第一章 海賊船と軍艦.05
副将のロラ=ミストレルは
その船の行動に違和感を覚えた。
前方にいるのはエンゼル級の海賊船。
取るにも足らない相手である。
性能差は言うまでもないし、
それは相手もわかっているだろう。
なにせ向こうは乗り込んで制圧するための艦、
こちらは艦と戦うことに特化した艦である。
そもそも戦いにならない。
海賊船が取るべき方法は逃げることだけ。
もっともこの船、
レイジェ王国の軍艦『ジーニアス』からは
どれだけ風が味方したところで逃げ切ることは不可能なのだが。
だというのに……何故、停止した?
帆を畳み、炎光炉を切っている。
そして恐らく錨まで下ろしているだろう。
海賊船はこちらを向いたまま、停船していた。
「将軍。距離をとって様子見をした方が良いかと」
だが将軍――チッタ=レンティスは鼻で笑う。
軍人らしい屈強な肉体と、
2バート近くになる長身のこの男は、
自然と誰でも威圧的に見下ろす形となる。
「副将、考えるまでもない。アレは降伏するつもりなのだよ。もうすぐすれば白旗も揚がるであろう。まあ、無駄な抵抗をしない海賊というのも清々しいではないか」
「しかし、降伏するにしても、わざわざこの距離から停船するなど……奇妙な行動です」
「君は、私に反論したいだけなのかね? それでは子供と変わらんよ」
チッタは挑発的な口調だけでなく、
目は「これだから女は」と語っていた。
ロラは唇を噛み、視線を海賊船に向ける。
確かにジーニアスの性能を考えれば
不測の事態が起きても対処できるだろう。
この船は今までの軍艦よりも段違いの速さを誇る。
装甲は確かに薄いが、
そもそもにおいてこの船に当てることはできない。
速度で翻弄して、先に相手を沈めることができる。
現にナイモン商会の商船「ヴォルケノ」も、
手玉にとって無傷で撃沈した。
あの商船は諸外国の現行の軍艦と性能は変わらない。
つまり、他の国の軍艦たちよりも優れていると
間接的ではあるが確証できたともいえる。
彼らが自国から離れた海域をわざわざ航海しているのは、
この新造艦のテストを兼ねていた。
数が増えれば、来るべきレイジェ王国が
覇王となるための戦いにおいて重要な戦力となるだろう。
ゆえに、船の存在を他国に悟られないように、
離れた海域で他の船を襲って性能テストをしているのであった。
当然、姿を見られた船は必ず沈める。
「海賊にとって、この船を見たのが運の尽き。奴らの最後なのだ、この船の威容を見せつけてやるといい。速度そのままでいけ!」
そう指示を出し、彼は肩を竦める。
「いらぬことばかり考えてると、周りからは聡く見えるのかな。私もロラ副将を見習って賢い振りをしてみたいものだ」
ロラは何も答えなかった。
最初からロラが乗ること自体が気に食わなかったのは明白だ。
ロラはまだ今年で25。
女性で軍人であるということも勿論珍しいのだが、
なによりその若さで副将という
立場についているのは異例である。
周囲からはやれコネやら、
やれ色気で誑かして出世したなど、
陰口は常に叩かれている。
勿論、事実はそんな馬鹿げた理由で
副将を任せてもらっているわけではないが。
それにチッタは先日沈めた商船から逃げた小舟を、
ロラが逃がしたことを根に持っているのだろう。
任務では目撃者の皆殺しだが、
周囲に島もないこんな海洋では
あんな小舟では助かる確率はまずない。
わざわざ流されていく小舟を追いかけてまで
沈める必要は皆無だった。
チッタという中年は女好きである。
それも年端も行かない少女が好きでたまらないのだ。
小舟に乗っていたのが好みだったということもあり、
止めたロラを恨めしく思っているのだろう。
(器の小さいことだ……)
チッタには新造艦を任せられる立場と技量はあるが、
ロラはそれが限界だと思っていた。
ふと、前方で停船している海賊船を見る。
甲板に、まるで炎のように明るい何かが見えた気がした。
「……まさかな」
何故か、あの流された少女が乗っているのではないかと思ってしまった。
その瞬間、船が轟音と共に激しく揺れた。
◇
遡ること少し。
オールド号の甲板では慌しく船員が作業に奔走されている。
「余程、自信があるんっすね、あいつら。なんかむかつくっすね」
モヤシが暇そうにしながら、暢気そうしている。
「てめぇ! ミスったら忙しくなるのは操舵士のテメェなんだぞ! もっと緊張感持て!」
炎柱槍の整備はデイエンの担当だ。ひっきりなしに最終確認を行っている。
「距離、一海里切ったぞ!」
鳥目の叫び声。
もうなるようになれと決めた副長メイツェンは
「本当に良いので?」と尋ねてくる。
ジーウィルは、自身ありげに頷き
「安心しろ。ワシがなんとかなると言ってるんだからな」
それに、続ける。
「何故だろうな、あの少女を、もっと見てみたいと思っているのだよ」
少女は砲身に手を当てて、
もうはっきりと姿が見えるくらい近づいてきた
軍艦を静かに見つめている。
彼女の赤いサイドテールが、太陽の光を反射してなびく。
ジーウィルは眩しそうにその後ろ姿を眺めていた。
いつぶりだろうか、こんなにも心が躍るのは。
あの頃は刺激に困ることはなかった。
商船や軍だけでなく同じ海賊船同士でも
小競り合いが日常茶飯事であったものだ。
けれどもう海賊の時代は終わっている。
軍が力を付け、大型の炎光炉の搭載を始めたあたりから
所詮はならず者の海賊たちでは敵わなくなったのだ。
商船ですら、相当強力な船を所有している有様。
そんな中で細々と続けていた
海賊稼業もそろそろ納め時だと思っていた。
共に一緒に戦ってきた相棒の副長メイツェンは
「船長の気持ち、わかります」と、
並んで少女の背中を見つめていた。
「炎光炉、準備できたよ!」
機関室からのセレンの声。
デイエンもオッケーと親指を上げた。
「オーシャ!」
少女は振り返る。
「あの高慢きちにぶちかましてやれい!」
「了解!」
気持ちいいくらい清々しい笑顔で、彼女は叫んだ。




