表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ベルカ  作者: 柿内彦左衛門
古より吹く風

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/74

第二十八夜 黒い船出

第二十八夜 黒い船出


 健康診断の日から、出発までの時間は驚くほど短かった。


 短かった、と思う。


 けれど、その間に起きたことを一つずつ数え上げれば、短いと言ってよいのか分からなくなる。


 アリシアは、正式にファーランド大公家長女として扱われることになった。


 リシアの双子の姉。


 長い療養から戻った、伏せられていた姉。


 アインは、西方大陸西岸の沿岸国家に連なる公子として書類に置かれた。


 ベルン商会は、公都ラーンに看板を掲げるための準備を始めた。


 ステファニアは、鍵スフィアへ触れた後、何事もなかったような顔で日々の支度を進めている。


 セラは、健康診断の結果に何の衝撃も受けず、食事量も変えなかった。


 そしてリシアは、自分の荷物の中に、学院へ戻るための衣服と、アークライトから渡された端末と、まだ呼び慣れない姉の名を一緒に詰めることになった。


 普通なら、どれか一つだけでも一ヶ月は悩める。


 けれど、一ヶ月はない。


 聖王国の学院までは、およそ二千キロ。


 馬車と船を使えば、通常なら一ヶ月ほどかかる距離だ。


 それを、ロシナンテなら三日で行ける。


 アインは、そう言った。


 リシアは最初、冗談だと思った。


 アインが冗談を言う顔をしていなかったので、冗談ではないのだと分かった。


 分かった後で、少しだけ頭が痛くなった。


 出発の朝、公都ラーンの港には、まだ薄い朝靄が残っていた。


 海から湿った風が吹いている。


 帆柱が軋む音。


 荷を運ぶ人々の声。


 波が岸壁を叩く音。


 港は、いつもの港だった。


 ただ一つ、いつもと違うものがある。


 黒い船だった。


 それは、港の中でもっとも深い桟橋に静かに停泊していた。


 大きすぎるわけではない。


 少なくとも、港に並ぶ大型商船と比べれば、むしろ細く、低く、美しい。


 中央の細い船体の左右に、さらに小さな船体が寄り添っている。


 三つの船体で水面を掴む、三胴船。


 トリマラン、とクラウディアは短く説明した。


 けれど、その船は、明らかに普通ではなかった。


 船体は黒い。


 ただの黒ではない。


 磨き上げられた黒曜石を、そのまま船にしたような黒だった。


 リシアは、そんなことを考えた。


 帆はない。


 大きな櫂も見えない。


 煙突もない。


 けれど、船体の側面には細い光の線が走り、時折、呼吸のように淡く明滅している。


「あれが、ロシナンテですか」


 ステファニアが、静かに言った。


 声は落ち着いている。


 けれど、視線は船体の継ぎ目や水面との接し方を細かく追っていた。


「馬には見えませんね」


 セラが言った。


「船だからな」


 アインが短く答える。


「ロシナンテとは、馬の名なのですか」


 リシアが問うと、アインは少しだけ困った顔をした。


「昔の物語に出てくる馬の名前だ」


「強い馬なのですか」


「……強いかどうかは、難しい」


 クラウディアが、視線をわずかにそらした。


 アリシアが、楽しそうに目を細める。


「殿下らしい名ですわね」


「どういう意味だ」


「そのままの意味ですわ」


「答えになってない」


 リシアは、二人のやり取りを聞きながら、少しだけ肩の力を抜いた。


 アインは、最近こういう顔をすることが増えた気がする。


 困った顔。


 言い返そうとして、うまく返せない顔。


 それは、怖いほど遠い人ではなく、少しだけ近い人の顔だった。


 桟橋の手前には、見送りの者たちが並んでいた。


 ガリウス大公と大公妃。


 ウィリアム侯爵とクラリッサ夫人。


 カリウス子爵とその夫人。


 護衛や侍従は控えめに配置され、港に集まった一般の人々からは、いつもの公女一行の出立に見えるよう工夫されている。


