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ベルカ  作者: 柿内彦左衛門
古より吹く風

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幕間六 ベルカ技術の残響

幕間六 ベルカ技術の残響


 技術部主任のマキナが私の執務室を訪れたのは、帝国の魔導騎装が破損し、擱座した個体を鹵獲してから三日後のことだった。


 用件は、解析報告である。


 報告書自体は、既に端末へ送られている。


 それでも主任が直接来たということは、報告書に書ける範囲を越えたものが見つかったということだ。


「解析、終わったよ。結論から言うと、帝国機はエーテル機関を使ってる」


「やはり」


 私は表示を開いた。


 機体構造。


 動力系。


 魔力変換部。


 損傷箇所。


 残留波形。


 鹵獲機から抜き出された情報が、執務室の空中に並ぶ。


「ただし、運用思想はベルカ式とは真逆」


 マキナが、残留波形を拡大した。


 波形は美しくなかった。


 むしろ、意図的に荒らされている。


「エーテルを安定させて出力を取り出すんじゃなくて、意図的に不安定化させてる。いわゆる三角波を作って、瞬間的な出力増大を狙う構成だね」


「小型化はしやすい」


「うん。でも、リスクは跳ね上がる。機関寿命、操縦者負荷、暴走時の被害範囲。どれも好ましくないね」


 私は波形を見たまま、少しだけ目を細めた。


「実に興味深いですね」


「クラウがそんなこと言うの、珍しいね」


 マキナがこちらを見た。


 失礼な視線だった。


「何ですか」


「いや。クラウが興味深いって言う時は、だいたい後で技術部の睡眠時間が減るからさ」


「必要な睡眠は取らせています」


「必要最低限の、でしょ?」


 私は答えなかった。


 否定できなかったからではない。


 今は別の情報を優先すべきだったからである。


「脈動系の動力伝達自体は、珍しくありません。殿下が搭乗していた二十メートル級魔導騎装にも使われています」


「叢雲だね」


「ええ」


 マキナの声が、わずかに低くなる。


「もっとも、それが仇にもなった。最終突撃時の損傷で動力伝達部が吹き飛んで、機体反応が遅れた。殿下が大怪我を負われた原因の一つだよ」


 私は表示を閉じなかった。


 閉じれば、その映像まで消えるような気がした。


 あの時の機体反応。


 遅れた一拍。


 戻ってきた殿下の損傷。


 私はそれを、今でも完全には過去形にできていない。


 それでも、私たちは二十メートル級へ移った。


 好きだったからではない。


 本当なら、乗り続けたかった機体は別にある。


 村山技研製の十二メートル級魔導騎装。


 軽く、速く、反応が素直で、手足の延長のように動く機体。


 ハイランダーの多くは、あの機体を愛していた。


 私も例外ではない。


 だが、敵が大型化した。


 単純に質量が足りなくなった。


 どれほど技量で補っても、受け止めた瞬間に機体ごと押し潰される局面が増え、味方の損耗率が上がった。


 だから、やむを得ず二十メートル級へ転換した。


 二十メートル級は重装甲で、重い。


 瑞穂重工業の企業努力により、名人級でなければ分からない程度にまで動きの重さは抑えられている。


 それでも、分かる者には分かる。


 私たちは、分かってしまう側だった。


「それより、クラウ。こちらを見て」


 マキナが数枚の構造映像を転送してきた。


 鹵獲機の内部フレーム。


 外装を剥がした、骨格の形。


 私は、最初の一枚を見た瞬間、息を止めた。


「このフレームは」


 声が大きくなった。


 自分でも、少し遅れて気づく。


 マキナの視線が、今度は少しだけ真面目になった。


「見覚え、あるよね」


「村山フレーム」


 それは、村山技術研究所製のフレームだった。


 剛と柔を同時に成立させる、特徴的な骨格設計。


 軽量でありながら、負荷の逃がし方が職人芸に近い。


 計算だけではない。


 経験だけでもない。


 工学と勘と、機体というものへの愛着がなければ作れない形。


