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第一章 海賊船と軍艦.03

「船長。本当にコレ、もらってもいいの?」


オーシャが着ていたのは、

小奇麗なシャツとスカート。

あのボロボロになっていた服では

可哀相だろうということで、

わざわざジーウィルが用意させたのだった。


広い船長室で、彼女はクルッとターンしてみせると、

スカートがふわっと舞った。


「まあワシの娘は一つ年上で16歳での。あまり他人事とは思えんからなぁ。気にするな」


身だしなみを整えるだけで、随分と雰囲気が変わった。

存在感が強いのは変わらないが、

そこにあるのはどこか気品がある物腰。

それは可憐で高嶺の花というわけではなく、

踏まれても力強く咲く野草の花。

貴族や王族が持つ『高貴』な気品より、

ベテランの傭兵が持つような『力強い』品格。


ぼさぼさだった髪も梳いてやるだけで、

癖毛のないすっとした綺麗なストレートを描いていた。

燃えるような赤い髪を、

右のサイドテールにしてまとめている。


「ありがとう。私、まさか海賊船で体を綺麗にできるとは思わなかったな」


「ふむ。中々に綺麗になったではないか。見違えるような」


「船長、お世辞を言う人には見えないのにね」


「世辞ではないから、そこは素直に受け取ってほしいんだけど」


機嫌の良さそうな姿を見ると、

ああ歳相応なのだと安心してしまう。


「それ、私の服だかんな。大切に使ってくれよ」


対照的に機嫌が悪そうなのは、整備士のセレン。

いついかなる時も化粧もせず、

作業着であるツナギを脱がない二十歳になる若い女性だ。

船乗りで女性がいるのは珍しい。

そして整備士をしている女性は、

恐らく海広しと言えど彼女だけではないだろうか。

栗色の髪を無造作に後ろでまとめているのと、

気の強そうな釣り目が特徴的だった。

美人は美人だが、香るのは香水ではなく油の匂い。

彼女のことを女性と認識している乗組員は少ない。


「ワシ、セレンがこんな服持っていたことに驚いているんだけど」


「私だってたまにはこーいうのを着てるんですよ。いいですか、去年にも1回着てます」


「それ、着てるとは言わなくない?」


「言います。私が言うんだから、ソレ、間違いないです」


彼女はふんっと鼻を鳴らし、


「いいかい、オーシャって言ったか。ここはこんな緩い船長が仕切ってはいるが、腐っても海賊船だ! ふらふら歩いていたら男どもにすぐに喰われるからな。自分の身は自分で管理しな。泣きついてきても助けてやらないよ!」


