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狼の生贄 -伊豆高原殺人事件-  作者: 青木 地平
25/32

逮捕

東京地検特捜部

 そのころ霞ヶ関の東京地検特捜部内は言いようのない興奮に包まれていた。ついに村田経産相逮捕の方針が決まったからだ。村田の懐刀である岡村秘書が特捜部による連日の追及の末についに落ち、村田の数々の容疑がほぼ固まったのだ。容疑は現時点では電力関係での立件はとりあえず見送り、昨年5月の衆院国土交通委員会で賄賂と見られる現金を受け取り、業者の依頼(請託)に基づいて質問を行なったことによる受託収賄の容疑と入札の際に談合を取り仕切ったことによる官製談合防止法違反の容疑、また、これらのことに絡んで数々の政治資金収支報告書に記載の無い多額の裏献金を受け取ったことによる政治資金規正法違反のこれら3つの容疑で逮捕することが決まった。

 逮捕の要件としては、逃亡の恐れはないがまだ証拠隠滅の恐れがあった。これについては現時点で証拠と思われるものは全て捜査当局が押収してはいたが、まだ隠れている証拠が村田によって隠滅される恐れがあると特捜部が判断した。さらに隠れた理由として容疑者の自殺を防ぐということもある…。そして、特捜部では村田には余罪も多くあると踏んでいて、身柄を確保してその辺もしっかり調べたかった。余罪追求の中で数々の裏献金が贈収賄に発展する可能性もある…。電力会社によると思われる不透明な資金提供や北海道の地元選挙区での有権者の買収行為による公職選挙法違反の疑いが当面、余罪追求の対象となる。また、警視庁が当たっているインサイダー取引や不法入国の事案も村田の立件を視野に捜査しているが、まだそれに至るには時間を要しそうだということである。いずれにせよ取り調べの中で新たな容疑が固まれば勾留期限や時効などを考慮し適宜村田を再逮捕していく方針だ。


 現在、村田の逮捕状を東京地裁に申請中で逮捕状が出次第、特捜部が村田逮捕に向かうことになっている。場所は都内の某ホテル。村田が強制捜査の開始以来潜伏している場所である。特捜部の捜査員が関係者を取り調べて突き止めた。

 逮捕のことは、マスコミはもちろん検察上層部にも漏らしていない極秘事項である。露見すれば『上』から止めが入るかもしれないからだ。すべては秘密裏に動いていた。


特捜部に東京地裁から村田の逮捕状が届いた!。


それを一目見ようと一斉にその逮捕状の周りに特捜部員達が集まり黒山の人だかりができる。そして、そこから「ウォー」という地鳴りのような叫び声が上がった。


 翌日、東京地検特捜部はついにこの『晴れの日』を迎えるに至った。

午前8時、各捜査員は身なりを整え、威儀を正して整列し隊列を乱すことなく粛々と行進してホテルの中に入った。そして、その列は村田が泊まる部屋の前でピタッと止まり、最前にいる捜査員がドアをノックして中にいる者を呼び出した。その捜査員のもう片方の手には村田の逮捕状がしっかりと握られている。しばらくすると一人の男が出てきた。村田の公設第二秘書、山種やまたねである。

「東京地検特捜部です。村田孝一代議士はいらっしゃいますか?」

「なっ、何だね君達は!?。突然、何の連絡もなく。先生はまだ朝食もとっていないんだよ!」と山種は驚いた様子で声を荒げる。

「とにかく村田さんはここにいらっしゃるんですね?」と山種の言葉を逆手にとり泰然としてその捜査員は尋ねた。

「あ、ああ…」と山種は仕方なく渋々認める。

 すかさずその捜査員の手に握られていた逮捕状がバッと山種の眼前に突き出された。

「えっ!」と言って山種は絶句する。

それに構うことなく「失礼します」と逮捕状を持った捜査員が一言言って部屋に入り、その後に続いて一斉に特捜部の捜査員達がドドッと部屋の中に押し入った。

 その部屋の中ではソファに腰掛けている一人の年配の男が不機嫌そうな厳しい表情で煙草を燻らせていた。

「何の御用かな?。朝っぱらから騒々しい」と男はさらに表情を険しくさせて言った。

「東京地検特捜部です。代議士の村田孝一さんですね?」

「ああ、いかにもそうだが。特捜部だったらこのあいだ任意聴取に応じたじゃないか」と不機嫌な顔に今度はいよいよ怒気がこもる。

 すると、すかさずその捜査員が、持っている逮捕状を村田の眼前に突きつけた!。

「なっ‼︎」村田の呼吸が一瞬止まる。

「村田孝一容疑者、あなたを建設業者への違法な便宜供与並びに受託収賄、及び公正であるべき入札を妨害する不当な談合を取り仕切ったことによる官製談合防止法違反、さらに、多額の政治献金を受け取りながら政治資金収支報告書への記載を怠ったいわゆる無記載の罪による政治資金規正法違反、これらの容疑によりあなたを今ここで逮捕いたします!。ついては霞ヶ関の東京地検まで我々と御同行願います!」とその捜査員は村田を前に高らかに宣告した。

