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とある魔物討伐クランの活動記録  作者: 良田めま
第四話 古き聖者の探訪記録
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8. 鳴動

「で、これからどうするのだ? サラ殿」

「えっ? あ、そ、そうね――」


 衝撃から立ち直るのにやや時間がかかってしまったが、いつまでも呆然としていられるほどの暇なご身分ではない。

 サラは膝の震えを叩いて静めると、ざっと辺りを見回した。


 光匣アークの頭部と比喩した、塔の最上部だ。四方はサラの腰くらいの高さの胸壁がぐるりと囲っていて、下へ下りる道はない。

 材質は石。星石だ。アイーダのハルバードに使われているのは星銀という最上級の魔鉱石だが、星石は反対に最下級に位置する。だが星鉄や星銀よりランク下というだけで、その辺の石ころより余っ程価値が高い。魔力を含んでいる――その特性に意味があるのだ。王都では、この石を用いて魔力が低い者でも魔術を使えるようにならないかと、研究が進められている……が、今はそんなことどうでもよく。


「魔力は動力源に過ぎない。結界や光の槍を動かすための装置がどこかにあるはずなのよ」

「それを探すのか?」

「一番ありそうなのはココでしょ?」


 つまり勘か?


「なるべく急いでくれよ。光の槍は飛んでこないとは言え、他の攻撃手段がないとも限らないから」

「分かってるわ。だからあなたも手伝ってほし――」


 その時だった。

 突然、ぐらっと大きく床が揺れ、ゴオォォという地鳴りのような唸り声が上がった。最初は揺れているのは彼女らのいる塔だけかと思ったが、そうではなく、光匣――いや、大穴全体が激しく鳴動していた。


「なにこれ、地震?」


 恐れはあった。けど、何も今じゃなくても……!

 歯噛みしながら壁にしがみつく。

 ガラガラと、大空洞の天井が不吉な音を立てる。一部では支えを失った岩が落下し、魔物の群れを押し潰した。

 ――そうだ。こんなことしてられない!


「サラ殿!?」


 イオリが切羽詰まった声を放つ。こんな非常事態だというのに、サラは胸壁に身を乗り出して下を覗き込もうとしたのだ。


「何をやっている! すぐに避難しなければ――」

「お願い、少しだけ! この下の壁に何か描かれているのよ! 何かヒントになるかもしれないわ」

「そんなのは後回しだろう!」

「いいえ! きっと後なんて来ないわ。直にここは埋まる。その前に少しでも情報を掴むのよ!」


 サラは必死に叫んだ。知的好奇心や探究心などではない、強固な使命感が彼女を突き動かしていた。

 その意志の固さに、思わずイオリは口を噤んだ。馬鹿な、とは思うものの、自らの意志で動く者を彼女はどうしても止められない。たとえ、死や危険が隣り合わせであっても。


「……くそっ」


 イオリは短く毒づき、顕現させた大筒で落ちてきた岩を撃ち抜いた。


 +++


 鳴動が始まってしばらくすると、それまで光匣アークしか見えていなかった魔物が突如人間に牙を向けてきた。まるで洗脳が解けたかのような様変わりに、場は凄まじく混乱した。

 というのも、ただでさえ危険が増しているのに、調査員たちの中で安全な場所へ避難しようとする者と、なおも調査にしがみつこうとする者とに分かれたからだ。

 前者はまだいい。後者を光匣から引き剥がす作業が厄介だった。


「離せ! まだ転写が完了してないんだよ!」

「お願い、あと一分だけ! あと少しで魔力採取が完了するのよ!」

「そ、そんなこと言われても困りますよ……っ」


 最後まで粘り強く残った二人の調査員を、一人の騎士が説得しようとしている。しかしまだ若いのか、相手の鬼気迫る表情に気圧されて完全に腰が引けている。

 そこへ大剣を背負ったジーンが騎士を押しのけ、愚図る二人の首根っこをむんずと掴んだ。


「うおっ」

「へっ?」


 抗議する間も与えず、問答無用で後方へ投げ飛ばす。それを待機していた騎士が捕獲し、ジタバタと暴れる手足を押さえながら連行していった。向かうは比較的安全と思われる崖上だ。


