第11話 帰路という名の余波
禁域の外は、静かだった。
あれほど歪んでいた空間は元に戻り、灰色だった景色にもわずかに色が戻っている。
「……戻りましたね」
エルドが小さく呟く。
だが、その声には安堵よりも困惑が混じっていた。
「はい」
セレスティアは素直に頷く。
「とても有意義でした」
「有意義、ですか……」
エルドは遠い目をした。
(神に干渉して帰ってきた旅を、そう表現しますか)
もはや訂正する気もない。
「お嬢様」
リゼットが周囲を確認しながら口を開く。
「追跡反応はありません」
「そうですか」
セレスティアは少しだけ考える。
「では、問題ありませんね」
「問題しかなかった気がしますが」
「そうでしょうか?」
本気で不思議そうだった。
エルドは何も言わなかった。
言っても意味がないと、学習している。
その時だった。
――空気が、揺れる。
「……?」
セレスティアが足を止めた。
「今、何か」
「魔力反応、複数」
リゼットが即座に答える。
「数、増加中」
「方向は」
「前方」
エルドが眉をひそめる。
(禁域の外で、この反応……?)
やがて、それは姿を現した。
人影。
だが、普通の人ではない。
全身を装備で固めた兵士たち。
そして、その中央に――
一人の少年。
「……やはり」
ルクス・アルヴェインは、小さく息を吐いた。
目の前の光景を、静かに受け入れる。
「姉上」
その声は、震えていなかった。
むしろ、確信に満ちている。
セレスティアは、きょとんとした顔で瞬きをした。
「ルクス?」
一歩、前に出る。
その仕草は、普段と変わらない。
「どうしてここに?」
「迎えに参りました」
ルクスは静かに頭を下げる。
その動作は、王族としての礼を保ちながらも。
どこか、個人的な感情が混じっている。
「姉上の行動は、すべて把握しております」
「そうなのですか?」
セレスティアは素直に驚く。
「ええ」
ルクスは顔を上げた。
その瞳は、真っ直ぐに姉を見ている。
「山の消失、禁域の変動、そして――」
一瞬だけ、言葉を区切る。
「神への干渉」
エルドが息を呑んだ。
(そこまで把握している……!?)
リゼットは、静かに状況を観察している。
そして。
セレスティアは。
「なるほど」
あっさりと頷いた。
「では、問題ありませんね」
「問題しかありません」
エルドが即座に否定した。
だが、誰もそれを拾わない。
「姉上」
ルクスは一歩前に出る。
「お怪我は?」
「ありませんよ」
「そうですか」
その瞬間。
ルクスの表情が、わずかに緩んだ。
本当に、わずかに。
「それで」
セレスティアは続ける。
「迎えに来てくださったということは」
「はい」
ルクスは頷く。
「一度、王都にお戻りいただきたく」
その言葉に。
空気が、わずかに変わる。
「……理由を伺っても?」
セレスティアは穏やかに問う。
拒絶ではない。
ただの確認。
「父上よりの要請です」
ルクスは淡々と答える。
「今回の件について、直接お話があると」
セレスティアは少しだけ考えた。
「そうですか」
一拍。
「では、戻りましょうか」
あまりにもあっさりと。
その決断は下された。
エルドが目を見開く。
「よろしいのですか?」
「はい」
セレスティアは微笑む。
「確認はできましたので」
目的は達成している。
それ以上の理由は、必要ない。
「……承知いたしました」
ルクスは深く頭を下げた。
その動作には、明確な敬意が込められている。
姉としてではない。
それ以上の存在として。
「道は確保しております」
ルクスが軽く手を上げると、周囲の兵士たちが即座に動いた。
警戒、配置、誘導。
すべてが無駄なく、迅速に。
「では」
セレスティアは一歩踏み出す。
「参りましょうか」
三人と一人。
その後ろに続く兵士たち。
隊列は自然と整う。
だが。
(この構図は……)
エルドは内心で苦笑した。
護衛ではない。
むしろ――
(監視でもない。ただの“同行”だ)
誰も、この存在を制御できない。
ただ、ついていくしかない。
「姉上」
歩きながら、ルクスが静かに声をかける。
「はい?」
「今回の件で、何か新たに分かったことはございますか」
セレスティアは少しだけ考えた。
そして。
「はい」
穏やかに答える。
「神様は、斬れます」
ルクスは、わずかに目を細めた。
その表情に、驚きはない。
ただ。
深い理解があった。
「……そうですか」
短く頷く。
「それは、非常に重要な情報です」
エルドが頭を抱えた。
(それで済ませるのですか)
だが。
ルクスにとっては、それで十分だった。
(やはり、姉上は正しい)
その確信は、揺るがない。
「では」
ルクスは静かに言う。
「今後の対応を、調整いたします」
その言葉の意味を、正確に理解している者は少ない。
だが。
ひとつだけ、確かなことがある。
――王都は、これから変わる。
セレスティア・アルヴェインという存在に合わせて。
世界がそうであったように。
国家もまた。
歪み始める。




