中国
数ヶ月前、中国公安省
「陳麗華の行方はどうなっている?」と、公安省の実質的トップ、王盛栄次官が側近に尋ねた。
「はっ、日本に入国したことは間違いありませんが、その先がようとして…。日本政府にも陳容疑者の捜査を依頼しておりますが、先方は『自国に入国した事実が確認できない』という一点張りで…、とにかく日本政府はこの件について非常に非協力的です」
「まったく…。それで今の状況は?」
「はっ、現在、捜査は陳麗華を日本に誘導したブローカーを中心に行なっておりまして、それで、そこからの情報によりますと奴は日本の暴力団を受け手として日本に密入国したとのことです。そして、その暴力団の事務所が上海にもあり、現在そちらにも捜査員を派遣し強制捜査に当たっているところであります」
「そうか。まったくあいつは、陳麗華は中国の魔女だ。数々の汚職官僚に取り入り、不正蓄財で私服を肥やした。そして、その得たカネで株価操縦を繰り返し中国の株式市場を混乱に陥れた。その罪は海よりも深い…。あいつの息のかかった仕手筋が中国内外で暗躍していると聞く。中国の株式市場は中国経済のアキレス腱だ。折りしも我が国経済の減速傾向が鮮明になろうとしている時だ…。そこの混乱は絶対に、そう絶対に許されん!。年初に株価が暴落したがそれも奴の仕業だという噂が絶えない。くそ、いまいましい‼︎。よいか、なんとしてでも、そうだ、なんとしてでもあの女狐をひっとらえ我が裁きの場に引きずり出すのだ!。断じて逃してはならんぞ!!」
「はっ、かしこまりました‼︎」
そこへ別の係官が慌てた様子で駆け込んできた。
「次官、とんでもないことが分かりました!。上海の暴力団事務所にガサ入れした捜査員らによると、陳麗華は日本に渡った後しばらくはネットトレーダーとして、その暴力団の資金獲得に手を貸していましたが、その後、日本の与党・民友党の大物議員で現在、経済産業大臣を務めている村田孝一の秘書になったという情報が入りました」
「はっ⁉︎。なんだって!。どういうことだ!?」
「なんでも取り調べた暴力団員の話によれば、その暴力団の組長と村田大臣とは以前から昵懇の間柄でその組長が村田に陳麗華を紹介したとのことです」
「秘書としてか?」
「いえ、最初はそうではなく単純にネットトレーダーとしてだそうです。それから危ない橋を渡ってでもきわどい駆け引きができるというそんな能力を見込まれ、村田の秘書に抜擢されたそうです」
「ふ~ん。ネットトレーダーとして紹介か…。ということは村田はカネがいるのか?」
「はい、日本の政治家はカネがなければやっていけないそうです。カネの多寡がその政治家の大きさを表す尺度になっているところがあります。非常に端的に言えば票を買うためにカネがいるというところでしょうか」
「ふ〜ん、そういうことか…。まあ、どの世界でもカネがあるに越したことはないだろうからな。それで村田は陳麗華が密入国者で中国での指名手配犯だということは知っているのか?」
「はい、おそらくは知っているものと思われます」
「ふん…。そんな危険人物をいくら優れた能力があるからといって側に置いておく理由は何かな?」
「まあ、陳麗華に女としての魅力があったからということでしょうか…」と言い、その係官は思わず苦笑いして下を向いた。
「うん、だろうな…。まあ、愛人にとまでは思わなくてもだ、とにかく陳麗華に魅力を感じたから側に置いた」
「ええ、それは間違いないと思います」
「うん、それで、そもそも何で暴力団と政治家につながりがあるんだ?」
「はい、村田大臣の実家は代々建設業を生業としておりまして、土地買収やそれに伴う立ち退き、工事に伴う苦情・要望対策などの様々なことでこの村田一族はこれまで暴力団の力を利用してきたということです。それに対する見返りは村田が中央で発揮した政治力で引っ張ってきた公共工事に下請けとして暴力団傘下の企業をつけてやっているということです。もっとも村田はもっぱら中央政界での工事の予算を獲得することに専念し、工事の各業者への振り分けなどの、主として地元での実務はほとんどが実弟が担っていたようですが」
「うん?、地元?」
「あっ、失礼いたしました。地元とは村田一族の故郷のことで、この場合は北海道の東部に当たります。村田孝一の選挙区もここで、この地域に重点的に公共工事を名目とした税金という名の資金を投下することで家業は潤い、また周辺の関連業者もおこぼれに預かれ、結果として村田孝一の支持率が高まるというわけです」
