
世界を動かすには、十分すぎるものだった。
その日。
王都にとっては、ただの一日。
だが。
世界にとっては。
新たな“確認”が始まる日となった。
――次は、海。
そこにいる“神”へ。




