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ベルカ  作者: 柿内彦左衛門
新しい風

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幕間十六 拾った騎士はよく動く

幕間十六 拾った騎士はよく動く


 村山技術研究所アークライト分室の試験区画には、まだ名前のない魔導騎装が立っていた。


 装甲はない。


 武装もない。


 剥き出しのフレームへ、機関と駆動部と制御線だけが組み付けられている。


 胸部には村山技研の新型機関。


 骨格は、同じく新設計のフレーム。


 関節部の仮設駆動器には、瑞穂重工業の試験部品が混ざっていた。


 姿勢制御は、Aurelis Dynamics製の汎用制御器を村山側で書き換えたもの。


 機体の周囲には、ラング社の工業用作業機と整備台が並び、転倒時に固定する拘束具にはヒュー&クルップ社の陸戦装備用固定器が流用されている。


 転倒させる前提の装備だけは、恐ろしく頑丈だった。


「村山の試験区画なのに、他社製品だらけだね」


 マキナが言った。


 白衣の裾を揺らしながら、機体の足元を一周する。


「初期試験ですから」


 シオンは、壁面表示から目を離さず答えた。


「新設計部分以外まで同時に変えてしまうと、異常の原因を分けられません」


「正論だね。面白くないけど」


「試験は、面白さを優先するものではありません」


「親父さんの前でも言えた?」


 シオンの手が止まった。


「言いました」


「聞いてくれた?」


「聞いては、くれました」


 採用されたとは言わなかった。


 マキナは満足そうに頷く。


 村山の親父さんも、瑞穂の会長も、アインも、面白いと思った設計を止める時だけ妙に耳が遠くなった。


 シオンは、その中で設計を完成させる役だった。


 苦労したのだろう。


 そして、今も苦労している。


「ところで」


 マキナは、試験区画の端を見る。


「どうして捕虜がいるのかな」


     ◇


 ディートハルト・ヴァイスと、その部下四名が並んでいた。


 捕虜用の識別帯。


 試験用の薄い操縦衣。


 手首には行動制限具。


 周囲には、黒い装備の監視員。


 どう見ても捕虜だった。


 ただし、五人とも妙に姿勢がよい。


 これから拘束される者ではない。


 新しい機体へ乗る前の騎士の顔だった。


「試験騎士をお願いしました」


 シオンが答えた。


「お願いしたんだ」


「本人達の同意は取得済みです」


「捕虜へ?」


「はい」


「クラウは?」


「許可済みです」


 マキナは少し考えた。


「クラウ、疲れてない?」


「安全条件を二十三項目追加されました」


「元気そうだね」


 試験機には武装がない。


 機関出力は制限されている。


 外部緊急停止装置が三系統。


 試験区画は封鎖され、機体が規定範囲を越えれば駆動部が停止する。


 操縦席には監視装置が入り、試験騎士の生命反応と操作入力が常時記録される。


 逃走にも反乱にも向かない。


 試験へ集中するには、十分だった。


「なぜ、この者達を?」


 マキナが尋ねる。


「既存の村山機へ慣れていません」


「なるほど」


「現在の地上用魔導騎装には慣れています。実戦経験があり、機体を壊さず戻すことを知っています」


「なるほどなるほど」


「また、異常を感覚だけで終わらせず、部下へ伝わる言葉に直せます」


 マキナはヴァイスを見る。


「高評価だね」


「光栄です」


 ヴァイスは真顔で答えた。


「では、期待を裏切らぬよう努めよう」


「捕虜の台詞じゃないなあ」


「試験騎士として伺った」


「捕虜でもあるよね?」


「無論」


 本人の中では、何も矛盾していないらしい。


     ◇


 最初の試験は、歩行だけだった。


 ヴァイスが操縦席へ入る。


 固定具が閉じる。


 試験区画の扉が封鎖され、外部緊急停止系が接続された。


『機関始動を許可します』