「ふ~ん、うまくできているんだな。ところでこの村田の選挙区にはライバルはいないのか?」
「ええ…、今ははっきり言っていないというのが実情です。日本の選挙制度は小選挙区比例代表並立制というもので国会議員は選挙区と比例区の議員に分かれます。選挙区の方は一選挙区につき一人しか当選者が出ない仕組みです。ですからその選挙区で財務省から予算を持ってこれるといったような『強い』議員がおりますと、その者が連続して何度も当選する傾向が強く、よってそうした所は対立候補が育ちにくい土壌があるのかと思います。
そして、中央政界で力を発揮して予算を持ってこれる、つまり予算編成の権限を持つ財務省の官僚とやりあって利益誘導ができる『有能』な議員は実質的に与党である民友党の議員しかおりません。そこが民友党の強みかとも思います。民友党と同じく保守系で自由主義経済を標榜している政党は他にも幾つかありますが、どれも野党でしかも粒が小さくとても財務省の官僚とやりあえるような政治力を持つ政党がないのが実状です。かつては一時期、脱官僚・政治家主導を掲げて政権を獲った政党もありましたが、現実にはとても官僚には太刀打ちできず、わずか3年余りで退陣に追い込まれています」
「ふ〜ん、では民友党は利益誘導のプロ集団というわけか?」
「ええ。まあ、民友党も政治とカネの問題などいろいろポカはありますが、予算の獲得という点では他の党よりは一歩抜きんでているところがあります。経済界の支持も一番高いですし」
「うん…。それで、村田の選挙区では他にどんな候補者が出ているんだ?」
「ここ何回かは左翼政党の革新党からしか対立候補は出ていません。先程の繰り返しになりますが日本は小選挙区比例代表並立制で一選挙区では一人しか当選できません。産業がそれほど発達していない地方では、中央の政治家が持ってくる予算が命綱になっている所が少なくありません。よって、そういう所では往々にして利益誘導型の政治家に人気が出ます。ですから与党以外の野党は負けを見越して地方ではあまり候補者を出さないのだと思います。出すとすれば比例区ですね」
「では、革新党は例外だと?」
「まあ、そう言えますが、革新党も当選できるのは都市部も含めて選挙区では稀で殊に地方では比例区以外はまず議席を取れていません。もっとも、比例区でもやはり地方では苦戦していて、議席を取れないこともしばしばですが」
「そうなのか、まあ革新党もご苦労なこったな」と王次官はそう言って笑った。
「ただ、その革新党も最近では野党共闘を模索し、これまでのように全選挙区に候補者を出すといった無謀な戦術は控えつつあります。次回の衆院選で採用するかは相手もあることなのでまだ定かではありませんが、前の参院選では一定の効果をあげています」
「ほう、ではその共闘がうまくいけば村田を落選に追い込めるかもしれないと?」
「いや~、それはどうでしょう。現実問題としてそれはなかなか難しいと思います。現時点では野党が束になってもかなわないというのが大方の見方です。村田の選挙区には分厚い保守層が横たわっていて、しかも何らかの形で村田が中央から持ってくる利権の恩恵を受けている者がほとんどです。その者達が今ここで村田を落選させてその利権を失うのを覚悟するというのはちょっと考えられない感じですからね」
「うん…、そうか。ところで村田は何回当選しているんだ?」
「はい、彼のホームページによりますと、連続当選7回となっています。その前も父親と祖父が議員をしております」
「いわゆる世襲議員という奴だな?」
「ええ、そうです」
「うん…、まあ村田孝一という男のことはだいたい分かった。とにかく奴の政治基盤は強固なようだ。よし、とりあえずここは村田の情報をなるべく多く集めるんだ。特にスキャンダラスな部分をな。その要員として駐日大使館に公安省の人間を入れるよう主席に要望しておく。君はその人選を進めておいてくれ」
「はっ、分かりました。それで陳麗華が見つかりましたらどのようにいたしますか?。すぐに捕えますか?」
「うん…。いや、しばらくは泳がせろ。それで日本政府を揺さぶれるかもしれん」
「分かりました」
数日後、国家主席の許可を得て公安省の要員が駐日大使館に派遣され、そこを拠点に密かに村田孝一経産相の情報が集められた。
それから約1ヵ月後
「次官、やはり陳麗華と村田孝一は愛人関係でもあるようです。ホテルに入るところを大使館員が目撃しました。そして、二人がホテルの部屋に入っていくところの写真撮影とその部屋での音声の録音にも成功したとのことです」