 しかし村田は「な、何だと!?。証拠はあるのか、証拠は」とショックを受けながらも必死に食い下がる。

「あなたの公設第一秘書だった岡村重義と列島建設の第一営業部長・高橋直樹らがすべてを話しました」とその捜査員は村田を見下ろしながら硬い声で告げた。

 村田は、その言葉を聞いて観念したようにガクッと肩を落とし、

「な、なに!?、岡村と高橋が…。そ、そうか、いい、分かった…。今ここで何を言っても無駄だろう。ちょっと準備をするから少し待っていてくれないか」と言った。

「分かりました。では10分以内でお願いできますか?」

「ああ、分かった」

「せ、先生、お食事は?」と山種が慌てて言い寄る。

「いや、いい…。もっともこんな時に飯が喉を通るもんじゃないよ。それより弁護士の山内先生に連絡して私が逮捕されたことを伝え、すぐに東京地検に来てもらうように言うんだ」

「あ、はい、分かりました」


 約束の10分が経ち、いよいよ村田が東京地検に向かう時がきた。ホテルから外に出ると、カメラフラッシュの集中砲火が待っていた。いち早く逮捕の報を聞きつけたマスコミ関係者が幾重にもホテルの玄関を取り巻いている。村田が姿を現すと一斉にバシャ、バシャ、バシャとカメラのシャッター音がこだまし、フラッシュの光が容赦なく村田の頬を射抜くように照りつける。その後村田は記者やカメラマン達にもみくちゃにされながら特捜部が用意した車にやっとの思いで乗り込んだ。その間、村田は終始無言で無表情を貫いた。


 東京地検に着いた村田は短い休憩の後すぐに担当検事に引き合わされ、事情聴取が開始された。検事と容疑者にとってはここから長い長い格闘の日々が始まる。担当検事には上川が抜擢された。

逮捕後、村田は弁護士の山内と接見したが山内は高まる世論の批判もあり情勢は村田にとってかなり厳しいものであると説明した。それでも検察側が裁判所に出す村田の勾留請求、これを取り下げる要求などやれることは全てやると約束する。しかし…、後にそれらはすべて却下された。

村田の事情聴取が連日に亙って行なわれた。だが、事件解明には程遠く全く埒が明かなかった。村田は容疑を完全に否認し、「してない。知らない。記憶にない」を繰り返す。それは余罪の追及においても同様であった。

 

総理官邸(村田逮捕直後)

「大変です!、村田前経産大臣が先程、特捜部に逮捕されました!」と言いながら杉山官房長官が総理執務室に慌てて駆け込んできた。

「くそっ、やられたか」と言って総理の宮坂がほぞを噛む。

「残念ではありますが、ここは次善の策として講じていた通り村田さんには潔く議員を辞めていただいて代わりに息子さんに立ってもらうということで…」と杉山が言った。

「ああ、それしかあるまい。椎名さんを村田のもとに向かわせるのが少し遅かったか…。まあいい、今となっては一つ手間が省けたと思えばな。それで、その話を村田のもとに持っていってもらうのも椎名さんにお願いしようと思う。おそらく村田は程なく逮捕容疑で起訴されるだろう。そうなれば身柄は小菅にある東京拘置所に移される。椎名さんに行ってもらうのはその時だ」

「分かりました。椎名さんには私から連絡しておきます。ただ、裁判所が弁護士以外の接見を禁止したらいかがいたしましょう?」と杉山は尋ねた。

「うん?。であれば、そうならないよう密かに働きかけておくんだ。まあ、適当に理由を色々付ければ何とかなるだろう。というより何とかしてくれ」

「はっ、分かりました。ではすぐに手はずを」と、そう言って杉山は席を立った。


有楽町・某レストラン

 村田逮捕のその夜、上川敦と倉橋真理子は有楽町にあるレストランで会い、ささやかな祝杯をあげた。

「今のところはうまくいってるわね。まずはおめでとう」と真理子が祝いの言葉を述べる。

「ああ、ありがとう。これも協力してくれた君を始めとしたみんなのおかげだよ」

「ええ、本当みんな頑張ったわ」

「そうだな。ところで共同戦線のみんなはどうしているだろ?」

「うん…、児玉さんと丸山さんは大変なことになっているみたいよ。静岡日報の田嶋さんにこの前会ったんだけど、新聞へのリークの『罪』で捜査から外されたって…。何でも警察署内の倉庫整理の毎日だって言ってたわ」と真理子はうつむき加減で話す。

