第百十五夜 答えの順番
第百十五夜 答えの順番
「処置は完了しました」
灰色の制服を着た医療班員が告げた。
舞は、椅子から立ち上がる。
「助かったんですか」
「はい。損傷した臓器の修復と、残留していた刃の除去を行いました。現在は安定しています」
医療班員は、壁面の透明な仕切りを示した。
その向こうでは、眠る友人の胸が規則正しく上下している。
「面会は、覚醒後に状態を確認してからとなります」
「分かりました」
舞は深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「治療を開始できる状態まで繋いだ方へも、お伝えください」
舞は、少し離れた席にいる聖女アリシアを見る。
聖女アリシアは小さく頷いた。
ようやく。
話を始められる状態になった。
◇
医療区画の面会用談話室には、椅子が足りなかった。
正確には、椅子は必要な数だけ用意されている。
ただ、そこへ座る者の関係が多すぎた。
舞と、離反した三名の学生。
エリオノーラ。
東雲八雲と各務紅緒。
聖女アリシアと、アリシア・ファーランド。
アイン。
リジェナとリジェスカは扉の両脇に立ち、クラウディアは卓上の共有表示から参加している。
誰から何を説明するべきか。
全員が少しずつ違う答えを持っていた。
『順番を決めます』
クラウディアが言った。
卓の中央、三十センチほど上に、短い項目が浮かぶ。
負傷者の状態。
召喚。
侵攻軍。
エリオノーラの国。
今後の安全確保。
最後に、個人的関係。
「最後の項目は必要?」
舞が問う。
『必要です』
クラウディアは即答した。
「消してくれてもいいと思う」
八雲が言った。
『必要です』
同じ声で、同じ答えが返った。
紅緒は何も言わなかった。
けれど、否定もしなかった。
◇
「召喚されたのは、私達のクラス二十名です」
舞が話し始めた。
「教国では、異なる世界から招かれた勇者だと説明されました。力を与えられて、この世界を脅かす敵と戦ってほしいと」
「敵とは、わたくしの国ですか」
エリオノーラが静かに問う。
舞は目を逸らさなかった。
「はい」
「どのように説明されました」
「禁じられたものを匿い、周辺国を脅かしている。住民は支配されていて、解放を待っている、と」
エリオノーラの指が、膝の上で僅かに動いた。
「わたくしの国は、小さな国です。港もなく、軍も多くありません」
「分かっています」
舞の声が低くなる。
「進軍中に見ました。降伏した村が焼かれるところを。逃げた人を、点数を競うように追う人達を」
共有表示へ、新しい数字が浮かぶ。
召喚者、二十名。
離反者、五名。
残留者、十五名。
『残る十五名全員が、現在も侵攻へ積極的に加担していると判断してよろしいですか』
「分かりません」
舞は首を横へ振った。
「怖くて動けない人もいます。何も考えないようにしている人も。でも、止めようとする人はいませんでした」
「あなた方は、なぜ止まれたのですか」
聖女アリシアが問う。
「怖かったからです」
舞は答えた。
「あのまま進んだら、自分達が何になるのか分かった。だから、逃げました」
「負傷した方は、追手に?」
「斬ったのは、同じクラスの人です」
談話室が静かになった。
「戻れと言われました。断ったら、あの人は笑って剣を振りました」
舞の隣に座る少女が、両手を強く握る。
「私達に与えられた力は、この世界の人に対して強すぎます」
「だからこそ、使う者が選ばなければならない」
アインが言った。
舞は白髪の少年を見る。
「あなたも、召喚された人ですか」
「違う」
「では、何者ですか」
「それも説明が長い」
エリオノーラが、僅かに目を細めた。
「皆様、同じ答えをなさいますね」
「長いものは長い」
アインは悪びれなかった。
◇
「わたくしは、今すぐ皆様を許すことはできません」
エリオノーラは舞達へ向き直った。
舞は頷く。
「当然です」
「ですが、あなた方が離反し、傷を負ってでも戻らなかったことも事実です」
エリオノーラは一人ずつ顔を見る。
「生きて、証言してください」
「何を、ですか」
「教国から何を告げられ、何を与えられ、何を見て、何をしたのか。都合の悪いことも含めて、全て」
舞の隣にいた少年が俯く。
「それで、許されますか」
「許すかどうかは、その後に考えます」
エリオノーラの声は穏やかだった。
「まず、これ以上奪わないでください」
四人は、それぞれに頷いた。
アリシア・ファーランドが扇子を閉じる。
「良い条件ですわ」
「条件ではありません」
「ええ。ですから、良いのです」
エリオノーラは少し考えたが、今は問い返さなかった。
◇
『次に、エリオノーラ様の国について確認します』
共有表示へ、山脈と街道、小さな国土の概略図が浮かぶ。
『侵攻軍の主力は、北東の街道から接近中です。現在の進行速度を維持した場合、王都外縁への到達は二日以内と推定されます』
「早すぎます」
エリオノーラが立ち上がる。
『魔導騎装を含む部隊が、先行して街道を確保しています』
「王都には、周辺の民も集めています」
「何人いる」
アインが問う。
「正確な数は分かりません。ですが、避難が予定通り進んでいれば、国民の大半が」
『概算、四万二千から四万八千名です』
クラウディアが補足した。
「食料は」
「一ヶ月を耐える備蓄があります。ですが、城壁を破られれば」
「破られる」
アインは短く言った。
エリオノーラは唇を結ぶ。
否定できなかった。
「アイン様」
アリシア・ファーランドが呼ぶ。
「ええ。わたくしも、同じことを考えておりますわ」
「まだ何も言ってない」
「お顔に書いてありますもの」
アインは共有表示の地図を見る。
王都。
城壁。
周辺から集められた人々。
侵攻軍。
そして、海岸線を持たない小さな国。
「クラウ」
『はい』
「都市ごと移せるか」
舞が顔を上げた。
エリオノーラも、言葉を失う。
共有表示の上で、王都の輪郭が静かに囲われた。
『可能です』
クラウディアは、いつも通りの声で答えた。