「そうか、よし!、良くやった。次は村田と暴力団の繋がりを何としてでも押さえるんだ」
「分かりました」
中国公安省にはこのように次々と村田孝一のスキャンダル情報が集められていった。
現在(2016年3月)、総理官邸
「まったく中国という国は手段を選ばん国だ。陳麗華の捜索を行ない最終的に身柄を引き渡さなければ、村田の秘密を暴露すると言ってきた」と総理の宮坂は憤る。
「まったくこんな時に何という卑劣な」と官房長官の杉山も怒りを顕わにした。
「尖閣といい勝負だな」
「ええ」
「とにかく、どうすればいい?。対策を考えねばな」
「はい。しかし…、中国側が血眼で捜している当の陳麗華はおそらくもう…、この世にはいません。村田さんが言っていた通りだとすれば、伊豆高原で殺されたものと…」
「うん…、ただ訳も分からず日本で殺されたと伝えれば向こうは激昂するだろう。もしそうなれば日中関係にも大きな影響が出かねない。ここはなんとしてでも真犯人を挙げておかないととんでもないことになるぞ。うん…、ということは静岡県警の捜査を進ませねばならんか…。しかし、そうすれば村田に累が及び、我が党にも…」
「総理、ここはとりあえず村田さんを離党させてはいかがでしょう?」と杉山が提案した。
「うん…。考えてはいる。だがな知っての通り村田は衆参85人の党内第2派閥を率いる領袖だ…。それを切るとなると村田派そのものを敵に回しかねん」
「では、村田さんの代わりの経産大臣は村田派から出すということで折り合いをつけては?」
「うん…、そうだな。ただ、その程度で村田がすんなり納得するかどうか…。奴は今度の総裁選出馬を実質的に辞退したとはいえ将来的にはこの民友党総裁の座を狙っているはずだ。その奴がこの党を離れるということ…。そのことは決して快くは思わんはずだ。それに、首尾よく離党となってもあいつがすんなり陳麗華を含めた事件のことを警察に話すとは思えんし…」
「では、率直に村田さんに事情をお話し、共に日中関係打開のための策を話し合われては?」
「うん…。それしかないか。しかし、わしが今動くのはまずい。まずは村田と気心が知れた者を充てたい」
「でしたら我が党の重鎮、椎名元財務大臣がよろしいかと。村田さんが官僚時代に師と仰いだ元大物財務次官で、村田さんとは主計局で一緒にやっています。お互い衆院議員当選後も交流が続いていて、長い間村田さんの政治の師となっているお方です」
「そうか。よし、じゃ、まずその椎名さんに行ってもらおう」と言って宮坂は即決する。
「しかし総理、問題はここからです。野党や世論は離党だけでなく村田さんの議員辞職も求めるでしょう。でも、おそらく彼はそれを頑なに拒否すると思います。その時に我々が彼を庇い続けていたのでは傷が大きくなってしまい宮坂政権自体、圧倒的な世論の前に持たなくなってしまうかもしれません…。いや恐らくそうなるでしょう。そこでです。ここは村田さんには潔く議員を辞めてもらい、また正直に、と言ってもこちらが許す範囲ですが、伊豆高原での事件のことを捜査当局に話すことを条件に我々が有効な助け舟を出せれば彼もそのことを承諾するのではないかと思うのです」
「有効な助け舟?。どんなだ?。下手に助ければ我々も村田と同類だと見なされてしまうぞ」
そこへ側近の山崎総理補佐官が急に近づき、
「もはや、村田さんは大臣も辞職し実質的には死に体なのですから、特に何もしなくていいのではありませんか?。政権とは関係ないということで。それから中国側の要求も突っぱねて勝手に言わせておけばいいんですよ。国民の間にも中国への不信感は広がっていますのでたとえ今、中国が変なことを言ってきても国民はおいそれとは信じないと思いますよ」と口を挟んだ。
それを聞いた宮坂はキッと形相を変え、
「それは、まずい!。村田は死に体とはいえ我が党第2派閥の領袖だ。そして我々の政権や党の『秘密』を数多く知っている、いわば身内の人間でもある。その身内がだ、我々の冷遇に腹を立て、いろいろ内輪の『秘密』を喋られて世間の知るところとなったら政権は、党はもたない…。それから中国との関係悪化もまずい。おそらく中国側は中国外務省報道官発表といった公式な窓口は使わず、インフォーマルな日本の週刊誌へのリークといった手段をとるだろう。そうなれば中国側が直接、公式に言ってくるよりも政権への打撃は大きいかもしれない。そしてこのことは村田ばかりでなく宮坂政権全体に影響が及びかねない大問題に発展してしまうだろう。それにいくら匿名のリークにしても中国側のリークということは出てくるだろうから当然のことながら日中関係の冷え込みも避けられまい。そうなれば当然国際社会にも動揺を与える。ただでさえ尖閣などの問題を抱えて日中関係は厳しい。今はこれ以上の関係悪化は避けたいというのが隠しようのない我々の本音だ。それに米側も日中関係の改善を望んでおり、日中関係の更なる悪化はアメリカの信用をも失いかねない。山崎君、今は中国の要求をはなから突っぱねることはできんのだよ。今はな…」と宮坂は諭すように反論した。
