↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ベルカ  作者: 柿内彦左衛門
新しい風

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

168/174

第百四十六夜 読む前の受取人

第百四十六夜 読む前の受取人


 旧観測室の開扉許可が、もう一度卓上へ置かれた。


 前回と同じ封蝋。


 前回と同じ署名。


 違うのは、許可証の隣に二つの記録が並んでいることだった。


 旧礼拝施設の現在証言。


 封印管理区画の切断担当記録。


「本日の許可は、旧観測室の開扉と、索引及び表題の取得までです」


 学院の管理官が読み上げた。


「本文、添付記録、関連記録、接続履歴の取得は許可範囲に含みません」


「取得した索引と表題は、受取人が決まるまで三者共同記録へ置きます」


 エリオットが続けた。


「現在証言は、本日の閉庫確認記録です。旧礼拝施設を使用し、閉じ、次に開く者がいることを確認しています」


「異常が確認された場合、封印管理区画から接続を切断します」


 封印管理官が言った。


「切断後の再接続は、本日の許可に含みません」


 最後に、クラウディアがステファニアを見る。


「接続しますか」


 ステファニアは、許可証と二つの記録を順に見た。


「はい」


「索引へ到達した後、表題の取得へ進みますか」


「到達後に、改めて確認してください」


「確認しました」


 まだ、一つ目の同意だけだった。


     ◇


 北棟地下の旧観測室前には、以前と同じ扉がある。


 閉じている時と変わらない石の色。


 外周封印にも異常はない。


 だが、今日は管理官が開扉許可証の封蝋を切った。


 乾いた小さな音が、地下廊下へ落ちる。


 旧礼拝施設では、通常の閉庫手順を終えた担当者と立会人が、現在証言の送信へ同意している。


 封印管理区画では、封印管理官の補佐が遮断桿の前に立っている。


 エレナの表示は三地点を一つに重ねなかった。


 旧観測室。


 旧礼拝施設。


 封印管理区画。


 三つの状態は、別々の枠で並んでいる。


「開扉します」


 管理官が言った。


 扉の刻印へ、許可証に記された管理位相が通る。


 重い石扉は、音を立てずに内側へ沈んだ。


 冷たい風も、古い塵も出てこない。


 扉の先には、細い円形の通路と、その中央に低い石台があった。


 壁には記録棚がない。


 文字もない。


 石台の上に、何も載っていない。


「観測者登録を確認」


 エレナが告げた。


 管理官の名ではなかった。


 学院でも、封印管理側でもない。


 三者共同記録の識別番号が、観測者欄へ入っている。


「個人を登録していません」


 クラウディアが確認した。


「許可範囲を持つ共同記録を観測者として扱っています」


 アリシアの扇が僅かに動く。


「随分と用心深い扉ですこと」


「それでも開いた」


 アインが言った。


「ええ」


 アリシアは、開いた先へ足を踏み入れなかった。


 最初に入ったのは学院の管理官だった。


 物理的な管理責任を持つ者が、床と壁に異常がないことを確かめた。


 次に封印管理官が入り、遮断可能な線が維持されていることを確認した。


 エリオットは入口で止まり、現在証言が失われていないことを確かめた。


 それぞれが、自分の役割から先へ進まない。


「接続前の確認へ移ります」


 クラウディアが言った。


 ステファニアは石台の前へ進んだ。


 セラが右後方へ立った。


 リシアは三者共同記録の受取人欄を開いた。


 エレナは、接続継続、帰還経路、本人応答、取得済み情報だけを表示対象にした。


「接続しますか」


「はい」


 ステファニアが石台へ手を伸ばした。


 触れる直前で止める。


「索引へ到達した後、表題を取得する前に止まります」


「確認しました」


 指先が、石台へ触れた。


 光は出なかった。


 音もない。


 ステファニアの呼吸だけが、少しずつ深くなる。


「応答できますか」


 エレナが尋ねた。


「はい」


「帰還経路は」


「見えています」


「索引へ到達しましたか」


 ステファニアは、すぐには答えなかった。


 触れた先に、記録がある。


 一つではない。


 数えようとすれば、数える前に道が分かれる。


 何が書かれているかは見えない。


 見ないように作られた索引だった。


「到達しました」


「停止できますか」


「はい」


「表題の取得へ進みますか」


 クラウディアが尋ねた。


