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ベルカ  作者: 柿内彦左衛門
新しい風

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第百四十五夜 三つで一つ

第百四十五夜 三つで一つ


 三つ目の候補地には、扉がなかった。


 聖王国封印管理区画の最下層。


 五迷宮の状態を監視する部屋の奥に、壁と同じ色をした細い通路が続いている。


 通路の先にあるのは、円形の小部屋だった。


 机も椅子もない。


 記録棚も、何かを納める箱もない。


 壁へ等間隔に埋め込まれた五本の金属桿と、中央の石台だけがある。


「ここは、封印設備の緊急遮断室です」


 封印管理官が言った。


「五本の遮断桿は、それぞれ五施設に対応しています。封印設備の損壊、異常接続、外部からの操作が確認された場合、該当施設を他の管理網から切り離します」


「切り離した後は、どう戻すのですか」


 エレナが尋ねた。


「戻せません」


 答えは早かった。


「少なくとも、この部屋からは」


 封印管理官は一本の遮断桿へ近づいた。


 金属桿の下には、現行文字で施設名が刻まれている。


 そのさらに下に、削られず残った古い刻印があった。


「遮断桿を戻しても、切断状態を解除するだけです。接続は再開しません。施設側で安全確認を行い、新たな接続要求を送る必要があります」


「こちらから繋ぎ直すことはできないのですね」


 リシアが尋ねた。


「できません」


 封印管理官は、もう一度答えた。


「切る者が、繋ぐ時を決めないための手順だと教わっています」


 中央の石台には、五本の細い溝が集まっていた。


 旧観測室から三方向へ伸びた線とは違う。


 どの溝も、石台の中央で途切れている。


 先へ進む道はない。


「何も読めません」


 ステファニアが言った。


「参照先も、接続先も感じません」


「では、候補地ではなかったのでしょうか」


 管理官が尋ねた。


「候補地です」


 クラウディアが答えた。


「何も読めないことが、この区画の機能と一致します」


     ◇


 切断試験には、五施設全ての管理責任者から同意が必要だった。


 実際の封印設備は切らない。


 旧観測室と旧礼拝堂から返る受動応答だけを、試験用の管理線へ一時的に写す。


 写された線には、迷宮封印を動かす力も、記録へ接続する力もない。


 それでも、緊急遮断室が古い観測線を管理対象として認識するかは確かめられる。


「試験線を切断した場合、礼拝堂側の祈りや鐘へ影響しますか」


 エリオットが尋ねた。


「影響しません」


 クラウディアが答えた。


「旧礼拝堂で行われることは変わりません。そこから旧観測室へ返る応答の写しだけを切ります」


「旧観測室側は」


「扉を開けません。観測者登録も行いません」


 エリオットは頷いた。


「神殿側から異議はありません」


 学院の管理官は、旧観測室の外周線を試験へ用いることへ署名した。


 封印管理官は、試験線の切断と即時停止の責任を引き受けた。


 旧礼拝堂側からは、通常の閉庫鐘が鳴った場合に限り、その応答の写しを使うことが認められた。


 アイン達は試験線の作成と観測を行う。


 誰にも、他の者の署名を代わりに書く場所はなかった。


「三つ揃わなければ、試験もできないのですね」


 リシアが言った。


「揃わなくても、できることはあります」


 封印管理官が答えた。


「学院は旧観測室を開けられます。神殿側は祈りと暮らしを続けられます。私達は異常な線を切れます」


 封印管理官は、三枚の同意記録を見た。


「ですが、一つの行為として繋げることはできません」


     ◇


 試験は、旧礼拝堂の閉庫時刻に合わせて始まった。


 円形の小部屋にいるのは、封印管理官、学院の管理官、エリオット、アイン、クラウディア、アリシア、リシア、ステファニア、セラ、エレナ。


 旧礼拝堂の担当者と立会人は、前日と同じように閉庫手順を行う。


 調査へ合わせて祈りを変えない。


 鐘を鳴らす時刻も変えない。


 旧観測室の扉は閉じたまま、その外周線だけが受動応答を待つ。


 緊急遮断室の中央石台へ、淡い線が一本現れた。


「試験線を確認」


 エレナが告げた。


 線は、石台の中央を越えようとしない。


 五本の溝のうち一本が淡く光り、対応する遮断桿の下で止まっている。


「礼拝堂側の応答を確認しました」