 もちろん、いつも通りで済むはずがない。


 リシアの隣には、リシアと同じ顔の姉が立っている。


 そのさらに近くには、西方大陸西岸の公子ということになったアインがいる。


 そして、黒い船がある。


 目立たないようにするには、少し無理があるのではないか。


 リシアはそう思った。


 クラウディアは、何も言わなかった。


 つまり、これでも目立たない方なのだろう。


「リシア」


 大公妃が、近づいてきた。


「はい、お母様」


「無理をしないように」


「はい」


「大丈夫です、ではなく」


「無理をしないようにします」


 リシアがそう答えると、大公妃は小さく頷いた。


 それから、アリシアへ視線を向ける。


「アリシア」


「はい」


 その呼び方は、もう自然だった。


 少なくとも、そうしようとしてくれている声だった。


「あなたもです」


「承知しておりますわ」


「承知している方ほど、無理をなさいます」


 アリシアは、少しだけ目を瞬いた。


 それから、柔らかく微笑む。


「では、リシア様に叱っていただきます」


「お姉様」


 思わず口から出た言葉に、リシア自身が少し驚いた。


 アリシアも、ほんの一瞬だけ止まる。


 けれど、すぐに微笑みを深くした。


「はい」


 短い返事だった。


 それだけなのに、リシアは胸の奥が少し熱くなるのを感じた。


 ガリウス大公は、アインの前へ進んだ。


 公の場ではない。


 けれど、港には人目がある。


 大公は、必要以上に頭を下げなかった。


 代わりに、深く、静かに言った。


「娘たちを、頼みます」


 アインは、大公を見た。


 いつものように、短く答えるのだろうとリシアは思った。


 実際、言葉は短かった。


「預かる」


 けれど、その後に、少しだけ間があった。


 アインは、港の先に広がる海を一度見た。


 それから、もう一度ガリウス大公を見る。


「無事に着ける」


 ガリウス大公の表情が、わずかに動いた。


 約束というには短い。


 けれど、アインはできない約束をしない。


 リシアは、もうそれを知っている。


 だから、その短い言葉が、軽くないことも分かった。


 ウィリアム侯爵は、ステファニアの前に立った。


「ステファニア」


「はい、父上」


「分からないことがあれば、聞きなさい。分かってしまったことも、抱え込むな」


 ステファニアは、静かに目を伏せた。


「……承知しました」


「本当に承知したか」


「努力します」


「それでよい」


 カリウス子爵は、セラを見た。


「食べ過ぎるな」


「努力します」


「お前もか」


「はい」


 セラは真面目な顔だった。


 真面目な顔だったので、リシアは笑いそうになった。


 笑う前に、セラがこちらを見る。


「リシア様」


「はい」


「お守りします」


「お願いします」


 いつものやり取り。


 けれど、今日は少しだけ違って聞こえた。


 リシアは、セラが傷ついた日のことを思い出す。


 そして、今そのセラが、港に立っている。


 生きている。


 それだけで、十分すぎるほどだった。


 出航の準備は、ほとんど音もなく進んでいた。


 リジェナとリジェスカが、船体側面の確認を終える。


 黒い船の周囲には、数名のハイランダーが普通の船員の格好で立っていた。


 普通の船員に見える。


 ただし、立ち方が普通ではない。


 港の人々が気づくほどではないが、リシアには分かった。


 彼女たちは、周囲の全てを見ている。


 風も、人の流れも、視線も、足音も。


 全てを。


「乗船してください」


 クラウディアが告げた。


 まずリシアたちが桟橋を渡る。


 ロシナンテの甲板へ足を踏み入れた瞬間、足裏に伝わる感触が変わった。


 木ではない。


 石でも金属でもない。


 硬いのに、わずかに柔らかい。


 踏んだ衝撃を、船が受け止めて消しているようだった。


「揺れが少ないですね」