「そりゃ、気の毒だな。早く何とかしてあげたいけど…、当の村田がそう簡単に落ちそうにないんだよな…」と上川は弱音とも言える言葉を吐いた。

その姿を見て「まったく!、そこを何とかするのが特捜部の検事でしょ‼︎」と真理子は弱気な上川を一括する。

「はい、おっしゃる通りです。何とかするよう頑張ります」と上川は言って肩をすくめて小さくなった…。


中国公安省

「村田孝一が逮捕されました!」と王次官の側近が興奮しながら言った。

「な、何だと!?。よ、容疑は何だ?」と王次官が驚いて尋ねる。

「主な容疑は談合を取り仕切り、政治献金を密かに多くもらいすぎたことのようです」

「まあ、体のいい収賄か?」

「まあ、そんなところですかね」

「うん…。だが、これで我々も捜査がしやすくなったんじゃないか?」

「と言いますと?」

「つまりだ、陳麗華はこれまで村田孝一という日本政府要人の庇護のもとにあった。だから日本政府も村田をおもんぱかって麗華を守ろうと我々の捜査への協力依頼に消極的だった。しかし、その村田が堕ち、政府の要人でも何でもないただの容疑者になってしまえば日本政府も村田を、ひいては陳麗華も守る必要がなくなるというわけだ」

「なるほど」

そこへ駆け込むようにして別の係官が入ってきた。

「大変です!。次官、陳麗華は殺されているかもしれません‼︎」

「な、何だと!?」と大声で言って王次官は腰を抜かさんばかりに仰天する。

「我が省から派遣されていた駐日大使館員の話によると、日本の新聞の記事に伊豆高原殺人事件で殺された女性は警察発表の者ではなく、陳麗華の可能性があると報じているとのことです」

「どういうことだ?。伊豆高原殺人事件とは何なんだ?」

「その新聞によりますと、伊豆高原殺人事件とは伊豆半島東部に当たる伊東市内の伊豆高原という場所で元アパレル会社社長の水谷一郎氏と当初は身元不明だった女性の遺体が見つかった事件であるとのことです。二人とも鋭利な刃物で頸部を切られていまして、それが致命傷だったということです。そして死後に灯油をかけられ焼かれてもいます。身元を分からなくするためだと思われます。

 そして、その殺された水谷氏は今回逮捕された村田孝一と大学が一緒でしかも同じクラブに所属していたとのことです。その仲から濃淡はありますが、水谷が殺されるまでずっと関係が続いていたようです。水谷は村田の熱心な支援者だったといいます。そして陳麗華は日本にいる間、『水嶋麗子』という偽名を名乗り村田の私設秘書をしていたということです。その水嶋麗子こと陳麗華が伊豆高原で水谷と一緒に殺されたらしいというのです」

「うん…、秘書の件は知っている。う~ん。よくは分からんが、その水谷と陳麗華が一緒に殺されたということは…、陳麗華は村田から水谷を紹介されて水谷と知り合った。こういうことか?」

「詳しいことはまだ分かりませんが自然に考えれば仰る通りだと思います」

「う~む、ここは思案のしどころだ…。陳麗華は中国にとっては憎っくき国賊だが、対外的にはれっきとした中国公民(国民)でもある。その中国公民が外国、殊にかつての交戦国である日本で理由もよく分からず無残に殺されたとあっては同国に対する複雑な国民感情もあり看過できぬ…」

「はい、仰る通りです」

「うん、今後の公式な中日関係(日中関係)の火種にもなりかねん重大事だ。このことは明日にでも主席にご報告しよう」


 翌日、「主席に会ってきた」と王次官は言った。

「で、主席はなんと?」と側近の一人は勢い込んで尋ねる。

「『徹底捜査により、陳麗華容疑者に関する事件について、特に彼女が殺害されているかもしれないと目される伊豆高原での事件の真相を徹底解明するよう公式に強く日本政府に要請せよ!』ということであった。よし、すぐに外務省に伝えて日本大使を呼び出し、公式な外交ルートを通じて当該事件の捜査を強力に進ませ、真相を徹底解明するよう強く日本政府に要請するんだ。すぐに手続きをとれ!」