「はあ……」


気の抜けたようなオーシャの返答。何かセレンが言おうするが、


「さっき、モヤシを海に投げ捨てたくらいだし、大丈夫じゃない? というかワシ、他の犠牲者が出ないか心配だよ。あと本人の前で緩い船長とか言わんといて」


「事実じゃんか。そう言われたくなかったら、たまにはしっかりしてください」


オールド号はオーシャが想像していた

海賊船とは随分と違う雰囲気だった。

せっかくだから、少女はダメ元で頼んでみることにした。


「あの、セレン。整備士ってことは、炎光炉の整備をするってこと?」


「ん? ああ、そうだ。何だ、炎光炉に興味があるのか?」


「え、見せてもらえれるの!?」


今までの様子から一変して、

身を乗り出して尋ねてくる少女を見て、

セレンが視線でジーウィルに問い掛ける。

船長は「いいんじゃない?」と軽い調子で頷いた。


「ついてきな」


船尾にある船長室から出て、船頭の方に向かう。

甲板の下にその「機関室」はあった。


「狭いから気をつけな」


彼女は指定席とばかりに、狭い室内の隅の椅子にすわった。


「へぇ……これが、船に積む炎光炉なんだ!」


部屋の中央には鉄の樽を積み上げたような装置があった。

一つ一つの器の高さは1バートくらいか。

ちなみにバートというのは長さの単位で、

大体成人男性の標準身長くらいが1バートとされる。

これは昔にリーガ公国が長さの寸法がバラバラだったのを

『バート王子の身長を単位とする』と決めたことが由来だ。

以来、それが普及して長さの単位はバートで計算される。


「今はどれも起動していないからね。静かなモンさ」


炎光炉とは特殊な鉱石に熱を加えることで力を発生させて、

それにより様々な力に転用する機関だ。

オールド号は動力源として使用しており、

船底にあるスクリューを回すことで推進力に、

砲台に回すことで鉄弾を飛ばしたりすることに使われる。

一般的には風車を回したり小型の炉を使うことで

町に灯かりをつけたりと実に多用途に使われる装置である。

鉱石が熱を発している時に、

まるで炎のような光を発することから

この動力源は『炎光炉』と呼ばれているのだ。


「っても、そんなに使う時があるわけでもないんだけどさ」


ただ欠点としては、炎光炉は起動できる時間が短い。

鉱石が割れない限りずっと使える便利な機器に思えるが、

熱を際限なく発するために容器だけでなく

鉱石自体も耐え切れなくなるのだ。

再び使用するには冷ましてやる必要があり、

想像以上に不便なモノなのである。


だから推進力として炎光炉は使えるものの、

緊急時や戦闘時にしか使用しない。

普段は帆を張り、風を受けて船は走っている。

勿論、砲台も何度も連射するには容量も苦しい。


「縦幅2バート、横幅3バート……随分と大きいけれど、出力は強いの?」


「んー、この船と同じく旧式だからね。大きさほどは期待できないさ」


セレンは苦笑する。

彼女は手招きして機関室からオーシャを連れ出す。

機関室を左右に囲むようにあるのは砲台だった。


「さっきの炎光炉と繋いでいるのさ。接続回路に使う材質の関係でどうしても機関室の傍にしか出力を使う砲台は置けないんだ」


1バートの砲身を持つずんぐりとした砲台の名前は『鉄弾砲』。

艦に標準で搭載されている砲門で、

その名の通り炎光炉の力で鉄の砲弾を放つ。

射程は120バートほどあり、

オールド号には左右に二対、計4つ砲門を持っている。

もっとも基本が乗り込んで制圧する海賊船においては

そこまで使うことはないのだが。

軍艦と戦うならまだしも商船なんかに撃ち込んで、

当たり所が悪かったと沈めてしまっては意味がない。


「で、そこで整備しているのがデイエン。この船で数少ない砲撃手だよ」


デイエンと呼ばれたボサボサ頭の青年は砲弾のチェックをしていた。

彼は不機嫌な顔で


「ンだよ、セレン。ここは子供を連れてくるような場所じゃないぜ。さっさと帰れって」


しっしっと手を振る。


「まあ、あいつは短気で口は悪いんだけどね。デカい声だから怒ってるようにしか聞こえないけど、砲撃手っていうのはどうしても、一番うるさいところにずっといるからそうなるんだよ。別にあいつもアンタに対してどうこう言いたいわけじゃない」


彼女は肩を竦める。オーシャは首を傾げて


「デイエンって、砲撃うまいの? 私の知ってる砲撃手って、みんな物静かな人だったからさ、なんか砲撃手っぽく見えないよ」


挑発とも取れない発言を平然と口にした。

本人に悪気もなく素朴な疑問なのだろうが……


「……はっ?」


「いや、私もちょっとだけ砲台を使ったことあるんだ。それで気になっちゃって」


少女が砲台を使ったことがあるだなんて意味がわからない。

言葉が聞こえていたデイエンは露骨に不機嫌になり、


「おい、テメェ。冗談も大概にしとけよ。てめぇみたいな華奢な奴が砲台なんて使えるわけねーだろが! 俺はな、この船に乗り込んで砲撃手だった親父から砲門を預かってからずっとこいつと付き合ってきたんだ。どこぞの軍人たちよりも正確に狙い撃てる!」