 ステファニアが言う。


「港内では通常船舶の揺れに合わせています」


 クラウディアが答えた。


「合わせている?」


「揺れなさすぎると不自然です」


 リシアは、黙って甲板を見た。


 揺れなさすぎると不自然。


 そういう考え方もあるのだと、また一つ知ってしまった。


 クラウディアが船室へ案内しようとした時だった。


 船内へ続く扉が、内側から開いた。


「やあ」


 そこにいたのは、見慣れない女性だった。


 白衣のような上着を羽織り、腰には工具らしきものをいくつも下げている。表情は明るく、目だけが異様に鋭い。


「ボクはクラウディアの親友、マキナだよ。以後、よろしくね」


 最後に、音符でも付きそうな調子で言った。


 クラウディアが、わずかに沈黙した。


「……何故、貴女が」


「やだなあ。この船をよく知る人間が案内するのは当然じゃないか」


 マキナは笑顔のまま胸を張った。


「技術部を代表して、ボクが案内するよ」


「代表を頼んだ覚えはありません」


「頼まれてから来る技術者は、二流だよ」


「帰ってください」


「ひどいなあ。親友に向かって」


 リシアは、二人を見比べた。


 クラウディアの表情はいつも通りに見える。


 けれど、ほんの少しだけ空気が重い。


 アインが片手で額を押さえた。


「マキナ」


「はい、殿下」


「問題を起こすな」


「起こさないよ。問題になる前に離脱するから」


「それは起こす側の言い方だ」


 マキナは聞こえなかったように笑った。


 アリシアが扇子で口元を隠す。


 目が、完全に楽しんでいた。


 船室へ案内されると、さらに驚いた。


 外から見た船体より、中が広い。


 広すぎるわけではない。


 けれど、廊下の幅、天井の高さ、個室の配置、食堂の広さ。


 すべてが、外見から想像するより余裕を持って作られていた。


「空間を少し折っています」


 マキナが、当然のように言った。


「少し」


 ステファニアが小さく繰り返す。


「はい。少しです」


 クラウディアが、横から静かに言った。


「快適性のため、内部容積を少しだけ増やすよう依頼しました」


「そう。クラウがそう言うから、体育館ほど確保しておいたよ」


 リシアは、聞き間違いかと思った。


 体育館。


 今、そう言った。


 船の中に。


「マキナ」


 クラウディアの声が低くなる。


「少し、の範囲を逸脱しています」


「大丈夫。居住区画としては快適性重視の安全設計だよ。アークライト技術部が責任を持ってやらかしたから」


「やらかしたと自覚しているなら、なお悪いです」


 マキナは、にこにこしていた。


 リシアは理解した。


 マキナとアークライト技術部。


 混ぜると危険なものなのだ。


「その少しの基準について、後ほど伺っても?」


「低階層情報からであれば」


 ステファニアは、何かを言いかけて、やめた。


 鍵スフィアに触れた後の彼女は、時折こういう顔をする。


 見えているものを、今ここで言葉にするべきかどうか考えている顔。


 リシアは、それが少し心配だった。


 同時に、少し頼もしくもあった。


 出航の合図は、鐘ではなかった。


 笛でもない。


 甲板の下で、低い音が一つだけ鳴った。


 それは、音というより、船体が目を覚ました気配に近かった。


 ロシナンテが動き出す。


 岸壁が、ゆっくりと離れていく。


 ガリウス大公たちが、桟橋で見送っている。


 大公妃が、片手を胸の前で小さく振った。


 リシアも、同じように手を振り返す。


 アリシアも並んで手を振った。


 同じ顔の二人が、同じように手を振る。


 桟橋の向こうで、何人かの侍女が目を丸くしているのが見えた。


 リシアは、少しだけ頬が熱くなった。


 港を出るまでは、ロシナンテは普通の船のように進んだ。


 帆も櫂もないのに、水を押して進んでいる。


 それだけでも十分不思議だったが、港の人々には、どう見えているのだろう。


 船体の下に隠された機構なのか。