「はっ、かしこまりました!」


総理官邸

「中国政府から先ほど外交ルートを通じて正式に陳麗華に関する事件を徹底捜査するよう要請が参りました。その際、彼女が殺害されていると思われる伊豆高原殺人事件にも触れておりまして、この事件についても徹底捜査が尽くされるよう要請が来ています」と杉山官房長官が困惑した表情で言った。

「う~む、中国側もここにきて色々嗅ぎつき始めたか…。ここの舵取り次第で政権の命運が左右する。もうこうなったらいよいよ村田には協力してもらわなくてはならんな。もっともそれはこちらに火の粉が飛んで来ないよう上手く立ち回ってもらうというのが大前提なんだが…。それで村田とはすぐに接見できるのか?」と宮坂総理も厳しい顔つきで言う。

「はい、検察と裁判所に働きかけて政府要人や国会議員とは接見できるようにしておきました。ただ、接見時に例のことが話せる雰囲気かどうか…」

「そんなことを言ってる場合か!。政権の命運がかかっているんだぞ。接見には予定通り椎名元財務大臣に行ってもらう。秘書である村田の息子も連れてな。ただ人の情において忍びない。息子は外で待たせておけ。いざという時にだけ使うんだ。使い方は椎名さんに任せる」

「分かりました。お伝えしておきます」


東京拘置所

 村田は容疑を否認し続けていたが証拠が固まったとされたことから逮捕容疑で起訴され、葛飾区小菅にある東京拘置所に収監されていた。そこへ椎名が村田との接見に訪れた。村田はジャージ姿で目が窪み憔悴しきった様子で現れた…。

「村田さん、お久しぶりです。こんなお姿で…、ご心痛お察し申し上げます」

「いや、面目ない…。全ては私の不徳のいたすところです…」と村田は蚊の鳴くような小さな声で言った。

「申し訳ありませんが、時間があまりないので手短に要点だけをお話しいたします。今日、私がお話しすることは官邸の意向だと思っていただいて結構です。そのつもりでお聞きください」

「分かりました」

「まず初めに、例の伊豆高原での事件についてですが、特にあなたが一時期秘書にされていた陳麗華について、これについては捜査当局に正直にお話ししていただきたいのです。もちろんこれには理由がありまして、あなたもご存知かとは思いますが、陳麗華は中国国内で不正を働いた向こうでは有名な指名手配犯です。また我が国にとっては不法入国者であり、不法滞在者でした。中国当局もこれらのことを把握していて、彼女について日本政府に徹底捜査を要求してきています。また中国側は伊豆高原で殺された女性が陳麗華ではないかということまで嗅ぎつけていまして、この伊豆高原殺人事件についても徹底捜査を求めています。この事態を受け日本政府はこれまでの方針を転換し、伊豆高原殺人事件の解決を図ることを余儀なくされました。陳麗華について供述することはあなたにとっては不都合なことかもしれませんが、どうか日本を助けると思って承諾していただきたい。

 その代わりと言ってはなんですが…、あなたの息子さんの孝太君の将来は私が保証いたします。残念ですがあなたの政治生命はこれで一旦は途絶えてしまうかもしれない。しかし、あなたには孝太君という立派な後継者がいる。幸い私の秘書になってくれてもいます。党、そして官邸の方針では、あなたが議員辞職した後の補欠選挙に孝太君を立候補させる方向で話が進んでいます。党の公認を得られるかどうかはまだ何とも言えませんが、少なくとも民友党からは対立候補は出しません。あなたが長年育ててきた後援会もきっと孝太君を応援してくれるはずです。そして首尾よく選挙に勝った暁には孝太君を民友党に入党させることをお約束いたします。これは宮坂総理のお考えでもあります。

 もちろん、事前の党の公認についても私もできる限り尽力いたします。少なくとも応援演説はさせていただくつもりです!」

「し、椎名さん、あ、ありがとうございます!。そうですかそこまで、そこまで考えてくださっていたなんて…、なんと、なんとお礼を言っていいか感謝の言葉もございません。ど、どうか、どうか孝太のこと末永くよろしくお願いいたします」と村田は涙にむせびながらやっと聞き取れる声で言葉を発した。

「ええ、ええ、お任せください」

村田はひとしきり泣いた後、手で涙を拭い「お話しの御主旨はよく分かりました。これ以上の御恩はございません。私、村田孝一は身命を賭してその厚恩に報いるべく諸先生方の期待に応えられるよう行動してまいる所存です。日本国とそれを支える民友党のために。喜んで…」と今度ははっきりと聞き取れる声で言った。

