第四夜 古の血統
第四夜 古の血統
セラの治療開始から、三時間後。
「副司令。対象三の再生速度が予測値を超えています」
灰白色の服を着た女が、端末を見ながら言った。
クラウディアは、隔離床の報告から顔を上げる。
「どの程度」
「標準個体比、四・八。上昇中です。五・一」
「投薬量は」
「最低限です。ポッド側の補助出力も抑えています」
「本人の自己修復ね」
「はい」
クラウディアは、透明な医療ポッドの中で眠るセラを見た。
右肩口から胸元へ抜けた傷は、まだ塞がりきってはいない。
だが、組織の再生速度が明らかに通常の範囲を外れている。
ただの生命力ではない。
ただの鍛錬でもない。
もっと古く、もっと設計されたもの。
「……古い規格に近いわね」
近くにいた医療班の女が、声を落とす。
「現地人です」
「だから問題なのよ」
「セラだったか」
背後から声がした。
アインが、湯呑みを片手に立っていた。
「はい。対象三、セラ。護衛騎士です」
「助かるならいい」
「助かる、の範囲を少し超えています」
「だろうな。森でもあの傷で意識を繋いでいた」
「お気づきでしたか」
「見れば分かる」
アインは透明な医療ポッドを見た。
青白い光の中で、セラは眠っている。
呼吸は補助されているが、顔色はすでに死地を抜けた者のそれだった。
「対象一、対象二の細胞照合も進めて」
クラウディアが指示を出す。
「同意前ですが」
「救命処置範囲の最低限で。保存は凍結。本人確認後、説明と破棄権限を与えます」
「了解」
灰白色の服を着た女たちが動く。
リシア。
ステファニア。
セラ。
三人の細胞情報が、医療区画の端末へ次々に読み込まれていく。
「母系譜因子、照合開始」
表示が切り替わる。
いくつもの線が走り、古い記録と新しい検体が重ねられていく。
自然の血筋だけではない。
かつてベルカが設計し、書き換え、戦争の中で使った継承の痕跡。
数分後、三つの遺伝子図が並んだ。
リシア。
ステファニア。
セラ。
「母系譜因子、照合完了」
クラウディアは、それを見て小さく息を吐いた。
「やはり」
アインは黙って表示を見る。
「三名とも、ベルカ系譜です」
「どの程度だ」
「初期型に近い痕跡があります。対象一、リシア・ファーランドは旧ファーランド公爵家特有の遺伝子パターンと一致。対象二、対象三は、かなり古い時代にファーランド系譜から分岐した同血統と見てよいでしょう」
「記録は」
「アークライト医療データベースに残っています。照合誤差は許容範囲内です」
アインは、湯呑みを置いた。
それから、遠い目をして上を向く。
「……残っていてくれたか」
その声は、ひどく静かだった。
クラウディアは何も言わなかった。
言葉を重ねる場面ではないと、知っていた。
「それと、もうひとつ」
クラウディアは表示を切り替える。
「遺伝子時計の推定値が出ました」
アインの視線が戻る。
「どれくらいだ」
「およそ千五百年。誤差範囲を含めても、偵察用特務艦の星図照合結果と矛盾しません」
短い沈黙が落ちた。
アークライトにとって、主観時間は二年だった。
次元の歪みに呑まれ、帰還までに要した時間は二年。
だが、出現ポイントでの簡易計測は、母星側で少なくとも千年規模の時間が経過している可能性を示していた。
その後、偵察用特務艦が母星近傍へ先行し、星の位置情報を取得した。
星図との照合結果は、約千五百年。
それは推測だった。
受け入れがたいが、否定しきれない数字だった。
そして今。
目の前にいる三人の母系譜因子が、その数字を裏付けている。
アインはしばらく黙っていた。
それから、椅子の背に身体を預ける。
背もたれがわずかに倒れ、彼の白い髪が薄い光を受けた。
深く座ったわけではない。
眠るためでもない。
ただ、目の前に置かれた数字の重さを、身体ごと受け止めるように。
「推測じゃ、なくなったな」
「はい」
クラウディアは静かに答えた。
「私たちは、千五百年後に帰還しています」
アインは、何も言わなかった。
怒るでもない。
嘆くでもない。
ただ、白い天井を見上げたまま、ゆっくりと息を吐く。
千五百年。
数字は、いつも残酷なほど正確だった。