 魔法なのか。


 遠方の技術なのか。


 たぶん、そのどれかとして受け取られるのだろう。


 この時代にも、魔法で水流を作り出して進む遅い舟はある。


 だから、船首や船尾に横向きの水流を生む装置があり、自力で進む船だと言われれば、まったく理解できない話ではない。


 理解できる範囲に、ぎりぎり収めている。


 リシアには、そう見えた。


 港の防波堤を越え、外海へ出る。


 ラーンの港が、少しずつ遠ざかる。


 城壁が見える。


 高台が見える。


 あの墓地も、今は朝の光の中に小さく沈んでいる。


 ガルフの墓。


 アインが「戻った」と告げた場所。


 そこを離れていくのだと思うと、リシアの胸に小さな痛みが走った。


 けれど、戻らないわけではない。


 今度は、出て行くための出発ではない。


 戻る場所を持ったまま、向かうのだ。


「リシア」


 隣で、アリシアが静かに呼んだ。


「はい」


「また戻りますわ」


 リシアは、アリシアを見た。


 同じ顔。


 けれど、少しだけ違う瞳。


「はい」


 今度は、自然に答えられた。


 港が十分に遠ざかったところで、クラウディアが端末を操作した。


 船室の壁が、静かに色を変える。


 黒い壁が透明になったわけではない。


 けれど、外の景色がそのまま映し出される。


 海。


 空。


 遠ざかるファーランド。


 そして、その上方に、薄く線が重なった。


 最初は雲かと思った。


 違った。


 あまりにも大きすぎる輪郭。


 海と空の境目を越えた、遠い場所。


 そこに、淡い光で巨大な船影が示されていた。


「アークライト」


 リシアは、思わず呟いた。


 実物が見えているわけではないのだろう。


 だが、ロシナンテの表示は、その位置と形を重ねて見せている。


 七十キロメートル級の船。


 内部に大きな国をいくつも閉じ込めた、失われたベルカの船。


 今までリシアは、その中にいた。


 医療区画で目覚め、草原の病室で食事をし、ダンジョンの街を歩き、星の間へ向かい、アリシアと出会った。


 けれど、外から見るアークライトは、まるで別のものだった。


 大きい。


 その言葉では足りない。


 空にあるというだけで、常識が揺らぐ。


 その輪郭が、地上の空に重ねられているだけで、自分たちがどれほど大きなものの中にいたのか、改めて分かってしまう。


 その時、船体が低く鳴った。


 先ほどまでと音が違う。


 水を押す音ではない。


 水面から、船が少しだけ離れるような感覚があった。


「沖に出たね」


 マキナが、どこか弾んだ声で言った。


「それじゃ、軽く性能を見ようか」


「マキナ」


 クラウディアが制止する。


「予定航行速度を超えないでください」


「もちろん。予定の範囲内で、全力だよ」


「その二つは両立しません」


「技術部では両立するんだ」


 アインが、深く息を吐いた。


 次の瞬間、ロシナンテが走った。


 帆はない。


 それでも、全力帆走という言葉が似合う速度だった。


 黒い三胴船が水面を滑り、左右の船体が波を切り、船首から白い筋が伸びていく。


 リシアの身体には、ほとんど衝撃が来ない。


 けれど、壁面表示の海面だけが、異様な速度で後ろへ流れていた。


「いいね」


 マキナは満足そうに頷いた。


「重心制御も悪くない。空間折り畳みの位相ずれも許容範囲。船体剛性はまだ余裕がある。うん、やっぱりトリマランにして正解だった」


「危険域に近づいています」


 クラウディアが告げた。


「まだ警告域だよ」


「危険域に近づいています」


「分かった分かった」


 マキナは両手を上げた。


「それじゃ、ボクはこれで」


「どこへ」


「技術部に戻る。記録を解析したいからね」


 マキナが壁面の一部へ手をかざすと、船尾側の小区画が開いた。


 そこには、細い小舟とも、馬乗りになって扱う何かともつかない機体が格納されていた。


 彼女は軽い足取りでそれに跨がる。


「皆、よい船旅を」