 ステファニアは一度、指先を石台から離した。


 接続が切れる。


 帰還経路の表示が消えた。


「進みます」


 石台へ触れたままでは答えなかった。


 一度戻り、自分の声で次の同意を置いた。


「表題だけを取得します」


「確認しました」


 ステファニアが、もう一度石台へ触れた。


     ◇


 索引には、分類名がなかった。


 国名も、部隊名も、人物名も見えない。


 ただ、現在証言と三者共同記録の許可範囲へ応じて、受取人候補を確認できる表題だけが近づいてくる。


 ステファニアは、表題を開かない。


 読むための道へ入らない。


 表に書かれた名だけを、共同記録へ送る。


「一件目」


 エレナの表示へ文字が現れた。


 封印設備保守記録。


 表題だけでは、どの設備か分からない。


「二件目」


 旧礼拝区画運用記録。


 現在の旧礼拝施設と関係する可能性がある。


 だが、本文へ進まなければ確定しない。


「三件目」


 文字が現れる前に、アインが石台を見た。


 僅かな動きだった。


 リシアには、表情が変わったようには見えなかった。


 それでも、アインが何かを感じたことだけは分かった。


 エレナの表示へ、三つ目の表題が現れる。


 アークライト帰還航路記録。


 星図にない故郷。


 誰も口を開かなかった。


 ステファニアの指は、石台に触れたまま止まっている。


「応答できますか」


 エレナが尋ねた。


「はい」


「停止できますか」


「はい」


「本文への経路は見えていますか」


「見えています」


「進みますか」


「進みません」


 ステファニアは、すぐに答えた。


 指先を離す。


 三つの表題だけが共同記録へ残り、接続は切れた。


「切断不要」


 封印管理区画から報告が届く。


「現在証言、変化なし」


 エリオットが確認した。


「観測者登録は共同記録のまま終了しました」


 学院の管理官が言った。


 旧観測室の扉は、まだ開いている。


 だが、石台には誰も触れていない。


     ◇


「受取人を決めます」


 リシアは、三つの表題を並べた。


 封印設備保守記録。


 旧礼拝区画運用記録。


 アークライト帰還航路記録、星図にない故郷。


「一件目は、封印管理側が受取人候補です。ただし、どの設備に関する記録か分からないため、存在確認だけを渡します」


 封印管理官が頷いた。


「本文を読む判断は、対象施設を確認できる方法を決めてから行います」


「二件目は、神殿側と学院側が受取人候補です」


「現在の礼拝を古い形へ戻すためには使いません」


 エリオットが言った。


「運用記録が現在の安全へ必要かを確認してから、閲覧範囲を決めます」


 リシアは、三件目を見た。


 アインは何も言っていない。


 クラウディアも、先に答えを置かない。


 沈黙を、同意として使う者はいなかった。


「三件目は」


 リシアは、自分の言葉を探した。


「聖王国で保管されていた記録です。見つけたのも、ここです」


「はい」


 学院の管理官が答えた。


「ですが、記録されているのは、アークライトが帰ってくるまでの航路です」


 誰が所有するかではない。


 誰が最初に受け取れば、記録の向きを曲げずに済むか。


「最初の受取人は、アイン様とアークライトだと思います」


 アインが、リシアを見る。


「理由は」


「帰ったことを知るための記録ではないからです」


 リシアは答えた。


「帰ってくるまで、何を選んだかの記録です。先に私達が読んで、帰ってきた人へ意味を説明するものではありません」


 アインは、三つ目の表題を見た。


「分かった」


 それだけだった。


「聖王国側へは、記録の存在確認と、本日は本文を開かなかったこと、最初の受取人判断を残します」


 クラウディアが言った。


「本文の閲覧と開示範囲は、アインとアークライトが確認した後、改めて決定します」


 学院の管理官、封印管理官、エリオットが、それぞれの立場で記録へ署名した。


 ステファニアは、接続者欄へ署名する。


 本文未取得。


 添付記録未取得。


 関連記録未取得。


 索引と表題、三件のみ取得。


 最後に、管理官が旧観測室の扉を閉じた。


 石扉が元の位置へ戻り、外周封印が淡く落ち着く。


 共同記録には、三つの表題が残っている。


 そのうち一つだけが、まだ誰にも読まれていない帰還航路として、アインの前に置かれていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。