表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ベルカ  作者: 柿内彦左衛門
古より吹く風

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/74

第二十六夜 伏せられた姉

第二十六夜 伏せられた姉


 墓地から城へ戻った時、空の色は少しだけ明るさを増していた。


 同じ朝の光のはずなのに、高台で見たものとは違って見える。


 慰霊碑の前では、風も光も、どこか遠いもののようだった。


 けれど城の中へ戻ると、石の床を踏む足音があり、控えていた侍女たちの衣擦れがあり、遠くで扉の開閉する音がある。


 人が暮らしている場所の音だった。


 リシアは、その音に少しだけ救われた気がした。


 長い眠りは終わった。


 戻ってきた祈りはある。


 けれど、戻ってきた者たちには、次の席を用意しなければならない。


 それが、今のファーランドで生きるということなのだと思う。


 通されたのは、大広間ではなかった。


 王侯を招くための謁見の間でもない。


 城の奥にある、身内の会食に使われる中広間だった。


 壁には古い織物が掛けられ、窓辺には季節の花が控えめに飾られている。


 長卓ではなく、いくつかの小卓が置かれ、軽い食事と茶が用意されていた。


 立食の形だった。


 豪奢ではある。


 けれど、誇示ではない。


 外へ見せるための宴ではなく、集まった者たちが互いの顔を確かめるための場だった。


 そこにいたのは、限られた者だけだ。


 ガリウス大公と大公妃。


 ウィリアム・レーヴェンハイト侯爵と、カリウス・グレイヴェル子爵。


 リシア、ステファニア、セラ。


 アイン、アリシア、メイ。


 クラウディア。


 それから、控える者たちも、ごく少数に絞られていた。


 誰も、最初の言葉をすぐには出さなかった。


 墓前での沈黙が、まだそれぞれの喉に残っていたのだと思う。


 最初に動いたのは、大公妃だった。


 彼女はリシアの前へ歩み寄ると、両手を伸ばした。


「リシア」


「お母様」


 抱きしめられた瞬間、リシアは自分がまだ少し震えていたことに気づいた。


 大公妃の腕は強かった。


 公女としてではなく、ただ娘として抱きしめられている。


 そのことが、胸の奥に遅れて届く。


「無理はしていませんね」


「はい。……無理をしないようにしています」


「よろしい」


 以前なら、大丈夫です、と答えていたと思う。


 けれど、それでは信用されないことを、もう知っている。


 大公妃は小さく頷き、リシアの頬に触れた。


 その指先が離れる時、視線がアリシアへ向いた。


 大公妃の表情が、わずかに揺れる。


 リシアと同じ顔。


 けれど、同じではない少女。


 アリシアは、その視線を受けて、静かに一礼した。


「お初にお目にかかります。……と申し上げるべきなのでしょうね」


 柔らかな声だった。


 けれど、その言葉には、千五百年という時間が薄く重なっていた。


 大公妃は少しだけ息を呑み、それから礼を返した。


「あなたが、アリシア様」


「はい。ガルフ・ファーランドの娘、アリシアにございます」


 その場の空気が、もう一度引き締まる。


 名乗りは、短かった。


 それでも、その名が持つ重さを知らない者はいなかった。


 ガリウス大公が、一歩進み出た。


「まずは、順番が逆になったことをお詫び申し上げます」


 その声は、大公としてのものだった。


「本来であれば、墓前へ向かう前に、現当主としてあなたをお迎えすべきでした」


「いいえ」


 アリシアは首を振った。


「お父様の前へ先に行くことを許してくださった。そのことに、感謝しておりますわ」