「待ちなさい。何でエアバイクを持って来ているんです!」


 クラウディアの声が、珍しく鋭くなった。


 次の瞬間、機体が海面へ滑り出した。


 水上を白い線を引いて走る。


 そして、まるで水面そのものを蹴ったように、ふわりと持ち上がった。


 飛んだ。


 馬のように跨がっていたはずのそれは、空へ向けて角度を上げ、アークライトの方角へ一直線に消えていく。


 リシアは、言葉を失った。


 セラも珍しく食べ物以外のことで目を丸くしている。


 ステファニアは額に指を当てていた。


「今のは」


「見なかったことにしてください」


 クラウディアが言った。


「無理があります」


 ステファニアが即座に返した。


 アインは、まだ額を押さえていた。


「技術部を代表して、あとで叱っておく」


「代表が本人では」


「だから問題なんだ」


「……船、なのですよね」


 ステファニアが言った。


「はい」


 クラウディアが答える。


「船です」


「大きな国を、いくつも閉じ込めているようなもの、と申し上げましたが」


「概ね正確です」


「正確でしたか」


 ステファニアは、小さく息を吐いた。


 セラは、表示された船影を見上げている。


「あの中に、街がある」


「はい」


「食堂も」


「あります」


「では、戻る場所でもありますね」


 セラは、あっさりと言った。


 リシアは、その言葉に少し救われた。


 そうだ。


 あれは、巨大な船で、失われた国の亡霊で、信じがたい技術の塊だ。


 けれど同時に、戻る場所でもある。


 草原の病室があり、昼食の店があり、健康診断で魂を抜かれる場所があり、誰かが待っている場所。


 恐ろしいだけではない。


 遠いだけでもない。


「出力を上げます」


 クラウディアが告げた。


 船体の低い音が、わずかに変わる。


 海面の白い線が、後方へ伸びた。


 風が変わる。


 けれど、揺れはほとんどない。


 ロシナンテは、海の上を滑るように進み始めた。


 ファーランドの海岸線が、ゆっくりと遠ざかる。


 いや、ゆっくりではない。


 速い。


 速すぎる。


 それでも船内は静かだった。


「三日」


 リシアは、小さく言った。


「はい」


 クラウディアが答える。


「通常約一ヶ月の距離を、三日で到着します」


「学院へ」


「はい」


 学院。


 リシアが本来戻るはずだった場所。


 ステファニアの婚約者がいる場所。


 メシア正教国の影がある場所。


 アリシアが一手を必要だと言った場所。


 ステファニアが、鍵を持ったまま向かう場所。


 アインが護衛として同行する場所。


 考えるほど、胸の奥が重くなる。


 けれど、不思議と怖いだけではなかった。


 ロシナンテは、黒い船体で海を切って進んでいる。


 戻る場所を背にして、知らない場所へ向かっている。


 その船の中には、リシアだけではない。


 ステファニアがいる。


 セラがいる。


 アリシアがいる。


 アインがいる。


 クラウディアがいる。


 メイが、船室の隅で窓の表示を見ながら、小さく何度も頷いている。


 これだけ揃っていて、何も起きないはずがない。


 リシアは、そう思った。


 そして、少しだけ笑ってしまった。


「どうされました」


 ステファニアが問う。


「いいえ」


 リシアは首を振る。


「少しだけ、開き直りました」


 ステファニアは一瞬だけ目を丸くし、それから小さく笑った。


「それは、よいことです」


「本当に?」


「たぶん」


 その答えに、リシアはまた少し笑った。


 ロシナンテは、速度を上げる。


 黒い船体が、朝の海に細い光の筋を残していく。


 ファーランドは遠ざかり、聖王国はまだ見えない。


 けれど、道はもう開いていた。


 海の上に。


 空の下に。


 そして、戻ってきた者たちと、これから選ぶ者たちの前に。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