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第一章 海賊船と軍艦.04

少女に負けたデイエンが部屋に引き篭もってしまい、

再びオーシャたちは機関室に戻っていた。

オーシャはしげしげと機関室を見回して、

感心したような声を出す。


「でも昨日まで乗っていた船では見せてもらえなかったから、なんか新鮮だなぁ。この船に拾われて良かったかも」


狭い入り口を、苦労してジーウィルが入ってくる。


「オーシャは何の船に乗ってたのかな? そういえば全く聞いてなかった。良ければ教えてくれないか」


「船長、それ一番に聞くことでしょうに」


セレンの呆れた声。


「色々あったんだって。モヤシが余計なこと言ったせいで聞きそびれていたの」


オーシャは頷く。


「ナイモン商会の『ヴォルケノ』に乗ってたんだけど」


「それでは、オーシャはどこかの商家の遣いか?」


「商家で働いてはいたけど、今回は違うよ。公国で大会があってそこで優勝したから、ご褒美ってことで無理言って船旅をさせてもらってたんだ。リーガ公国と港町エシアを往復する……ただ目的それだけだったんだけどね」


セレンは少し考えて、尋ねた。


「アンタ、船が好きなのかい?」


「うん、憧れだったんだ。私みたいな身分だと乗れる機会なんてないから。いつも港で船を見送るしかできなかったし、一度でいいから乗ってみたかっただけなんだけど」


嬉しそうに笑う。

初めて、歳相応の笑顔を見せてくれたことに

自分の娘を重ね合わせてしまいジーウィルは微笑む。


「で、オーシャ。どうして海を漂流なんてしていた?」


あまり大した内容ではないだろうなと思って、何気ない感じで尋ねると、


「うん、軍艦に撃沈されちゃったから。なんとか小舟で出れたはいいけれど、本当にオールド号が通ってくれて助かっちゃった。ありがとう、船長」


少女は、あっけらかんとそう答える。

ジーウィルとセレンは、顔を見合わせた。


ヴォルケノが撃沈されたという話、

にわかには信じにくい内容なのである。

ナイモン商会はシガザ大陸では有力な商船であり、

リーガ公国を含む近隣諸国にも強い影響力を持つ。

商会をあえて敵に回す理由など一つもないので、

軍に狙われることはまずありえない。

では海賊ならばどうかというと襲うにしては獲物がでかすぎる。

乗っていた船の名前は『ヴォルケノ』。

古い言葉で火山を意味する船は、

ラインゼル級の軍艦を改修したもの。

商会が常日頃から自慢するその船は、

戦闘力は海賊船ごときなら10隻を相手にしても

余裕でお釣りがくるという触れ込みだった。


つまり、普通ではない事態が起きているということになる。


ジーウィルはもしかして自分たちは

非常に厄介な場所にいるのではないかと直感した。


「船長! 見たこともない船がいる! すぐに甲板へ!」


まるで計ったかのようなタイミングで、

見張りをしている『鳥目』の叫び声。

セレンが、顎で「行かなくていいのか?」と

甲板のある頭上を指す。


「なんかワシ、もう嫌な予感しかしないんだけど」


そう言ってから、オーシャに手招きして


「とりあえず、一緒に来てくれんか?」


杞憂だったらいいなーと呟きながら甲板へと向かった。





見張りをしているその男が何故、『鳥目』と呼ばれるか。

それは「俺、ぜんっぜん目良くないから。

鳥みたいに夜目も効かないんでホント見張りとか勘弁して」

というのが口癖だからである。

実際には鳥目は非常に視力が良く、

夜目も常人に比べて異様に効く。

だが高所恐怖症な感があるために、

見張りとして高い位置に行くのがとにかく嫌なのである。


そんな彼が、遠くに船がいることを伝えていた。


「鳥目! どんな船か!? ここの海域にはもうワシら以外の船はおらんはずだろう!」


ジーウィルが問い掛けると、ややあって、


「……軍艦だ!」


そして、自分でも信じられないような声色で叫ぶ。


「レイジェ王国の軍艦だぞ、船長!」


「なんだと!?」