 ガリウス大公は、深く頭を下げた。


 その横で、アインが短く言った。


「順番が逆だったのは、俺も同じだ」


 大公妃が、静かにアインを見た。


「殿下」


「何だ」


「帰ってこられた方々は、まず椅子にお座りください。立ったまま国の話を始めるものではありません」


 アインが一瞬だけ黙った。


 クラウディアが、ほんのわずかに目を伏せる。


 笑ったのかもしれない。


 リシアには、そう見えた。


「……悪い」


「謝罪ではなく、着席を」


「分かった」


 アインは素直に椅子へ向かった。


 アリシアも、メイを伴って席へ移る。


 空気が、わずかに緩んだ。


 大公妃の一言は、政治より先に人を座らせるためのものだったのだと、リシアは思った。


 軽い食事が進む間、言葉は少しずつ戻ってきた。


 ウィリアム侯爵は、ステファニアの前で一度立ち止まり、何か言いかけて、結局「無事でよかった」とだけ言った。


 ステファニアは、いつものように美しく礼をした。


「ご心配をおかけしました」


「心配くらい、させなさい」


 その声に、侯爵としてではなく父親としての響きが混じっていた。


 ステファニアの目元が、一瞬だけ柔らかくなる。


 カリウス子爵は、セラを見て眉間に皺を寄せた。


「お前は、もう少し重傷者らしくできんのか」


「申し訳ありません」


「謝るところではない」


「では、どう答えれば」


「……元気ならいい」


「はい」


 セラは素直に頷いた。


 そのやり取りを見て、リシアは少しだけ笑いそうになった。


 笑っていい場なのか分からなかったので、茶器へ視線を落とす。


 その時、アリシアが静かに杯を置いた。


 澄んだ、小さな音がした。


「ガリウス大公」


 呼びかけは、柔らかかった。


 けれど、その場にいた全員が、自然と彼女を見る。


 アリシアは、背筋を伸ばして座っていた。


 白い礼装は墓前のままだ。


 けれど、そこにいるのは、父の墓へ帰った娘だけではなかった。


 王妃教育を受けた旧ファーランド公爵家の姫。


 そして、未来に目覚めることを想定し、自分の居場所を作る準備までしていた人だった。


「お願いがございます」


「伺いましょう」


 ガリウス大公の顔が、当主のものへ変わる。


 アリシアは、ほんの少しリシアへ視線を向けた。


 それから、言った。


「わたくしを、リシア様の双子の姉として存在させていただきたいのです」


 リシアは、息を止めた。


 双子。


 姉。


 自分と同じ顔をした少女が、当たり前のようにその言葉を口にする。


 けれど、冗談ではないことは分かった。


 アリシアの目は、笑っていなかった。


「名は、アリシアのままでよろしいかと存じます。ファーランド大公家の長女。長い闘病生活により、幼い頃から名を伏せられ、外へ出ることを許されなかった。近年、ようやく容体が安定し、療養先から戻った。そういう形にしていただければ」


 大公妃の手が、膝の上でわずかに強く握られた。


 ガリウス大公は、すぐには答えなかった。


「それをすれば」


 ゆっくりと、言葉を選ぶ。


「我々は、娘を一人、長く隠していたことになる」


「はい」


「病弱な長女を公表せず、存在を伏せていた大公夫妻、と見られる」


「はい」


「場合によっては、あなたを政治的に利用するために隠していた、という噂も立つ」


「その程度の噂で済むよう、理由を整える必要がございます」


 アリシアは、少しも怯まない。


「療養先の記録、医師の名、発作の時期、面会制限の理由、教育記録。必要なものは、アークライト側の協力を得れば整えられます。もちろん、地上側の記録として不自然でない形に」