「あ、ありがとうございます、ジーン殿!」

「いや」


 二人に梃子摺っていた若い騎士は、ジーンに尊敬の眼差しを一頻り注ぐと自分の役割を果たしに走った。

 その後姿を見送ると、ジーンは魔物が群がる方向へ歩きはじめる。


 調査員から離れず護衛する騎士と、彼らに魔物を近づけさせないため剣を振るう騎士。合わせて二十名弱は少なすぎる。

 反対に魔物は数百体。多すぎる。

 だが、ジーンとアイーダがいるなら、この危機を乗り越えることも不可能じゃない。

 あくまで全員を守ることを優先し、魔物を引っ掻き回すようなことはしない。昨日今日とやっていたことの延長戦だ。


「おー、おー。こらまた大事だねぇ。どう思うよ、ジーンさん?」

「調査は中止すべきだ」

「んなこた分かるよ。あたしが聞いたのはそうじゃなくてね?」


 ハルバードを一閃し、魔物の列を薙ぎ倒すアイーダ。それに答えるジーンも、嵐のような剣圧で群れを圧倒する。

 崖下では、騎士たちが連携しつつ魔物の相手をしている。極秘任務に駆り出されるだけあって、彼らも実力は高い。雑魚にやられるようなことはないだろう。

 問題は、調査員だ。全てが終わってしまう前に避難が完了すればいいが、サラとイオリがまだ奥にいる。サラ以外の非戦闘員だけでも、先に山から下ろすべきだ。

 アイーダは邪魔な横髪を払いながら、イオリたちのいる最奥に遠い目を向けた。


「なーんか嫌な空気になってきた気がしてね」


 それは戦士としての勘か。それとも生き物の本能なのか。

 ジーンは無言で、襲いくる獣型の魔物を斬り伏せた。相変わらずの無表情は、何を考えているのか全く読み取れない。ただ静かに、刃を研ぎ澄ませていた。


 +++


 サラは落ちないよう左右の胸壁をしっかりと掴み、半ば壁に張りつく勢いで身を乗り出す。

 地鳴りは収まらない。天井も崩落を続けている。魔物も荒れているようだ。守ってくれるイオリがいなければ、今頃落ちてきた岩でぺしゃんこに潰れているかもしれない。迷惑をかけていることは分かっている。それでも退くわけにいかなかった。


光匣アークは左右対称。そしてここが中央。なら、この辺りに印があってもおかしくない。――やっぱりあった、古代文字だ。欠けてない。これなら読める。えっと……この、匣…………。え……?」


 サラの瞳が不安定に揺れる。石に刻まれた文字を凝視したまま、数秒間動けなかった。


「サラ殿ッ!」


 鋭い呼び声に意識が引き戻される。反射的に顔を上げたサラは、その視界に信じられないものを見た。


 光匣の周囲を、黒いものが無数に飛び交っている。その正体には心当たりがあった。魔物だ。疑似迷宮の特性で無限復活していた魔物が、どういうわけか得体の知れない動きをしているのだ。

 コウモリのようにも見えたが、大きさは子供よりも大きい。

 それらは城門付近に集まると、次第にいくつかの形を成していった。

 積み木が少しずつ高くなるように。

 大量の灰が降り積もるように。

 十年、五十年の歳月が、目の前で急速に膨れ上がっていく。


 サラや崖上に避難した研究員、血みどろになって戦っていた騎士たちは、青ざめた顔でそれを見ていた。

 いつの間にか大地の震えは止まっていた。だがしかし、天井が落ちてくる以上の恐怖が、皆の心臓を鷲掴みにしている。

 サラもまた、喉の奥で声を震わせた。


「嘘……こんなことって……」

「ああ、これは私も予想外だ」


 ぺたんと尻餅をついた隣に、イオリが並ぶ。見上げた彼女の顔は、夢かと思うくらい冷静だ。なぜそんなに落ち着いていられるのか。サラには理解できない。


「稀に起こる現象だよ。魔物が非物質界――まああの世みたいなところからこの世に再生する際、周辺の魔力を糧とするのだが、その密度が濃いと最初から強い魔物が生まれやすいらしいのだ。それを魔物学者の間では『大いなる意思』と呼ぶと聞いたことがある」