 シオンの声が響く。


 低い音が、試験区画へ広がった。


 旧式の機関とは違う。


 脈動はある。


 だが、一つ一つの波がぶつからず、次の波を押し出している。


 まだ調整途中だ。


 それでも、村山の機関らしい素直な音だった。


「懐かしいね」


 マキナが呟く。


「新型です」


「分かってるよ」


 新しいのに、火の入り方を知っている。


 そういう音だった。


 試験機が右足を上げる。


 一歩。


 二歩。


 三歩目を踏み出したところで、ヴァイスが止めた。


『停止理由を』


「左腰部の荷重が逃げるのが遅い」


 シオンの指が記録卓の上で止まる。


『どの段階ですか』


「右足が接地し、機体重量が中央を越えた後だ。遅れは僅かだが、四歩目で上体が左へ残る」


『制御器が補正します』


「している。だから、三歩目までは気づきにくい」


 ヴァイスは操縦席の中で、試験機の左腕をゆっくり上げた。


「だが、この状態で右から打たれれば、戻す時に機関の波と補正が重なる。そこで踏ん張ると、腰か左膝に負担が集まる」


 シオンは、表示を切り替えた。


 歩行記録。


 荷重分布。


 姿勢制御器の補正履歴。


 三歩目。


 小さな遅れがあった。


 許容範囲内。


 単独の歩行試験なら、誤差として処理される程度のものだった。


「再現できますか」


「右から押してくれ」


『試験機への外部加圧を準備』


 シオンが指示を出す。


「待って」


 マキナが止めた。


「先に予測を保存しよう。シオン、壊れた後で合ってましたじゃ、つまらないよ」


「壊しません」


「試験機は、壊れるためにもあるんだよ」


「限度があります」


 予測記録が固定される。


 外部作業機が、試験機の右肩へ規定圧を加えた。


 ヴァイスは踏みとどまり、姿勢を戻す。


 その瞬間、左膝の負荷表示が跳ねた。


 警告域には届かない。


 だが、予測通りだった。


 シオンは何も言わず、設計表示を開いた。


 フレームの荷重経路を一つ変更する。


「見つけたね」


 マキナが言う。


「はい」


 シオンの声は静かだった。


 目だけが、技術者のものになっていた。


     ◇


 二人目は、姿勢回復時の遅れを指摘した。


 三人目は、機関出力を落とした時だけ現れる細かな振動を見つけた。


 四人目は、整備口の位置を見て言った。


「この蓋は、装甲を付けたままでは開けられないのでは」


 試験区画が静かになった。


 シオンが設計表示を見る。


 仮設装甲を重ねる。


 整備口の半分が隠れた。


「開かないね」


 マキナが楽しそうに言う。


「装甲設計は次段階です」


「次段階で整備口が消えるところだったね」


「修正します」


 最後に、ヴァイスが再び操縦席へ入り、変更後の荷重経路を確かめた。


 試験機が歩く。


 今度は三歩目で止まらない。


 歩行。


 旋回。


 急停止。


 姿勢回復。


 武装のない両腕が、見えない剣を構えるように動く。


「反応が速い」


 ヴァイスが言った。


『速すぎますか』


「いや。こちらの動きを待っている」


 試験機が、半歩だけ踏み込む。


「帝国機は、操縦者より先に動こうとする。出力を見せるためだ」


 もう一歩。


「これは違う。動けと言った後に動く。だが、命じた量より余計に進まない」


 シオンは、記録を取り続けている。


「良い機体だ」


 ヴァイスは、そこで言葉を切った。


「だから、今のうちに直すべきところがある」


『伺います』


「地上の騎士は、毎回正しい姿勢で乗らない。疲れる。傷を負う。視界も悪くなる」


 試験機が構えを崩す。


 左肩を落とし、片足を僅かに引きずる。


 正常な試験では、避ける姿勢だった。


「機体が正しい乗り方だけを待つなら、負傷した騎士を置いていく」


 シオンの指が止まる。


「正しくない入力を、どこまで許すか決めておいた方がよい」


 静かな言葉だった。


 派手な性能を求める意見ではない。