 クラウディアが静かに頷いた。


「可能です。嘘を増やしすぎると後の手間が増えますので、事実に近い形へ寄せます」


「事実に近い形、ですか」


 ガリウス大公が言った。


「石化睡眠を、長期療養に置き換える」


「はい」


「アークライトを、療養先に置き換える」


「はい」


「千五百年を、十六年に圧縮する」


「はい」


 アリシアは静かに頷いた。


「わたくしは、今の世にとって、その程度に小さく畳まれなければならない存在です」


 リシアは、その言葉に胸を押さえられたような気がした。


 小さく畳まれる。


 初代大公ガルフの娘。


 アインの婚約者。


 千五百年を待った少女。


 その人が、今の世に入るために、自分の名前を折り畳もうとしている。


「本来の名と立場をそのまま出せば、ファーランドは混乱します」


 アリシアは続けた。


「アイン様の帰還も、アークライトの存在も、正教国や帝国がどう受け止めるか分かりません。わたくしが初代大公の娘として表に立てば、ファーランドは神話を政治に引きずり出した国になります」


 その声は、穏やかだった。


 穏やかだからこそ、逃げ道がなかった。


「ですから、わたくしはリシア様の姉でよいのです」


「よい、ではなく」


 大公妃が言った。


 声が少しだけ震えていた。


「それを、あなたが望むのですか」


 アリシアは大公妃を見た。


 そして、少しだけ表情を和らげた。


「望みます」


「なぜ」


「お父様の国を、余計に燃やしたくありません」


 誰も、すぐには言葉を返せなかった。


 その答えは、あまりにもまっすぐだった。


 ガリウス大公が、深く息を吐く。


「……あなたは、我々に父母の役を求めるのですな」


「はい」


「長く病んだ娘を伏せていた、という汚名も含めて」


「はい」


「それは、軽いものではありません」


「承知しております」


 アリシアは頭を下げた。


「ですから、お願い申し上げます」


 ガリウス大公は、しばらくアリシアを見ていた。


 それから、リシアを見た。


 リシアは、答えを求められているのだと気づくまでに、少し時間がかかった。


「リシア」


「はい」


「あなたは、どう思う」


 どう思う。


 簡単な問いではなかった。


 目の前の少女は、祖先だ。


 伝承の中の人だ。


 けれど、墓前で父に報告した娘でもあり、アインを三度打って綺麗に着地した人でもある。


 そして今、自分の姉になろうとしている。


 普通なら、ありえない。


 けれど、普通ならありえないことばかりが続いている。


 リシアは、アリシアを見た。


 同じ顔。


 けれど、自分より少しだけ背筋の強い、白い衣の少女。


「私は」


 声が、思ったより小さくなった。


 それでも、続ける。


「アリシア様を、神話の中の方としてだけ見ることは、もうできません」


 アリシアの目が、わずかに細くなる。


「お父様の墓の前で、あのように報告される方を、遠い昔の人だとは思えませんでした」


 胸の奥にある言葉を、一つずつ選ぶ。


「姉と呼ぶには、まだ、時間が必要かもしれません。ですが……ファーランドに戻ってきた方を、ファーランドが外へ置いたままにするのは、違うと思います」


 大公妃が目を閉じた。


 ガリウス大公は、少しだけ口元を緩めた。


「そうか」


「はい」


「では、我々は娘を一人増やすことになる」


 大公妃が、夫を見た。


「あなた」


「病弱な長女を伏せていたと言われる程度で、初代大公の娘を守れるなら安い」


 ガリウス大公は言った。


 その声には、先ほど墓前で震えていた人と同じ人間の熱があった。


「それに、父親の評判など、娘の命に比べれば軽い」


