第10話 条件という名の譲歩
沈黙は、重くなかった。
むしろ、正確だった。
“神”は思考している。
排除か、隔離か、あるいは――
別の選択か。
「……確認」
やがて、声が落ちる。
「あなたは、なぜ私を“斬ろう”とするのですか」
単純な問い。
だが、根源的な確認。
セレスティアは、迷いなく答えた。
「斬れるかどうか、気になりましたので」
一切の淀みがない。
理由として、それ以上でも以下でもない。
エルドは天を仰いだ。
(それで通るのですか……)
「……動機、理解」
“神”の声は、わずかに沈む。
理解したわけではない。
ただ、“そういう存在”だと受け入れた。
「あなたは、世界に対して敵意を持たない」
「はい」
セレスティアは頷く。
「特に困っていませんので」
「……しかし、結果として世界に干渉している」
「そうですね」
あっさりと認める。
「ですが、確認できましたので」
一拍。
「もう少しだけで終わります」
その言葉に。
“神”は、わずかに沈黙した。
それが意味するものを、計算する。
――ここで拒絶した場合。
干渉は継続する。
むしろ、強度が上がる。
――許可した場合。
制御可能な範囲で収束する可能性がある。
結論は、ひとつ。
「……条件付きで許可します」
エルドが目を見開いた。
リゼットはわずかに目を細める。
セレスティアは、穏やかに微笑んだ。
「ありがとうございます」
まるで当然のように受け入れる。
「条件を提示します」
“神”の声が、明確になる。
「干渉は最小限に留めること」
「世界維持機構への致命的損傷を与えないこと」
「確認後、速やかに離脱すること」
「はい」
セレスティアはすべてを受け入れる。
迷いなく。
「問題ありません」
その返答は、あまりにも軽い。
だが。
それを疑う理由は、今の“神”にはなかった。
「では」
セレスティアは剣を構える。
その動作は、これまでと変わらない。
優雅で、無駄がなく、美しい。
ただし。
その意味は、決定的に変わっている。
“許可された干渉”。
「失礼します」
一礼。
そして。
剣が、振られる。
今回は、明確に“抑えられている”。
それでも。
結果は、同じだった。
“何か”が、切れる。
概念の一部。
世界の構造の、ごく一部。
それが、確かに分離される。
「……干渉、確認」
“神”の声が、静かに響く。
「影響範囲、限定的」
「許容範囲内」
その報告は、冷静だった。
だが。
その裏で起きていることは、冷静ではない。
(成立している……)
エルドの思考が、ようやく追いつく。
“神”に対する干渉。
それが、条件付きとはいえ――
成立している。
「……なるほど」
セレスティアは、小さく頷いた。
「少し力を抑えれば、問題ないのですね」
「“問題ない”ではありません」
“神”が即座に否定する。
「許容しているだけです」
「そうですか」
セレスティアは素直に受け入れる。
そして。
「では、もう一度だけ」
剣を構える。
「確認させてください」
エルドは、もう何も言わなかった。
リゼットは、静かにその動きを見守る。
“神”は、沈黙したまま観測を続ける。
――二度目の干渉。
先ほどより、わずかに精密に。
わずかに鋭く。
そして。
より“正確に”。
切れる。
概念の一部が、再び分離される。
「……精度、向上」
“神”の声に、わずかな変化が混じる。
「適応、確認」
「学習している……?」
エルドが呟く。
あり得ない。
だが、目の前で起きている。
「はい」
セレスティアはあっさりと答えた。
「少しコツが分かってきました」
その言葉に。
“神”は、初めて明確な“警戒”を示した。
「……これ以上は推奨しません」
「そうですか」
一瞬の沈黙。
そして。
セレスティアは、剣を収めた。
「では、今回はこのくらいで」
あまりにもあっさりと。
目的を達成したかのように。
「……終了を確認」
“神”が静かに告げる。
その声には、わずかな安堵が混じっていた。
世界の均衡は、まだ保たれている。
完全ではないが。
崩壊はしていない。
「ありがとうございました」
セレスティアは深く一礼する。
「とても参考になりました」
その言葉は、心からのものだった。
だからこそ。
余計に異常だった。
「……ひとつ、確認します」
“神”が最後に問う。
「あなたは、今後も同様の行為を行いますか」
セレスティアは、少しだけ考えた。
「はい」
迷いなく答える。
「気になることがあれば」
エルドが、静かに目を閉じた。
リゼットは、わずかに微笑む。
そして。
“神”は。
「……理解しました」
それ以上、何も言わなかった。
言っても、意味がないと理解したからだ。
「では」
セレスティアは顔を上げる。
「失礼いたします」
三人は、来た道を戻り始める。
その背中を、“神”は見送る。
何もできない。
何もすべきではない。
ただ、理解する。
この存在は。
排除すべき“異常”ではない。
むしろ――
世界の定義を、書き換える“例外”だと。
その日。
世界は、ひとつの事実を受け入れた。
――神は、斬れる。
ただし。
相手が“彼女”であれば、という条件付きで。