そういって少女に睨みながら吼えた。

オーシャはその視線を受けても、平然としていた。

砲身をポンポンと叩き、


「じゃあさ、本場の海賊の腕前っていうの……見せてほしいな」


彼女は「ね?」とお願いのポーズをとる。


「アンタね……」


セレンは頭を抱える。

恐らく彼女は砲台が発射しているところを

見たいだけなのだろうが……なにぶん言い方が悪い。

現に短気なデイエンはもう沸騰寸前だ。


「船長!」


デイエンはあくびを噛み殺して暇そうにしていた船長に叫ぶ。


「最近、砲台の出番がなくてどうせチェックも必要だったんだ。一発打たせてくれねーか!」


するとジーウィルは露骨に嫌そうな顔をして、


「えー、砲弾だって高いんだぞ」


そんな船長に、セレンはまあまあと言って


「船長。ここはデイエンの顔を立ててやってくださいよ。さすがにこんな小娘にナメられたままでは、あいつの気もすみませんよ」


「いや、私はナメているわけじゃないけど……」


どうしてこうなったのかと、ジーウィルはため息をつく。


「わかったわかった。一発だぞ」


そう言って、砲台の発射窓を開けて、


「あそこに二つの岩が2バートほど飛び出してる。あれを狙って撃ってみろ」


そう言ってから、甲板に向かって叫ぶ。


「おい、今からデイエンがあの双子岩を目がけて砲撃をする! どっちに当たるか、それとも当たらんか、暇な奴は賭けろ!」


突然の提案に、甲板では歓声があがる。

退屈な船旅で彼は刺激に飢えているのだ。

だからたまにこうして、

簡単な賭け事をしたりして楽しむのは日常茶飯事である。

いつも通りこーいう時だけは活き活きとする

副長のメイツェンが取り仕切っていることだろう。


「船長、そうこなくっちゃな!」


デイエンは俄然張り切って、砲弾を詰める。


「ワシ、外れる方な」


「じゃあ私は当たる方で。右の岩に」


ジーウィルとセレンは短く答えあう。

オーシャは随分と海賊って想像していたイメージと違うなぁと思っていた。

デイエンは砲台の後ろに立ち、狙いを定める。

船はわざわざ、縮帆して速度を落とした。

波も穏やかなので、ほぼ足は止まっている。


岩までの距離は100バート。

鉄弾砲の射程圏内だが実は当てるのは難しい。

まず海上で波で少しずつ移動しているし、当然揺れている。

そして砲台とはそもそも正確な砲撃ができるものではない。

一発撃ち、その着弾点から徐々に修正していくのが普通だ。


「セレン! 出力を40で!」


「はいはい」


デイエンは手元のレバーを引き降ろして、

炎光炉からの出力を砲台に流す。

実際に炉からどれくらいの力が溜めこまれているかは

手元に来る振動で把握するしかない。

気温や湿度によっても出力が微妙に変わる。

それをどれだけ感じ取り調整できるかが、

砲撃手としての実力とも言えるだろう。


「……よし」


十分に力が入ったと感じたデイエンは叫ぶ。


「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


ドォンッ!