 大公妃は、少しだけ目を伏せた。


 それから、アリシアへ向き直る。


「アリシア」


「はい」


「長い療養でしたね」


 アリシアの表情が、一瞬だけ止まった。


 大公妃は立ち上がり、彼女の前へ歩み寄った。


「戻ってきてくれて、ありがとう」


 そう言って、アリシアを抱きしめた。


 リシアは、息を呑んだ。


 アリシアは、しばらく動かなかった。


 それから、ゆっくりと両手を上げる。


 大公妃の背へ、そっと手を置いた。


「……ただいま、戻りました」


 その声は、とても小さかった。


 けれど、確かに届いた。


 メイが、隅で目元を押さえている。


 アインは、何も言わなかった。


 ただ、少しだけ視線を外していた。


 クラウディアは、その沈黙の間だけ、端末へ触れなかった。


 やがて、大公妃がアリシアから離れる。


 ガリウス大公は、改めて席へ戻った。


「では、表向きの整理はそうしましょう。ファーランド大公家長女、アリシア・ファーランド。長期療養のため公表を控えていたが、容体安定により帰還。リシアの双子の姉」


「ありがとうございます」


 アリシアが礼をする。


 そこで、アインが短く言った。


「俺は護衛でいい」


 全員の視線が、アインへ向いた。


 アインは本気の顔だった。


「リシアたちが学院へ戻り、アリシアがそこへ編入するなら、俺は護衛で同行する。目立たない方がいい」


 ガリウス大公は、しばらくアインを見た。


「殿下」


「何だ」


「婚約者として同行なさればよいのでは」


 アインが黙った。


 アリシアが、扇子も持っていないのに、扇子を閉じる音が聞こえそうな笑みを浮かべた。


「まあ」


「いや」


 アインが即座に言う。


「今それを出すと、面倒が増える」


「事実ではありますわ」


「事実だが、順番がある」


「順番を気にするようになられたのですね」


「……悪かった」


 アリシアは楽しそうに目を細めた。


 大公妃が口元を押さえ、ウィリアム侯爵が咳払いをし、カリウス子爵が天井を見た。


 リシアは、何だか妙に疲れた。


 この方たちは、本当に千五百年を越えて再会したばかりなのだろうか。


 そう思うくらい、やり取りが自然だった。


「婚約者の件は、内側の事実として保持しましょう」


 クラウディアが淡々と言った。


「外部へ出すのは、アリシア様の帰還と、リシア様たちに同行して学院へ編入するために必要な範囲まで。殿下は護衛として同行。必要が生じた場合のみ、婚約関係を開示します」


「それでよいでしょう」


 ガリウス大公が頷いた。


「殿下ご自身の出自は、どう扱います」


 ウィリアム侯爵が問うた。


 それもまた、避けて通れないことだった。


 リシアの姉が長い療養から戻った。


 そこまでは、まだ整えられる。


 けれど、その姉の傍らに、どこの誰とも知れない少年が当然のように立っていれば、必ず目立つ。


 アインは、少しだけ面倒そうに目を細めた。


「適当でいい」


「適当では困ります」


 大公妃が即座に言った。


「……では、適切に」


「言い換えただけです」


 アリシアが、楽しそうに微笑んだ。


「西方大陸の西岸地区など、いかがでしょう。東方では未開の地として扱われておりますけれど、実際には沿岸にいくつかの国がある。航路が険しいため、往来も確認も容易ではない。そういう土地であれば、交易商会を通じた縁にもできますわ」


 クラウディアが頷く。


「妥当です。西方大陸西岸の沿岸国家。その王族に連なる公子。ベルン商会を通じてファーランド大公家と接点を持ち、アリシア様の長期療養に必要な希少薬と治療技術を届けた人物。療養中の交流を経て、内々に婚約が整った。外向きには、まず護衛兼随行者」