山崎はその総理の反論を受け「はっ、至らぬ発言で申し訳ありませんでした」と早々に謝罪し頭を深々と下げた。
「いやいや、分かってもらえればいいんだ」と宮坂は言って鷹揚な態度をとる。
「それで村田さんへの助け舟ですが、どうでしょう、ここはいったん議員を辞めて頂いた上で、補選で恩を売るというのは」と杉山が言った。
「うん?、補選で?。どういうことだ!?」と宮坂が杉山に体を向けながら尋ねる。
「政治家たるものやはりけじめが必要だと思います。村田さんにはここはいったん離党した上で然る後に潔く議員を辞めていただきます。それでも議員を続けたいのであれば補選で、今度は無所属という立場で立候補していただく。しかし、その際、うちの党からは対立候補は出さない。これが助け舟です。そうなれば過去の経緯から見て有力な対立候補は最左翼の革新党ぐらいでしょうから村田さんの勝機は十分にあると思います。村田さんの選挙区はこれまでの実績からいっても革新党が勝てるような土壌はありません。野党共闘の恐れもあるかとも思いますが、たとえそれで束になっても野党間の不協和音、特に憲政党内にある革新党へのアレルギーなどが幸いし選挙協力もしっくりしたものにはならないでしょう。そのような状況なら村田さんの実力をもってすれば対立候補を軽く蹴散らすものと思います。そうして首尾よく補選で彼が勝てば、一応の禊は済んだということで復党の芽も出てきます。その辺もやんわり示せば、かの地の有権者も敏感に反応して行動してくれるのではないでしょうか」
「うん、なるほど妙案だ!」と宮坂は言い、杉山の意見にすぐに賛意を示した。
「ありがとうございます。ただ、村田さんが特捜部に逮捕されてしまえば、この目論見も全ては無に帰してしまいますが…」
「しかし我々の承諾なしに検察は本当に村田を逮捕できるのか?。彼はこの前まで閣僚だったんだぞ。そんな度胸持ちなのか地検の特捜部長は」
「ええ…、従来であれば、検察が官邸の顔色、意向を窺うのが常だったのですが、今回は全く官邸には連絡なしに強制捜査が行なわれています。ですからこれはもう官邸は関係ないと言っているのと同じだと思います」
「まったく何が起こっているんだ?。これも中国の差し金か!?」
「分かりません。が、あとで私なりに調べてみます」
「ああ、頼む」
その後、総理執務室にはしばらく沈黙の時間が流れた。皆がそれぞれに考えをめぐらす。しばらくして…総理の宮坂がその沈黙を破った。
「確かに村田が逮捕されてまえば村田孝一という男の政治生命は絶たれるだろう…」
「しかし、すんなりあの村田さんが諦めますかね?。過去には逮捕されながらも保釈され、その後選挙に出馬して見事当選を勝ち取った者もいます」と総理補佐官の山崎が言った。
「まあ、確かにそんなのも過去にいたことはいたが、所詮は尻すぼみで年を追うごとに凋落していったじゃないか。だったら、もし逮捕などという事態になったら村田は全てを諦め、潔く次代に道を譲ったほうがいい。まだ手はある。村田には息子がいたな?」
「あっ、はい、二人おりまして、長男の孝太さんが例の椎名元財務大臣の秘書をしております」と今度は官房長官の杉山が言った。
「ほう、で歳は?」
「確か33歳だったと思います。結婚していて小さい子どもが二人います」
「いいじゃないか。まさに理想的だ。状況が許せば党の公認も出せるかもしれん。とにかく当選後は我が党に入れることを約束しよう」
「では、村田さんが逮捕されたら息子に跡を継がせると?」
「ああ、そういうことだ」
「それはいいですね!。村田さんもそれだったら納得されるのではないでしょうか。まあ、村田さんが逮捕されないのが一番いいのですが…」
「ああ…。だがこの話も村田が『例の事件、特に陳麗華のことをこちらが許容できる範囲で正直に話す』という我々の条件を受け入れればの話だがな…」