 戦場から人を帰すための意見だった。


「ヴァイス隊は」


 シオンが、試験回線へ尋ねる。


『帝国では、鼻つまみ者と呼ばれていたそうですね』


「命令書より、現場を見る者は嫌われる」


『なぜ、機体を壊さず戻すことを重視するのですか』


「壊せば、次に乗る機体がない」


 ヴァイスは当然のように答える。


「それに、機体を戻せば、乗っている者も戻る」


 シオンは一度、目を閉じた。


 親父さんなら、何と言っただろう。


 おそらく、余計な飾りはいらん、と言った。


 そのうえで、この騎士達の意見を全部聞いただろう。


「試験を続行します」


『承知した』


 シオンの声には、僅かに熱が戻っていた。


     ◇


 休憩時間。


 試験機の周囲へ、部品表示が広げられていた。


 ヴァイス隊は拘束具を付けたまま、整備員と一緒に記録を見ている。


「腰部の補強を増やせばよいのでは」


 部下の一人が言った。


「増やせば重くなる」


 シオンが答える。


「Eisenwald Werkeなら、まず耐える構造を作るでしょうね」


「あそこは、歪んでも歩いて帰る機体を作るからね」


 マキナが口を挟む。


「瑞穂なら?」


「量産工程ごと見直して、同じ重量で二箇所補強する」


「Aurelis Dynamicsは」


「制御で荷重が集まる前に逃がす」


「では、村山は」


 ヴァイスが尋ねた。


 シオンは、剥き出しのフレームを見る。


「曲がる場所と、曲がらない場所を決めます」


「剛柔一体、か」


「ご存じで」


「帝国側にも、古い村山フレームの記録は残っていた。実物を正しく作れる者は、ほとんどいなかったが」


 その言葉に、整備員達の表情が少しだけ変わる。


 彼らは、その火を地上で守ってきた者達だった。


「固定器は良い」


 ヴァイスが、機体を支える拘束具を見る。


「転倒しても外れなかった」


「ヒュー&クルップ社製だからね。あそこ、武器と固定具だけは何があっても壊さないんだ」


「外す時は」


「専用工具がないと大変」


「それは、良いのか」


「時々よくない」


 マキナは笑った。


 試験機の足元では、ラング社の工業用作業機が交換部品を運んでいる。


 戦うための機体ではない。


 それでも、大きな腕で繊細に部品を掴み、狭い整備台へ正確に置いた。


「あれも魔導騎装なのか」


「ラング社は、戦場より工事現場の方が得意だからね。昔はバルムって完成機も作ってたけど」


「今は?」


「掘る、運ぶ、助ける。たまに工事現場で一番強い」


 ヴァイスは真剣に頷いた。


「良い会社だ」


「そこに食いつくんだ」


     ◇


 その日の試験終了後、シオンは試験記録を閉じた。


 新型機関。


 新型フレーム。


 修正箇所、十一。


 追加試験項目、七。


 重大異常、なし。


 騎士側からの有効指摘、十九。


 マキナは、その数字を見て口笛を吹いた。


「拾った人達、ずいぶん働くね」


「拾ったのは殿下です」


「知ってる。殿下、昔から変なもの拾うの上手いから」


「本人達の前で言わないでください」


「もう聞こえてるよ」


 少し離れた場所で、ヴァイスがこちらを向いた。


「拾われたことに異論はない」


「あるんだ」


「剣に敗れ、自ら捕虜を望んだ。拾われたという表現は正確だ」


 シオンは、何とも言えない顔をした。


 マキナは試験記録の末尾を見る。


 試験参加者。


 ディートハルト・ヴァイス以下、五名。


 身分区分。


 捕虜試験騎士。


 監視継続。


 次回試験参加、本人達の同意取得済み。


 マキナは、しばらく表示を見ていた。


「ボク思うんだけどさ〜」


「何でしょう」


「捕虜って、何だっけ?」


 シオンは答えなかった。


 試験区画の向こうでは、まだ名前のない機体へ、整備員達が次の火を入れる準備を始めていた。


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