「大いなる意思? 何の皮肉よ」

「ふふっ、皮肉か。そうかもな。だがしかし、先程の魔物の不可思議な動きは、何らかの意思の下にそうさせられていたように見えないか? 何にしろ、一度にこれだけの数は普通あり得ないがね。擬似迷宮が為せる技なのか……」


 ――こうなることを、マスター殿は予見していたのか。

 その言葉をイオリは胸に飲み込んだ。



 一方で、骨や血肉を纏っていく物体を眺めながら、アイーダとジーンは背中合わせに立ち尽くしていた。

 地を埋め尽くしていた魔物はもうほとんど残っていない。目の前の新たな怪物に全て吸収されつつある。これも一種の自殺と言えるのだろうか。


 魔物は基本的に、体の大きさと魔力の大きさが比例する。そうではない場合もあるが、大きいものが強いという図式は、大体において当て嵌まる。

 なので、見た目の大きさによって大凡の脅威度が計られる。


 クロムとシャムスがサルージュ島で戦ったイビル・メロウは、復活から間もなかったこともあって十年級。

 その上に五十年級、百年級、五百年級と続く。

 十年級はそれほど珍しくない。とは言え、並の戦士では一体でも厳しいだろう。五十年級だと、そこらのクランでは歯が立たない。百年級になると軍が動く。五百年級は絶望だ。人類の手ではどうにもならないため、龍が倒してくれることを祈るしかない。ちなみに、亡都ナスカを滅ぼしたのはこの五百年級ではないかと推察されている。

 そして記録にない千年級は――世界の終末に現れるとされる。


「イヤな予感の正体はこれかー。推定、十年級が十に五十年級が二といったところ? 合わせて二百。マスターはこうなることが分かってたのかな」

「さあな」

「はは、さすがにないか。あの人に未来が読めるとは聞いたことがない」


 もしそんなことが出来たら、今頃神殿にでも祀られていることだろう。本人は絶対そんな柄ではないけれど。


「成形途中に攻撃しても無駄なんだっけ」

「これが始まると何があろうと中断はできない。動き出す前に力を削ぐ目的ならやる意味はあるが、ここは疑似迷宮だからな。どうなるか」

「やってみる?」

「どちらでも」

「じゃあやらない。おーい、そこの騎士さんたちー!」


 アイーダは崖下に留まっている騎士たちに退避を促す。


 魔物のことがなくても、避難は一応した方がいいと考えたのだ。地鳴りがやんだからと言って、無事に済むとは限らないのだし。

 魔物の相手をする立場としても、近くに人はいない方がいい。

 アイーダたちにしてみれば、調査員たちも騎士たちも、言い方は悪いが邪魔という点で変わらなかった。

 それに、彼らの守るべきはアイーダたちじゃない。調査員たちだ。彼らもそれは分かっているだろう。


 とりあえず呼びかけだけすると、アイーダはぐるりと周りを見回した。


「なかなか圧巻だねぇ」


 現れた十年級は岩の巨人、ロック・ゴーレム。岩だらけのこの場には相応しい。五十年級はロック・ゴーレムの後方にいた。頭の位置はロック・ゴーレムよりも低いけれど、その巨体は隠せていない。

 ゴーレムたちは、のそのそと、ゆっくりこちらに近づいてくる。


「よっしゃ、じゃあやるか」


 気合たっぷりに肩を回していると、不意にジーンが横を歩いてアイーダの前に進み出た。

 大剣の切っ先で地面に半円を描くとピタリと止め、両手で柄を握りしめる。

 まるでアイーダを背に庇うような配置。

 その背中を不思議な目で見ていると、落ち着いた声が前方から発せられた。


「アイーダ。俺の傍を離れるなよ」


 きょとん、とアイーダは銀色の後頭部を見つめる。それから、心得たようにニッと口角を吊り上げた。


「分かってるよ、色男」


 ふっと息を吐き出すような掠れた音は、もしかすると笑ったのか。

 珍しいこともあるものだと内心で口笛を吹きながら、アイーダもまた腰を落とす。

 緊張の糸がぷつりと途切れ。

 ジーンの踏み込みが大地を震撼させた。

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