重たい音を立てて、砲台から鉄の弾が発射される。

ドパァン。

そして、弾が海に落ちる音。


「ヘタクソ!」


「それでも砲撃手か!」


砲弾は岩まで届かず、手前に落下した。

甲板からは罵りや罵倒、

そして外れるに賭けていた者の歓声が聞こえる。


「ちっ!」


デイエンは腹立たしげに舌打ちをした。

だが砲撃手として、結果は悪くない。

当たりこそしなかったが、近くに着弾していた。

もしもう一発撃てるのならば次は外さないだろう。


「セレン、ワシの勝ちな」


「はいはい……わかりましたよ」


得意気な顔のジーウィルと、悔しげなセレン。

船にはもう終わったという空気が流れていた。


――けれど、それで終わるはずがなかった。


「船長。私も一発撃ってみたい」


オーシャが、手を上げた。


「へ?」


「いや、だから。この鉄弾砲を撃ってみたいんだけど」


まるで屋台のフルーツを食べてみたいというくらい気楽な口調。

そして


「それに私なら、当てられるよ。こんな近い距離なら」


平然と言い放った。

誰もが言葉を失う中、

最初に我に返ったのは外したデイエンだった。


「ふざけるな! てめぇ、素人が知ったような口を聞くんじゃねーよ!」


掴みかからんとばかりの砲撃手。


「待て」


それを制したのはジーウィルだった。


「オーシャよ」


そして彼は少女に向き合う。


「ワシらは海賊だ。そして同時に船乗りでもある。デイエンにもプライドというのものがあってな。だから、コケにされたままでは我慢できんのだ」


普段の頼りない様子からは想像できないくらい、

腹の底から響き渡るようなしっかりとした口調。


「お前がそこまで言うなら、撃たせてやろう。だが、自らの発言には責任を持たねばならん……それくらいはわかるだろう?」


ああ、これが海賊船の船長なんだなと

今更ながらオーシャは実感した。


「だが、お前さんには責任を取れる立場ではなく、そして賭けるモノもない……どうする?」


答えは一つしかない。

だが、彼はそれを少女の口から言わせようと問い掛けてきた。


「私自身を賭ければいいんでしょ? 価値がどれくらいは決められないけどね」


だから、少女は不敵に笑って答えた。

あまりの堂々とした切り替えしに、

デイエンとセレンは開いた口が塞がらなかった。

海賊たちが機嫌を損ねれば少女は海に捨てられるか、

殺されるか、あるいは慰み者になるしかない。

そんなこと、言うまでもないのに、

少女はあまりにも堂々としていた。


海賊船の船長はその姿を懐かしいモノを

見るかのようについ笑ってしまった。


「デイエンはそれでいいか?」


「ん……あ、ああ。別に構わないぜ。俺よりも遠くに落としたら、そいつをもらう」


思わず頷く。するとどこか慌てたようなセレン。


「デイエン! アンタ、こーいう幼い女が趣味だったのかい!?」


「ちげぇよ! ミトラが人手が足りないって言ってたのを思い出したんだよ!」


オーシャは首を傾げる。デイエンは面倒そうに説明する。


「港で口利き屋……まあ補給の仲介業をしている従妹がいる。お前が負けたら、そこで働いてもらうぜ。文句はないな?」


「職を紹介してもらうのは普通に助かるけど。で、私が勝ったら、何かもらえるの?」


少女が勝つなんてことを

微塵も考えてなかったデイエンは言葉に詰まる。


「今が無賃航海なんだから、ちょうどいい。景品は自由、というところで」


ジーウィルが笑いながら言った。

オーシャは「そりゃそうか」と笑い返した。


「よし、じゃあ私もやらせてもらうよ。あ、砲弾だけは詰めてほしいんだけど。私じゃあ重たくて入れられないから」


「それくらい構わないぜ……って、おい! どこへ行く」


少女が歩いていったのは、

デイエンが撃った砲台よりも奥の砲台。


「だってそれ、砲身が熱くなってるでしょ? だから精確な砲撃するなら、こっちだよ」


一理はある。

だが、既に照準をあわせてある

デイエンが使った砲台の方が断然メリットがある。

先ほどの着弾点から推測して

角度と出力を調整すればいいからだ。

もらったばかりの服が汚れるのも構わずにしがみつき

彼女は体全体を使って砲台の向きを調整する。

体か軽い分どうしても重たい砲台を動かすのは

こうやって強引にやらせざるを得ない。

想像と違い手馴れた様子で砲台を調整するオーシャの姿に

ジーウィルは「ほう」と感心したように呟く。


「次は、オーシャが撃つぞ! 次はどっちに賭ける!?」


そして船長は叫ぶ。甲板からは「オーシャって誰だ?」「あの拾った子供だろう」という声が聞こえてくる。恐らく、全員が外れる方に賭けただろう。


「私はデイエンより遠くに外れる方で」


セレンが当然のように言い切るが、ジーウィルはニヤリとして、


「じゃあ、ワシは左に当たる方で」


自分のときは外れるといったのに、

次は当たる方に賭けたジーウィルをデイエンは睨む。


「出力、80!」


オーシャが叫ぶ。


「はあ!?」


セレンが叫ぶ。無理もない、

デイエンの時よりも二倍近い出力を要求しているからだ。


「いいから!」


少女の叫び声に、セレンは渋々従う。


「船長」


「なんだ?」


「私も賭けられるなら、当たる方にするよ。けれど結果は、両方だけどね」


少女は自信ありげに笑った。

そして、彼女は砲弾を発射する。


ドカンッ!


先ほどよりも勢い良く飛び出す砲弾。

けれど若干右に逸れている。誰もが外れたなと思ったが、

ゴォォォォン!

右の岩に当たる。直撃したのは右側の方だが、


「なんだと!?」


デイエンが驚いたように叫ぶ。

勢い良く砕けた岩の破片が、左の岩まで破壊したのだ。

それはまるで……わざとそこを狙って、

両方を意図的に壊したかのように。

オールド号は、静まり返った。

少女は振り返り笑う。


「ね? 砲撃には自信があるよ、私」


予想以上の結果に、ジーウィルは思わぬ拾い物をしたのだと実感した。


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