「国旗とかをあげてるわけじゃないが、あの船の形状……。あと甲板の連中が持っている武装とかから多分そうだ!」


その報告を聞いた誰もが、そんな馬鹿なという顔をしていた。

レイジェ王国とはアロガン大陸の北東に位置する小国である。

ルドニス洋にも面してはいるが、

オールド号のいる海域からは相当離れている。

当然彼らの領海ではないので、

軍艦がうろついている理由はさっぱりわからなかった。

周辺国と敵対してないとはいえ、

外交問題になるのは間違いないだろう。

鳥目もレイジェ王国に対して多くの知識があるわけではない。

そんな彼が断定するくらいなのだから、

国を明確に判別できるモノがないとはいえ

あまり己の所属を隠すつもりもないということになる。


「見たこともない軍艦だ! サイズはリーゼル級! まっすぐ向かってきているぞ!」


リーゼル級とはラインゼル級よりも二つ下で、

エンゼル級のオールド号より少し大きいくらいだ。

ラインゼル級が軍艦としては多い中、

リーゼル級は少々珍しいサイズと言える。


「ふむ……どうしたものかな」


ジーウィルは髭をジョリジョリして、

割と神出鬼没なところがあり気付いたら隣にいる

副長メイツェンに意見を求めるが肩を竦めただけだった。

進路を変えればいくらなんでも襲ってくることないだろう。

自国の海ならいざ知らず、

他国の領海で海賊船なんて

相手をするほど暇ではないはずだ。

それに万が一、絡まれても多少難癖つけられる程度で

それだけで済むのではないかとジーウィルは考えた。


「刺激せん程度に避けるとしようか。面舵弱!」


そう指示を出すが、


「ダメ!」


止めたのは、オーシャだった。

海賊たちは目を丸くして、突然叫んだ少女を見る。

彼女は目を凝らし、軍艦が迫ってくる方向を見つめている。


「あの船……ヴォルケノを撃沈した船と同じ」


ジーウィルは驚いた。


「オーシャ、お前さん、あの船が見えるのか?」


「見えるよ。獅子に剣のエンブレム……間違いない」


高い位置にいる鳥目がやっと見えるような距離なのだ。

それを甲板から裸眼で見ている少女は見えるという、

鳥目ですらエンブレムなど口にしなかった、

彼女には一体何が見えているというのか。


「船長。逃げたら絶対ダメ。アレは問答無用でヴォルケノにいきなり仕掛けてきたから」


「なんじゃと……しかし、この距離ならば逃げけれるように思うが」


少女は首を振り、


「私が見た時、アレの速度は……そう、確か今この船の速度よりも3倍くらいは速かった」


そして断言した。

けれどその発言に船員たちは訝しげな表情をする。

それはそうだろう。

そもそも海に慣れていない少女が

比較物のない海上で正確な速度を当てることすら難しい。

だから記憶にある軍艦と、

今この船の速度を比較することは普通できやしない。


「……ふむ」


しかし、だ。

もし少女の言うことが本当であれば危険かもしれない。

炎光炉で一時的に速度を推進力上げたとしても、

さすがに3倍の速度で迫る船からは逃げ切れない。

またリーゼル級にも関わらず、

一艦で大型であるラインゼル級のヴォルケノを沈めたという

信じがたい情報が引っかかる。


「どうしたものかな」


決断を迫られていた。

本来であれば順風に乗って全力で逃げ、

万が一追いつかれたら投降というのが妥当に思われる。

海賊船、ましてや旧式であるオールド号の武装では

軍艦とやりやっても勝つのは難しい。

選べる選択肢はそう多くはないのだ。


「これ、使えるの?」


ジーウィルを思考から引き戻したのは、再び少女の声。


「ん……まあ使えるが、射程距離はそう長いものじゃないさ。100バート飛べばいいほうだろうな。こいつは、元々ほとんど飾りみたいなモンだ」


隣にいたセレンがポンポンと叩く。

それは一昔前に流行った、

『炎柱槍』という名の長距離砲台である。

船の中央に位置して、真っ直ぐに船首の方へ向かっていた。

しかし、長距離砲とは名ばかりで

炎光炉の力で発射するには射程が短いし、

