第百四夜 重なる肖像
# 第百四夜 重なる肖像
報告書には、二枚の肖像が添えられていた。
一枚目。
ファーランド大公家長女、アリシア・ファーランド。
長い療養生活を終え、妹とともに聖王国学院へ編入。西方大陸西岸の公子を名乗る少年を護衛として伴う。
二枚目。
ファーランド大公家次女、リシア・ファーランド。
姉と同じ学院に在籍。近頃は東方情勢確認窓口の運営にも関与している。
顔は、同じだった。
髪の長さと装いに違いはある。
表情も違う。
それでも、血の繋がった姉妹という言葉だけでは足りないほど、二人はよく似ていた。
「どちらだ」
灯りの少ない部屋で、男が問うた。
答える者はいなかった。
卓上には、もう一枚の記録画が置かれている。
教国で認定を受けた時のものだった。
白い祭服をまとい、細い杖を手にした少女。
その顔もまた、二枚の肖像とよく似ていた。
記録画の裏には名が残っている。
認定聖女アリシア。
「ファーランドの長女は、アリシアを名乗っている」
一人が言った。
「偶然とは考えにくい」
「次女の顔はどう説明する」
「血縁者。あるいは身代わり」
「どちらが身代わりだ」
また、答えが止まった。
認定聖女アリシアが教国を離れた後、その足取りは竜山脈の西で途絶えている。
西側には、旧ベルカの名を残す土地がある。
ファーランドも、その一つだった。
そして今、ファーランドの娘を名乗るアリシアが、聖女像を巡る古い記録への本人同席を申し出ている。
「本人同席」
男は、申請書の写しに指を置いた。
「自分が像の本人だと、名乗るつもりか」
「聖女像寄進要求事件の像は、千五百年前のものです」
「表向きはな」
室内の誰も、笑わなかった。
教国から逃れた聖女が、古い聖女像の伝承を利用して身分を得た。
あるいは、ファーランドが聖女を囲い込み、自家の娘として存在させた。
同じ顔を持つ次女は、追跡を惑わせるために用意された。
どれも奇妙だった。
どれも、否定できる証拠がなかった。
「確認する」
男は言った。
「聖女の印があれば、本人だ」
「どちらを」
「アリシアと名乗る方を先に」
「次女は」
「監視を続けろ」
卓上の二枚の肖像は、同じ顔で違う場所を見ていた。
◇
学院長府からの受理通知は、申請提出の翌朝に届いた。
一次記録閲覧。
保管者側追加史料の提出。
呼称訂正協議への本人同席。
三件とも、受理。
ただし、閲覧可能範囲と協議参加者については、学院長府、聖務資料整理院、関係史料保管者による事前確認を要する。
「思ったより早かったですわね」
アリシアは通知を読み終え、静かに茶器を置いた。
「受理通知が出るまで、十一時間二十七分です」
クラウディアが答えた。
「申請内容が通常照会先以外へ参照されたのは、提出から七分後でした」
「早いですわね」
「感心するところではありません」
卓上に、申請書が辿った経路が表示される。
学院長府。
聖務資料整理院。
教会系記録照会窓口。
そこまでは正規の経路だった。
その先に、参照理由の記録されていない閲覧が二つある。
一つは申請者名。
もう一つは、ファーランド大公家の家族記録だった。
「わたくしだけではなく、リシアも確認されていますのね」
「はい」
リシアは、自分の名が表示されているのを見た。
「私も、聖女像事件に関係があると思われたのでしょうか」
「姉妹ですから、確認しただけかもしれません」
クラウディアの返答は平坦だった。
可能性を捨てず、意味も足さない声だった。
「閲覧者は特定できますか」
「現在の権限名義は特定済みです。ただし、名義上の担当者本人が閲覧したとは限りません」
「印章と同じですわね」
アリシアが言った。
「本物であることと、正しく使われたことは別ですもの」
クラウディアは、経路表示の二点へ印を付けた。
「次の動きを待ちます」
「ええ。待ちましょう」
アリシアは楽しそうだった。
リシアは、姉の茶器へ視線を落とした。
中身は、ほとんど減っていなかった。
◇
アインが通知を受け取ったのは、その日の昼だった。
申請書。
受理通知。
正規経路外の参照記録。
護衛計画。
順に目を通し、最後にアリシアを見た。
「どうして先に言わなかった」
「先に申し上げれば、止められてしまいますもの」
「止める」
「ですから、先に提出いたしました」
アインは黙った。
アリシアは微笑んでいる。
クラウディアは二人の間に立たず、護衛計画の表示を開いたまま待っていた。
「危ない」
やがて、アインが言った。
「承知しておりますわ」
「分かっていてやったのか」
「ええ」
「護衛は」
「確保要員を二十名ほど、クラウディアにお願いしております」
アインが、クラウディアを見た。
「多い」
「念のためです」
クラウディアは即答した。
アインは、もう一度黙った。
「俺も行く」
「なりません」
アリシアの返事は早かった。
「何故だ」
「アイン様がお姿を見せれば、来てくださらなくなりますもの」
「来なくていい」
「それでは、別の場所で別の方が狙われます」
アインの眉が、わずかに寄った。
アリシアは扇子を閉じた。
「わたくしを狙う理由を持つ方であれば、わたくしが受け取ります。そうでない方なら、なおさら捕まえて理由を伺わなければなりません」
「無茶をするな」
「いたしませんわ」
「信用できない」
「まあ」
アリシアは、少しだけ嬉しそうに笑った。
「では、御心配を減らすため、二十五名に増やしましょう」
「そういう話ではない」
クラウディアが、護衛計画の確保要員数を書き換えた。
二十名。
二十五名。
アインは、その表示を見た。
「クラウ」
「必要と判断します」
「……そうか」
短く答え、アインはアリシアへ向き直った。
「怪我をするな」
「努力いたしますわ」
「約束しろ」
アリシアの笑みが、わずかに止まった。
「はい。お約束いたします」
◇
同じ頃。
暗い部屋の卓上へ、新しい報告が届いていた。
アリシア・ファーランド。
呼称訂正協議への出席予定。
護衛役の少年は、同席者一覧にない。
「機会だ」
男は言った。
「五名を送る。生きたまま確認しろ」
「抵抗した場合は」
「聖女を傷つけるな」
「聖女でなかった場合は」
男は、二枚の肖像へ目を落とした。
「その時に考える」
命令を受けた者は、一礼して部屋を出た。
残された肖像の下には、同じ家名が記されている。
アリシア・ファーランド。
リシア・ファーランド。
暗部はまだ、三人目の存在を疑っていなかった。