「詐称が増えるな」


 アインが言った。


「殿下」


 クラウディアが、淡々と返す。


「今さらです」


「今さらですわね」


 アリシアも同じ調子で頷いた。


 アインは、何か言い返そうとして、やめた。


 その顔が、ほんの少しだけ昔の話をしている人のものに見えた。


 リシアは、なぜかそのことに気づいた。


「では次に、帝国の件を」


 空気が変わった。


 柔らかくなっていた場が、再び当主と指揮官のものへ戻る。


 クラウディアは端末を開いた。


 卓上に、淡い光で地図が浮かぶ。


 ファーランド公国。


 東のミース大河。


 さらにその先にある国境線。


 そして、グランカーン帝国の名。


「先の襲撃に関して、野盗を装っていた者たちは帝国の偽装兵であると確定しています」


 ウィリアム侯爵の目が細くなった。


 カリウス子爵は表情を動かさない。


 けれど、手にしていた杯は、置かれていた。


「自白、装備、連絡経路、資金の流れ。いずれも一致しました」


 クラウディアは、必要な情報だけを過不足なく並べていく。


「また、ファーランド方面への動員準備と見られる動きも確認しています。ただし、現時点で即時侵攻と断定する段階ではありません」


「時間はあると」


 ガリウス大公が問う。


「多少は」


 クラウディアは答えた。


「ですが、余裕と呼べるほどではありません」


 大公は頷いた。


 その横で、アインが地図を見ている。


 表情は変わらない。


 けれど、リシアには分かった。


 アインは、もう次の手を考えている。


「アークライトは、ファーランドを表立って軍事支配する意思はありません」


 クラウディアが続けた。


「その形を取れば、正教国、帝国、周辺諸国すべてに余計な口実を与えます」


「では、どう繋ぐ」


 ガリウス大公の問いに、クラウディアは即答した。


「商会を設立します」


 リシアは瞬きをした。


 商会。


 今、この場で出る言葉としては、少しだけ日常に近すぎる気がした。


 けれど、ガリウス大公は驚かなかった。


「名は」


「ベルン商会」


 クラウディアは言った。


「表向きはファーランド公国に新設される交易商会。医療品、保存食、工具、衣服、航海用品、教育用具など、段階的に扱います。裏側では、アークライトとファーランドを繋ぐ窓口、情報収集、物資調整、対外接触の緩衝材として機能させます」


 ガリウス大公が、深く息を吐いた。


「既に準備しているな」


「はい」


「疑問形ではないのだが」


「その方が後の手間が少ないので」


 クラウディアの声は、いつも通りだった。


 リシアは、なぜか少しだけ安心した。


 アークライトの人々は、異常なことを異常な速度で進める。


 けれど、クラウディアが淡々としていると、少なくとも方向は見えているのだと思える。


「ベルン」


 大公妃が、小さく名を繰り返した。


「皇都の名ですね」


「はい」


 クラウディアが頷く。


「隠しません。ですが、意味を知る者は限られます」


 ガリウス大公はしばらく考え、それから頷いた。


「よいでしょう。公都ラーンに商会を置く。表向きは交易と復興支援。内側では同盟の窓口」


「正式な同盟文書は、次に」


 クラウディアが言う。


「本日は、方針確認までで十分です」


 ガリウス大公は苦笑した。


「十分、ですか」


「はい」


「墓参りの後に、娘が一人増え、帝国の偽装兵が確定し、古代ベルカの商会が公都に設立される。これで十分」


「一日で処理する量としては、控えめです」


 ウィリアム侯爵が、とうとう額を押さえた。


 カリウス子爵が低く言う。


「侯爵。慣れろ」


「無理を言うな」


 ステファニアが、静かに息を吐く。


 セラは、卓上の軽食を見ていた。


 リシアは、その横顔を見て、少しだけ肩の力を抜いた。


 世界は、また大きく動こうとしている。


 アリシアという名が、リシアの姉としてファーランドに置かれる。


 ベルン商会という名が、公都ラーンに置かれる。


 帝国の影が、東から伸びている。


 それでも、この場には茶があり、軽い食事があり、父母がいて、友人がいて、まだ笑いに似たものも残っている。


 リシアは、自分の杯をそっと持ち上げた。


 長い眠りは終わった。


 けれど、終わったものの後には、必ず次の名前が必要になる。


 アリシア・ファーランド。


 伏せられていた姉。


 ベルン商会。


 帰ってきた亡霊たちが、今の世界に置く、新しい窓口。


 その名前たちが、静かにこの部屋で決まっていく。


 公都ラーンの外では、午後の光が城壁を照らしていた。


 その光は、墓前で見たものよりも少しだけ、現実の色をしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