 クラウディアが言った。


「旧観測室側で受信。記録接続なし。観測者登録なし。五施設への影響なし」


 封印管理官は、遮断桿へ手を置いた。


「切断します」


「待ってください」


 リシアが言った。


 封印管理官の手が止まる。


「何か異常が」


「いいえ」


 リシアは、試験同意記録を見た。


 切断することは書かれている。


 誰が切るかも書かれている。


 切断後に何を確認するかも書かれている。


「切った後、戻らなかった場合に、誰が困るかを書いていません」


 試験線に実害はない。


 戻らなくても、旧礼拝堂の祈りも、旧観測室の外周封印も、五施設の管理も変わらない。


 それでも、戻らなかった結果を誰が受け取るかは決められていなかった。


「試験結果の受取人は、三者の共同記録です」


 学院の管理官が言った。


「復旧不能の場合も、失敗として同じ記録へ残します」


「再試験は」


「新たな同意なしには行いません」


 リシアは三枚の署名を確かめた。


「分かりました」


 封印管理官が、もう一度遮断桿へ手を置く。


「切断します」


 金属桿が、短い音を立てて下がった。


 中央石台の線が消えた。


 遅れはなかった。


 火花も、揺れも、警告音もない。


 そこにあった線だけが、途中でなくなった。


「切断を確認」


 エレナが言った。


「旧礼拝堂側、変化なし」


 エリオットが確認記録を読む。


「旧観測室側、受動応答の到達なし」


 クラウディアが言った。


「五施設、変化なし」


 封印管理官が答えた。


 遮断桿が下がっている間、誰も次の操作をしなかった。


 ステファニアは中央石台へ意識を向けた。


 線はない。


 だが、閉ざされた扉のような拒絶もなかった。


「切られています」


 ステファニアが言った。


「隠されても、拒まれてもいません。ただ、道がありません」


「戻します」


 封印管理官が遮断桿を元の位置へ上げた。


 中央石台には、何も現れなかった。


「再接続なし」


 エレナが告げる。


 封印管理官は操作を続けない。


 遮断桿を上げた者には、線を呼び戻す方法がなかった。


「旧観測室側から再送できますか」


 学院の管理官が尋ねた。


「できます」


 クラウディアが答えた。


「ただし、今回の同意は切断確認までです」


「では、行いません」


 管理官はすぐに答えた。


 試験線は戻らなかった。


 試験は、成功として停止した。


     ◇


 三者の共同記録には、成功という欄がなかった。


 確認できたこと。


 確認しなかったこと。


 次に行う場合、改めて同意が必要なこと。


 それぞれを別の欄へ記す。


 エレナは、三候補地の表示を開いた。


 旧観測室。


 旧礼拝堂。


 封印管理区画。


 これまで空白だった役割欄が並んでいる。


「同じ鍵を三つに分けたものではありません」


 ステファニアが言った。


「旧観測室は、過去の記録へ辿る道です」


 最初の欄へ、エレナが記す。


「旧礼拝堂は、今ここで生きている者の証言です」


 二つ目の欄が埋まる。


「封印管理区画は、危険が生じた時に道を切る権限です」


 三つ目の欄へ文字が入る。


「切る権限には、繋ぐ権限が含まれていません」


 封印管理官が付け加えた。


「現在を証言する者は、過去の記録を読む者を選びません」


 エリオットが言った。


「過去へ辿る道を持つ者も、現在の証言や停止権限を代行できません」


 学院の管理官が言った。


 三つの欄は、一本の線で結ばれなかった。


 それぞれの間に、確認を求める空白が置かれた。


「非効率ですわね」


 アリシアが言った。


 扇は閉じている。


「一人へ全てを任せる方が、ずっと早く進みますもの」


「危険だ」


 アインが答えた。


「ええ」


 アリシアは、三つの欄を見た。


「ですから、これほど長く残ったのでしょう」


 クラウディアは、次回の限定接続案を表示した。


 旧観測室を開ける者。


 旧礼拝施設の現在の証言。


 封印管理区画で切断を担う者。


 三者の立会いと、接続者本人の同意。


 取得するのは索引と表題だけ。


 本文は読まない。


「次は、受取人を決めます」


 リシアが言った。


 円形の小部屋の中央で、三つの役割欄だけが別々に光っていた。


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