 小型軽量でありながら剛性を確保する、工学芸術の頂点の一つ。


「なぜ、村山フレームが帝国機に」


「分からない。しかも、問題はそこだけじゃない」


 マキナが、材質分析を重ねる。


「対応年数は、とっくに過ぎてるはず。けど、この個体はどう見ても最近製造された状態だった」


「保存品ではなく」


「少なくとも、眠ってた骨董品じゃない。稼働前提で新しく作られたものだね」


 私は椅子の背に指を置いた。


 力を入れすぎないように意識した。


 村山技研。


 その名は、殿下の周囲では少し特別な意味を持つ。


「殿下はさ、村山技研の親父さんとシオン、それから瑞穂重工の会長と意気投合して、色々やらかしたよね」


 マキナが、少し遠い目をした。


「八咫烏なんて、その最たるものだよ。フレームとエンジンは村山。艤装は瑞穂。親父さんは止めてたのに、瑞穂さんは煽る。殿下とシオンは、ああでもないこうでもないって三日三晩徹夜でエンジンを組み上げる」


「楽しそうでした」


「楽しそうだったね。問題は、その後だけど」


 マキナは、表示の片隅に古い戦闘記録を出した。


「ロールアウト直後、ファーランドの守備隊が師団級戦力に押し潰される危険があるって戦術情報が入った時も、殿下は八咫烏一機で出た」


「覚えています。止める間もありませんでした」


「一機で、だよ」


 マキナは、どこか呆れたように言った。


「守備隊が崩れる前に到着して、敵戦力を壊滅させて、何事もなかったように戻ってきた。技術部全員で頭を抱えたよ。いやほんと、何をしてるのって話」


「殿下は、はしゃいでいました」


「うん。とても」


 その戦いぶりを見ていたファーランドの将校が、殿下をブレードダンサーと呼んだ。


 以前から、殿下の剣は舞うようだと言われていた。


 だが、その時の八咫烏は違った。


 刃で踊るのではない。


 刃を舞わせ、戦場そのものを踊らせる。


 その呼び名は、やがて記録へ入り、称号になった。


 私は黙った。


 村山技研の親父さんは、殿下が行方不明になった後もしばらく存命だった。


 あの人は、その戦闘記録を何度も見返していたという。


 殿下は戻る。


 そう言い続け、最後は、自分の仕事に満足したように亡くなった。


 このことを知った時の殿下を、私はまだ見ていない。


 だが、想像はできた。


 あの人が残した技術が、今、帝国機の中にある。


 偶然で済ませるには、形が似すぎている。


「もう一つある」


 マキナが、次の映像を開いた。


 エンジンブロック。


 補機の配置。


 二つの脈動炉を直列でも並列でもなく、互いの位相を噛ませるように組んだ独特の構成。


 私は思わず立ち上がっていた。


「エーテルタンデムパルス機関」


「うん」


 マキナの声から、軽さが消えていた。


「形だけの模倣じゃない。設計思想を理解してる者の仕事だよ」


 私は、ゆっくりと椅子にもたれた。


 執務室の空調音が、急に遠くなる。


「これは、早急に調べる必要がありそうね」


「村山技研の主任設計士、ハイエルフだったよね」


「ええ」


 私は表示から目を離さなかった。


「生きている可能性があります」


 沈黙が落ちた。


 それは期待ではない。


 希望でもない。


 千五百年の向こうから、また一つ、残響が返ってきた音だった。


 これは、後で聞いた話である。


 同じ頃、アリシアは別室で、私から切り分けられた概要だけを受け取っていた。


 詳細な技術資料ではない。


 それでも、そこに旧ベルカの匂いがあることは、彼女にも分かったのだろう。


「アイン殿下と心安らかに過ごせれば、何も言うことはありませんでしたけれど」


 アリシアは、口元を扇子で隠した。


 目元だけが、楽しそうに細くなる。


「これはこれで、楽しそうですわね。この時代でも、退屈せずにいられそう」


 その声は、穏やかだった。


 アイン殿下の害になることは、決してしない。


 けれど、少しくらい場を揺らして楽しむ気はある。


 そういう穏やかさだった。


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