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とある魔物討伐クランの活動記録  作者: 良田めま
第四話 古き聖者の探訪記録
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7. 飛躍

 翌日も快晴だった。

 現場につくと、新たな崩落や土砂崩れなどは起きていなかったので、調査員達は胸を撫で下ろした。皆平然と動いているので忘れがちになるが、一つ間違えば命に関わる危険な現場だ。いつ何時だって気は抜けないのだが、彼女たちは仕事熱心である。


「よかったー! 光匣アークは無事だわ! 埋もれてやいないかと一晩中ヒヤヒヤして眠れなかったのよね」

「ちゃんと寝てくださいよ、班長。倒れたらどうするんですか」

「朝食は食べたから大丈夫よ」

「そういう問題じゃないでしょう……」


 逞しい彼らの後に続いて崖上に立ちながら、アイーダはうげっと半眼になる。今日も光匣に群がる黒いハエどもは元気だった。


「うわぁ。今日もいるよ。うじゃうじゃと」

「本当だ。完璧に囲っているな」

「見事だ」


 何が見事なのかと胡乱げにジーンを振り返るが、彼はじっと動かずに魔物たちを見下ろしている。邪悪な黒山を一掃する算段でもつけているのだろうか。大量の魔物を前にしたら、プチプチ潰したくなる気持ちはよく分かる。

 しかし残念ながら、それは無理な相談だ。いかに彼が優れた殲滅力を有する戦士でも、迷宮の魔物を壊滅させることは不可能なのだ。それを果たすには、迷宮そのものを本当の意味で破壊しなければならない。そんなことができる人間がいたとは、古今東西聞いたことがない。


 そういうわけで、彼らの仕事は今日も調査員たちの護衛と露払いだった。


「アイーダさん、左の敵を退かして! 二つ目の石柱ら辺――ありがと! リコリス行くわよ!」


 駆け出したサラとリコリスの背後で、黒い塊がヌゥっと地面から浮かび上がる――と思った次の瞬間には、塊は形を成す前にイオリの射撃で吹き飛ばされた。

 調査班を中心とした円の中に、一匹たりとも魔物を入れない。それが護衛の際に決めたルールだ。


 ここにいる魔物たちは、基本的には光匣に群がっている。崖上くらい離れていれば人間には興味を示さないが、攻撃された場合は別だった。普通の魔物と同じように襲ってくる。

 アイーダたちはヨルや他の騎士たちと協力しつつ、魔物を屠ることに専念した。

 小粒の魔物は脅威ではない。軽く薙げば、それだけで消し飛ぶ。疑似迷宮の特殊効果で死体はすぐに大地に還るため、血や臓物の生臭さも残らない。


 ただ、体力と精神力が試され続けた。

 三体、五体が同時に飛びかかってくるのは当たり前。背後で守る調査員たちは普通の人間で、たった一撃が致命傷になりかねない。だから、一体たりとも通すわけにはいかない。イオリが崖上から全体を見通してくれているので、滅多なことはないだろうが。

 二、三時間もすると体力と神経を擦り減らした騎士が何名か脱落し、安全な円の中へ運ばれたりもしたが、概ね予定通りに事は運んだ。


「実入りが少ない」


 そんなこんなで午前が終わりに差し掛かろうという時、突然サラがぼそりと零した。さも不満げに。そして、魔物の群れに武器を振るうアイーダへ呼びかける。


「ねえ、〈千年氷柱〉さん。あなたたちの力で、私だけでもあそこに連れて行ってくれないかしら?」

「へあ?」


 アイーダは玉のような汗を飛ばし、そんなこと言うサラを振り返った。近くにいた騎士に持ち場を託して、足早に彼女のもとへ駆け寄る。


「どこだって?」


 依頼主の要望なら、少しくらい無茶だろうが考える必要がある。そして、少しくらいの無茶ならばやり遂げる自信が彼女らにはあった。


「あそこ。光匣の頭部よ」


 頭部。イオリが「頭部のように」と言ったのと全く同じ表現で、城門の真向かいにある胸壁に囲まれた塔の最上部をそう呼ぶ。

 壁の外側からでも見えるくらい大きなそれを、アイーダはハルバードを肩に担いだ格好で眺めた。そこからなぜか視線をもっと上、首を曲げるくらいの上空へ移しながら、


「あっこかー。まあ行けそうかな」

「ほんと!? じゃあお願いできる?」

「いいよいいよ。他の二人も呼ぶけど」

「ええ、頼んだわ!」


 三人を一箇所に集めるということは、防御が手薄になるということでもある。その分ヨルや騎士の負担が大きくなる。

 だが、サラは満面の笑みで許可した。

 それなら……とアイーダは二人を呼ぶ。手短に依頼者の要望を伝えれば、二人とも自分のやることが分かったようで、二つ返事に頷いた。


「ではこっちに来てくれ、サラ殿」

「うん?」


 ホイホイと手招きするイオリに、サラは意味が分からず小首を傾げる。最奥の塔へ行くには、城壁をぐるっと回り込まなければならない。しかし、イオリがいるのは城門の真正面――進行方向とは逆だったのだ。