何より砲門は船の側面についているのが常識だ。

船同士が正面から向き合う場面などそうそうなく、

まして100バートしか飛ばない射程まで

船同士が正面から近づくことはない。


そして槍という名前の由来にもなっている

3バートという長い砲身のせいで、

こうして船の中心にしか装着できない。

いわゆる、見た目が格好良くて一時期は流行ったが

実際には使う場面がほとんどなく

シンボル的なお飾りとなっていた。


「これで、相手を油断している間に狙い撃つっていうのはどうかな?」


オーシャは簡単に言うが、ジーウィルは首を振った。


「無理じゃろ。射程距離が短すぎる。狙いを定めている間には、こちらを落とすつもりであろうが、接触してくるつもりだろうが、もう船の正面にはおらんと思うし」


「え、嘘。これと同じ奴を公国の大会では300バート飛ばしてたけど」


海賊たちが顔を合わして首を傾げる。


「オーシャよ。先ほどの砲撃の腕前といい、それに大会で優勝したと言っていたな。なんという大会なのかな?」


「えーと、公国建国記念の『祝砲祭』っていうやつ」


その名前にざわっとどよめきが広がった。


「さすがにそれは冗談っすよね。アレって、相当に権威ある大会だったっすよ」


モヤシがそんな海賊たちの言葉を代表して胡散臭そうに言うが、

ジーウィルは「待て」と制止して、

セレンに視線で問い掛けた。


「ああ、炎光炉を直結して全出力を回せば、確かにそれだけの射程が出る」


「なら――」


「ただ撃てるのは一発。おまけにオールド号の炎光炉では完全にカラになるからしばらくは使えなくなるだろうね。第一こいつを最大射程まで延ばしても当てることはできないさ」


セレンが「無理だね」と両手をあげた。


「船長! ここはやっぱ逃げるのが一番じゃねぇっすかね?」


航海士のケイズが提案する。

気付いたら隣にいた海戦では軍艦相手でも

いい勝負をすることのできる副長メイツェンも、

今回は撤退に賛成していた。


「船長! 船は変わらずゆっくりとした速度で近づいてきている。3海里を切った!」


鳥目が切羽詰った声で告げる。

だが、ジーウィルは予感していた。


きっとオールド号は逃げ切れないと。


根拠や理由があるわけではない。

長い海賊生活でここぞという時に最も信用できた

「船長としての勘」であった。

彼は物事の全てに意味があると信じている。

だから、今ここに祝砲祭で優勝したという少女がいるということ、そして彼女は船の危機を訴えている……きっとそれが答えなのだ。


彼女が教えてくれた、破天荒な選択肢。


「セレン! 炎光炉をすぐに炎柱槍に直結! 引き篭もっているデイエンを引っ張り出して炎柱槍の状態を確認ざせろ。急げ!」


「船長! 正気ですか!」


「いいか、この子を信用しろだなんて言わん!」


のほほんとした感じは微塵も感じられない。

今ここにいるのはいくつもの困難を乗り切ってきた

歴戦の猛者である海賊の船長がいた。


「――ワシを信じろ! 今までここぞという時でお前らを裏切ったことがあったか!」


その叱咤に、海賊たちは迅速に動き始めていた。

普段から口ではなんだかんだ言ってはいるが、

彼らはジーウィルを慕ってこの海賊船に乗り込んでいる。

だから死ねと言われれば死ぬし、

信じろと言われれば何をおいても船長の指示通りに動くのである。


「オーシャよ」


船長が少女の名前を呼ぶ。


「先ほどの砲撃がまぐれでないと、証明してもらっていいかな?」


先程まで檄を飛ばしていた表情とは打って変わって、

まるで娘の成長を確かめるような優しい表情を浮かべた、

髭面の父親がそこにはいた。


「船長……」


そして、少女はニイッと笑って、


「それなら、期待には応えないとね」


自信満々にそう告げる。

オーシャは気付いたら、とても胸が高鳴っていた。



――なんだか、楽しくなってきたじゃないか。


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