「おう!、それでは陳麗華のこと捜査当局にお話しいただけますか?」

「はい、お話しいたします!。正直に!」

「そうですか!、よくぞ、よくぞ言ってくださいました。それでこそ村田さんだ。た、ただ、お話しいただくのは基本的に陳麗華のことだけで結構です。先程は正直にと申しましたが、ある程度、最低限度のことでいいのです。要は捜査の首が小林園の方に向かえばよいのですから…。あとの余計なこと、特に暴力団との直接的な関係はくれぐれもお話しにならぬように。それ以外にもいろいろと余計なことを喋って政権に累が及ぶようなことがあれば孝太君の将来もどうなるか分からなくなってしまいますので…」

「あっ、はい、そこはもう重々承知しているつもりです。その辺は自分、色々修羅場をかいくぐってきましたのでそれなりにうまくやる自信はあります。なのでどうかご安心ください」

「そうですか、それを聞いて安堵いたしました。とにかく私たちは常に村田さんを案じ、そして応援しています。そのことだけはどうかくれぐれもお忘れなきように」

「分かりました。あ、ありがとうございます。本当に…、本当にありがとうございます」と言って村田はまた涙にむせび、そして最後にはこうべを深く垂れた。


総理官邸

 椎名はその後、報告のために総理官邸を訪れた。

「椎名さんどうでしたか?。村田さんのご様子は…」と官房長官の杉山が尋ねる。

「ええ、なんとかという感じです。とにかくこちらの話をありがたく聞いてくれていました。『ありがとうございます。御恩に報いるため、諸先生方の期待に応えられるよう行動してまいります』とおっしゃっていました。それこそ嬉し涙を流しながら…」

「そうですか、それはよかった。これで私たちも救われる」と言って総理の宮坂は胸をなでおろす。そして「ちょっと失礼、トイレへ」と言って立ち上がった。

 そして「あっ、私も」と言って側にいた総理補佐官の山崎も宮坂の後をついていく。廊下に出て山崎はそっと宮坂に寄り添い耳打ちした。

「いいんですか?。村田さんにそんなに肩入れしてしまって」と山崎が囁く。

「いや、これも保身の一つだよ。実際ここで村田を切って、下手に敵に回られてみろ、いらんことベラベラ喋られてそれこそ政権がもたなくなる」

「なるほど」

「まっ、生かさず殺さずというところか…」と宮坂は言って薄ら笑う。

 二人はトイレで用を足し、再び総理執務室に戻ってきた。

「よし、とにかくこれからは伊豆高原殺人事件の本格捜査開始だ。警察庁にその旨を伝えるんだ。まったくあんな事件が起きるからこっちが苦労する。うん、それで肝心の犯人逮捕は大丈夫なのか?。ある程度の目星は付いているんだろうな?」と宮坂が言った。

「はい、そちらはもう。おそらくは村田さんの言っていた通り小林園社長の小林玄太郎で間違いないかと…。たとえそうでなくても、少なくとも犯人は彼に近いというか、とにかく彼と意を通じた小林園の上層部かと思われます。そもそもこの事件は村田さんの友人の水谷氏が小林園に入社し、村田さんがけしかけて水谷氏を小林園の社長に据えようとしたことから端を発するものだと思われます。もしこのことが事実ならば、当然、現社長の小林玄太郎はいい顔をしない。モンスターと言われる村田さんが敵に回ったとなれば、彼の抱いた恐怖心、危機感は相当なものだったと思います。それでこの殺人事件が起きたと言われれば多くの人が納得するとは思います」と杉山が答えた。

「うん、村田が水谷を社長就任に向けけしかけたというのは彼自身も認めていることだしな。で、陳麗華はどういう立場だったんだ?。これも村田が以前言っていた通りでいいのか?」

「ええ、これもその通りなのだと思います。やはり彼女は殺された水谷のサポート役だったのでしょう。ネットトレードでカネも作れますし、容姿も端麗だったということですから女の武器としても使うことができたでしょう」

「うん…。まっ、いずれにしてもその女も玄太郎からしてみれば邪魔な存在であったことは確かだな?」

「ええ」

「捜査の管轄は…、え~と、静岡県警だったな。今までは村田の意向で捜査を止めてきたが、これからはもうそんなことはしなくていい!。ここは早急に犯人を逮捕し、この事件を解決するために全力を挙げるよう伝えるんだ」

「はっ!、では警察庁を通じてそのように」

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