 戸惑いながらも言われた通りにするサラに、もっと困惑する事態が襲いかかった。


「失礼」

「きゃあ!?」


 可愛らしい悲鳴を上げる。何事かと見ていた調査員や騎士も、ぎょっと目を瞠った。

 イオリがサラを横抱きに抱え上げたのだ。旅続きの賜物か意外にもしっかりした肉付きの背に手を回し、もう片方の手で腿を固定し、地面についた片膝にサラの尻を載せる。まるで王子様に抱かれる姫のような心地に――なるはずもなく。

 周囲が、こんな時に何を? と思ったのも無理はない。

 身を固くして縮こまるサラに心の中で謝りながら、アイーダはジーンにサインを送る。


 ジーンが大剣を大地に突き立てた。サラを抱えたイオリの踵から少し離れたところに、斜めに刃を滑り込ませる。熊が何回蹴ってもビクともしなさそうな岩盤が、溶けたバターみたいに容易く裂かれた段階になって、サラや周囲の人間はハッと我に返った。


「な、何を――!?」

「口を閉じていろ」


 ボコッ――と、泥水が空気を吐くような音がサラの耳に届いた。何らかの圧のようなものが、真下に走ったのを感じる。と同時に、未だ嘗て味わったことのない浮遊感が全身を襲った。


「きっ……」


 反射的に悲鳴を上げかけたが、辛うじて耳に残っていたジーンの忠告が口を噤ませる。

 サラは自分の目が信じられなかった。


 体が浮いている。それも少し跳躍した程度ではなく、鳥が飛ぶような高さだった。

 なぜイオリが平然としていられるのか理解できない。

 サラは思わず下を見て、すぐさま後悔する。

 光匣の城門がはるか真下にあった。

 ここからどうする? どうなる?

 まさか――。


「そんじゃあ一気にふっ飛ばすよ! 舌ぁ噛まないように気をつけな!」


 イオリたちを乗せた岩盤を追いかけて、アイーダがいつの間にか背後に並んでいた。

 嘘でしょ、という言葉を喉の奥に呑み込む。

 アイーダは空中で器用に体を捻り、ハルバードを大きく振りかぶった。横顔から覗くオレンジ色の瞳が鋭く、目標を見据える。


「ふっ――」


 爆発に巻き込まれたかのような衝撃が体に加わる。サラはぎゅっと目を閉じてイオリの胸にしがみついたが、全身がバラバラになりそうな加速に耐えるのが精一杯だった。


 城壁を跨いだ瞬間、言い知れぬ悪寒――敵意――が肌を撫でる。

 刹那、真っ白な光が岩盤を貫いた。岩の塊に大きな穴が空き、その向こうに真っ青な空が覗く。

 必殺の一撃。

 だが、すでに彼女たちの姿はそこにない。敵意を察すると同時に、イオリは瞬間移動のような素早さで光匣アークの胸壁に着地していたのだった。


 とっ、と軽い靴音を立てて、黒いポニーテールを靡かせながら、イオリは城門《来た道》を振り返った。

 彼女を途中まで乗せていた岩盤が砕け散り、パラパラと落下していくところだった。


「上手く行ったな。さすがにここへは光の槍も飛んでこないようだ」


 足から床に降ろされたが、サラはへなへなと座り込んでしまった。足も手も唇も、冬の湖に落ちたようにブルブルと震えている。


 イオリに抱えられ、ジーンに土台ごと放り出され、アイーダに彗星のごとくかっ飛ばされるまでは比較的平気だった。せいぜい顔が真っ青になるくらいで。

 しかしその後、光匣アークの敵意が脳を揺さぶった瞬間、本能が終わりを悟った。

 死ぬのだと思った。いや、今も半分死んでいるのだと思う。片足を棺桶に突っ込んだまま、戻ろうか寝そべろうか迷っている段階だ。


 無茶苦茶だった。

 戦士と呼ばれる者たちに関して、サラはそれほど詳しくない。個人的な護衛として雇っているヨルは、時折人外のような動きを見せる。だが長い鍛錬の軌跡のようなものも垣間見えて、納得の行くレベルだった。人並み外れているけど、人なのだと。


 だが、〈千年氷柱〉からやって来た三人は人並みの度が外れていた。強いということは、単に強敵と戦えるというだけではない。採れる手段が増えるということだ。

 たとえば山のように巨大な生物が行路を塞いでいたとして、普通なら迂回するところだが、彼らは即席のトンネルでも掘って進むのだろう。

 そのことを体で理解したのだった。

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